第四十六話 変形
二人が刀を一振りするたび、じりじりと相手が後退していく。目まぐるしい剣の嵐が警備員を容赦なく襲い掛かる。
………………。
……だが。
警備員の体には先ほどから幾度も高速の斬撃を浴びせられているのだが……どのキズも浅い。どうやら相手は腕のみならず、全身が硬さを帯びているようだ。
そのせいで非常に細かな切り傷が敵表面へ無数に刻まれていくのだが……どれも致命傷には至らない。
加えて、刀が切り裂いた箇所からは……血も体液的なものも流れない。また、顔がないので痛みを感じているのかすら不明。
おかげで、俺の心を著しく不安な気持ちへ駆り立てられていく。
また、もう一つ気づいたことがある。それは……宇津白姉弟が優勢になっていることだ。
正直このままなら……相手を仕留められるかはともかく、転倒させるくらいは可能だろう。ならば、その隙にこの場から逃走を図ることが出来る……いや〝出来たはず〟だ。
科学室で東子は俺に説明した。「我々の両親は相当な手練れであった」……と。
あの演技下手で正直者な東子の言葉だ。きっとその強さは、本当に相当なものだったのだろうことは……容易く想像つく。
だが、手練れなはずの両親は……全身に、刺し傷、切り傷をつけられ絶命していたという。
眼前で繰り広げられる場景を、目の当たりする限りでは…………どうしても、なぜ宇津白姉弟の両親が敗北を喫したのかわからない。少なくとも逃亡は出来たはず……。
相手の奇妙な姿に動揺してしまったのか?
「あっ」
思わず……小さな声が口から零れた。
箱。黒色に近い紫の箱。
……違う……あれは〝箱〟じゃない……。
前触れはなかった。ただ……何か変な気配を察知した……ような気がしただけである。
つまり。発見したの単なる運……〝偶然〟ということだ。
〝変形〟している!
それも箱から…………人型へ……。
……いや。〝変形〟という表現は正しくないかもしれない。体が箱に見えるよう、折り紙みたく折りたたまれていただけだ。
角ばった体と柔軟性あってこそ実現できる、驚異的な擬態方法である。
変形に要した時間はわずか数秒にも満たない。ほんの二、三回瞬きする程度で……人型に――〝警備員〟の形状へ変貌を遂げていたのだ。
そのまま、のそのそと悠長な速度で姉弟目がけ歩き出していく。
二人の両親が敗北した理由が判明した。
…………………………さて。
まあ……行くよな。
戦いだ。
両拳を力強く握り込み……それからリラックスするようゆっくり手を開く。
今まで陰からひっそり見守っていたのは……別に勿体ぶっていたとかではない。
ただ……できるなら、二人の力で達成して欲しかったのだ。
彼らと両親がどのような関係だったかはわからない。
……だが、復讐を決意するくらいだ。きっと、並大抵の絆ではなかったのだろう。なるべくなら、自分達の力のみで達成したいと考えるはず。
それに…………もう一つ事情がある。…………あるのだが。
「くっそ……」
バカらしいバカらしいバカらしいバカらしいバカらしいバカらしいバカらしい。
バカバカバカ。俺は真の大バカ野郎だ。
何も躊躇する理由はない。このままじゃ彼らが危ないことなど……明白極まりない。
だが……この局面で、どうも自分の身体が階段の陰から躍り出そうとしてくれないのだ。
………………。
嫌なのだ。
それは――――戦うのが嫌という意味ではない。
彼らに嫌われることが嫌なのだ。
けして誰にも理解されないだろうが……実は進と東子が知り合いになってくれて、俺はめちゃめちゃ嬉しかった。
なんたって。高校生活では光道以外、絶対に知り合いが出来ないと……どこか諦めている自分がいたのだ。嬉しくないはずがない。
せっかく、何だかんだ偶然にも恵まれ隠し通せてきたのに……もし俺が彼らの前で戦ったら……。
その瞬間。光道とソファーを買いに行った時の「他の人から怯えられ、嫌われる」という光道の言葉を、よりによってこのタイミングで思い出してしまう。
これまではどうにかこうにか隠し通してきたが……俺が飛び出していったら――。
「……っ!」
ゴンッと鈍い音が鳴る。
俺が手近にある壁をぶん殴った音だ。壁には無数のヒビが入り、細かな瓦礫が辺りにパラパラと散らばっていく。
さあ……行こう。
わかっているさ。彼らが倒れるくらいなら、嫌われた方が何百倍もマシだってことくらいな……。
俺はたった今、壁面から崩れ落ちた破片の内から一番大きなものを手にすると、姉弟のすぐ背後まで迫っていた警備員目がけ…………投擲した!
破片は警備員の肩部分に激突。四方八方へ粉々に砕け散り、消滅した。
だがそれは……警備員の足を引き止め、意識をこちらへ向けさせるため。
すかさず俺は物陰から飛び出すと、そのまま弾丸みたく一直線に突撃していく。
そして。俺の接近に反応しきれていない、警備員の顔部分に当たる球体を右腕でがしりと掴むと――胴体を捻りながら、地面へと力いっぱい叩きつけた!
俺はまだ止まらない。球体部分を掴む手の力を一層強めながら警備員の上半身を地面から引き上げると……自分の体をくるりと一回転させ、勢いをつける。
「はああぁっ!」
そのまま、俺は思いっきり警備員の体を投げつけた!
警備員は足が一度も地面に触れることなく一直線に吹っ飛んでいき……無数のモニターがある壁面へと激突。
ガシャンッ! という小気味良い破砕音。衝撃でいくつものモニターが砕け散っていき……透明な破片が地面に倒れた警備員の頭上へ降り注がれていく
「霧白君⁉」
「バっ……東子!」
俺の登場に気を取られた東子が、戦闘中にも関わらずこっちを振り向いてしまう。
二人が相手する警備員は……そのわずかな隙を見逃さなかった。すかさず両腕を十字に交差し、進へと強烈に斬りかかっていく。
すかさず進はガードしようと自分の剣位置を調節するが……腕と刀が接触した瞬間、わずかでも鍔迫り合いになることなく後方へ飛ばされていき……吸い込まれるよう背中から壁へ激しく衝突した!
「「進っ‼」」
俺と東子の焦るような声が重なる。




