第五十一話 階段の先
○
「姉さん、ケガは?」
「ああ……元気とは……言い難いな。早く帰ろう」
東子も進も額からびっちり汗をかいていた。その様子は戦闘の苛烈さを物語っている。
だが……暑いな……。
地下室に入った時はひんやりした印象だったんだが。いや……何だかんだで、俺もだいぶ動き回ったか。熱気を感じるのも無理ないだろう。
「それより……霧白君。君のその力…………」
ビクッ! 途端に俺の背筋が緊張で凍り付く。さらには、暑かった肉体が突如として急激に冷え込んでいく感覚に襲われる。
俺は深く俯きながら一歩後ずさり……息を呑んで次の言葉を待つ。
「すっごいじゃないかっ‼」
……。
「………………へっ?」
そこですかさず、進も会話へ加わってくる。
「すごい鍛えてたんだなっ! あっ! わかったぞ! 霧白、テスト前にめっちゃ勉強してるくせに、教室じゃ「テスト勉強全然してない」とか言うタイプだろ」
「はっ?」
な、何を……何をおっしゃってるんですか……この二人は?
「おっ、驚かないのか! 普通あり得ないだろ……俺みたいなやつ。恐ろしく……ないのか?」
すると進と東子は……とぼけている訳でもない様子で、さも当然のようにすんなり答えてみせた。
「さあ、どうかな? 父さんと母さんの方が強かった気もするし」
「それに……『白抗流』の修行をしていれば、いつか私たちも霧白君ほどの身体能力を持つようになったって不思議じゃない。それは霧白君、君自身が一番わかっていることだろう? …………だって」
……えっ?
わかってる? 俺が……何を?
すると、進と東子は息を合わせ――――力強く俺へ言い放った。
「「『白抗流』は無敵だっ‼」」
…………。
…………。
キョトンと狐につままれたような面持ちで、しばらく思考停止していた俺だったが……ややして脳が再起動する。
……って! どんだけ『白抗流』大好きなんだよっ‼
この二人が『白抗流』を〝誇りに思っている〟のは重々承知していたが……まさかこれほどとは。
……まあ。俺だって『白光流』を大事しているけども。
「さあ、帰ろう二人とも。ひとまず話は別の日にしようじゃないか」
進と東子はそれぞれ自分達の刀を鞘へ納めていく。
それから。負傷している東子の刀は俺が持ってやり、さっさと地上を目指すことになった。
二人の表情からはひどく疲弊しているのが容易に見て取れる。
もちろん体力的な疲れもあるだろうが……彼らを突き動かす原動力となっていた〝因縁の敵を倒す〟という目的を達したことで、一気に精神的な疲れもやって来てるのだろう。
これは東子の言ったとおり、さっさと帰宅するに限るな。
という訳で。俺達は階段に向かってよろよろ歩み出していくのであった――
…………ところが。
「――――――っ‼」
思わず絶句してしまう。
地下十階から地下九階へ戻った俺達の眼前には……異様な光景が広がっていた。
〝地下九階〟と言えば、室内中央に病院の手術室にあるような台が置かれており、右と左の壁面には一本の長い横の溝と複数の縦の溝が刻まれていた部屋だ。巨大なガラス管もある。
俺はこの部屋を最初に訪れた際、もし取っ手が付いていたら、無数の四角いマス目を間違いなく『引き出し』であると認識してただろう事を思い返す。
その認識は全くもって間違っていなかったのだ。
正確には取っ手がないので、それを本当に『引き出し』と呼べるかわからない。
……ただ。とにかく複数あるそれらを、今の俺には『引き出し』としか表現することが出来なかった。
ではなぜ、それらが『引き出し』だと俺が理解したのか。
答えは…………壁にある一つ一つのマス目が、全て開け放たれていたから。
ざっくり数えて、二十くらいあるだろうか。
そして、それら引き出しの中には――――
〝箱〟が入っていた。
黒に近い紫色の……何となく平べったい印象を受ける、大きめな長方形の箱だ。
引き出しの一つ一つに、それぞれ一個ずつ……収納されている。
つまり〝約二十個の箱〟が、この場へ存在していることになるか。
「「「…………………………」」」
俺は東子、進……と無言で二人と顔を見合わせる。
………………。
………………。
バッ!
誰が提案した訳でもない。弾かれたように俺達三人は…………一斉に駆けだした‼
なっ……なんだ⁉
何だ何だ何だ何だ⁉
何故開いている‼ 俺が通った時は確かに閉じていたのに!
原因なんてわかるわけ…………いや、もしかして、二体の警備員を倒すと開く仕掛けになっていのか?
しかし。俺は首を横に振り、すぐさま意識を切り替える。
今はそんなことどうだっていい! 逃げることが第一だ!
次の階段目がけ慌てて走り抜ける俺達だったが……ちょうど部屋の中間辺りにたどり着いたタイミングで、全ての箱がゆっくり駆動し始め……徐々にその形を『人型』へ変化させ出す。
その光景に嫌が応でも急き立てられた俺達は――もうこれ以上、視覚に余計な集中力を回す余裕などなく……ただ階段の姿だけが瞳の中心部へ映し出された。
――よしっ!
だが……間に合った。警備員達が完全に変形を遂げるより早く、俺達は階段まで到達することに成功したのだ。
けれども休んでる暇はない。疲れた体にムチを打ち、急いで灰色の階段を上っていき……八階のフロアを目前に控えるまで俺達は迫っていく。
「うわっ!」
……けれども。
ほぼ反射的に、自分の両眼を守るように右腕で覆った。
か、火災だっ! 八階フロア全体にごうごうとした火が燃え盛っている。
俺達は背後から警備員に追われているという状況下にも関わらず、立ち止まる事を余儀なくされたのだ!




