第五十話 飛来
す、すごい……こんな土壇場で有言実行――見事成功させやがった!
警備員の頭部を成していた球体が重たそうに床を転がっていくと共に、ゆっくりと警備員の身体が…………地へと伏して――
「うあっっ‼」
突如訪れた予想外の痛みに、俺は思わず苦悶の叫びを上げる。
しまった……。なに気を抜いてんだ俺……まだ戦いは終わってなどいない。
俺はもう一人の警備員に背中を斬りつけられたのだ!
くっそっ! くそくそくそっ!
いってぇ……痛え……。
焼けつくような痛みが、俺の背筋を電撃的に駆け巡っていく。
片目をぎゅっと瞑りながらどうにか気力で足を踏ん張り……のけ反りはしたものの、地面に突っ伏すことだけは阻止してみせる。
俺は警備員の攻撃範囲から逃れるよう何とか前方へ飛び……よろつきながらも進の隣に着地する。
「おい、しっかりしろ霧白!」
進はやって来た俺の制服をすぐさま掴むと、自身のもとへまで俺の体を引き寄せた。そのまま俺の両肩に手を置くや、くるりと背中を向けさせらる。
「……頑丈だな。安心しろ霧白、姉さんのケガよりマシだ」
どうやらケガに関してはそこまで酷いものじゃないらしい。その事実を認識したことで、わずかに痛みが和らぐような感覚がした。
俺自身でも確認すべく、斬りつけられた箇所をそっと手で触れてみる。
「っつ……!」
鋭い痛みが体を伝わり、思わず俺は顔をしかめる。
だが、俺は傷へと触れた手の平を眺めてみると……血液が付着しているものの、進の言う通りそこまで重傷ではないらしい。
かすり傷とは言えないが、大ケガとも言えない……そんな感じだ。
そんな状況に俺は〝ああ、やっぱり俺の体は変わったんだな〟……と、複雑な心境のもと改めて痛感させられた。
「ちっ……」
何かに気づいたらしい進は、苦々し気に舌打ちすると刀を中段くらいに構えつつ前方へ駆けていく。
すると……すぐさま剣と剣が激しく交差する、高い金属音が部屋内部に発生し出した。進と警備員が斬り合っているのだ。
「あぁっ‼」
進の手から――刀が弾き飛ばされてしまう。
刀は空中を何度も何度も目まぐるしく回転していきながら、放物線を描く様な軌道で……二メートルほど離れた箇所に虚しく落下していく。
疲弊していたのは警備員だけでない……進だって同じだったじゃないか!
――――そして。
警備員が高々と振り上げた黒紫色の刃が――――容赦なく進へ振り下ろされた‼
しまっ………間に合わない!
その瞬間。世界の全てがスローモーションになったかのように感じられた。
まるで俺を弄ぶように……嘲笑うように……警備員の死を運ぶ腕が虚空に剣線を刻みつけていく――
…………いっ……嫌だっ……。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだっ!
「進っ‼」
慌てて俺は、警備員目がけ砲弾のように全力で空中へ飛び出すと同時、目いっぱい両手を前へ突き出す。
だが…………間に合わない。
唯一可能だったのは……自分の無力さを激しく呪いながら、進へと獰猛に襲い掛かる無慈悲な刃を宙で虚しく見つめるだけ…………。
……これじゃあただの笑いものだ。一体俺は何のため、この場所にまでついてきたんだよ……。
無力……無力……無力……だ。
確かに、俺の身体能力はかつてと比べ向上している……が、だから何だというんだ! 知り合い一人、守ることが出来ないだなんて。
咄嗟に脳裏をよぎったのは…………溢れんばかりの後悔……。
……………………。
………………。
…………。
‼
――――その時。
あまりの絶望に打ちひしがれる俺の視線の先に――信じられないものが映り込んだ。
『刀』だと‼
突如『刀』の飛来する姿が俺の瞳に映り込む。
警備員は進を裂こうとしていた腕の軌道を一瞬で変更させるや……接触させまいと即座に刀を弾いてみせた。
進と警備員へ全神経を異常に集中しすぎたせいで、接近していた刀の存在を俺は認知出来ていなかったのだ!
――そして。
果たして〝偶然〟か、それとも〝運命〟か? 弾かれた刀は風車のように回転しながら――
宙にいた俺の手元へ――吸い込まれように、引き寄せられるように……近づいてきた‼
眼に視えない何かに導かれるよう、すかさず刀を掴み取った俺は……きつく柄を握りしめながら、自身に凄烈な反時計周りの回転を加える。
そして歯を食いしばりながら――警備員の首へ流星のように振り払った‼
ドサッ……。
落下音が二つ、ほぼ同タイミングで発生。
一つは、球体が切り離された警備員の胴体。
そしてもう一つは……ロクに受け身も取れないまま顔面から落下していった……俺の体だ。
「………………」
ふと……マヌケな姿勢で倒れている俺の両腕が、それぞれ片方ずつ肩に回されていき……そのまま地面から引き起こされた。
右側には東子が、左側には進が――俺の腕を肩に回して支えながら俺の顔を覗き込んでくる。
それからしばらく……俺達は無言で互いの顔を見つめ続けていたのだが。
「……っ」
声はなかった。
声はなかった……が、みんな安心したように脱力しながら、安堵の笑みを浮かべるのであった。




