第四十四話 たくさんのマス目
地下三階へ降り立つ。
この階層も地下一階、地下二階と寸分違わぬ部屋内容になっていた。
「またか……」
どうしてここまで……区別困難な部屋をデザインする必要があったのだろう。
正直……今自分の精神状態が安定しているとは……到底言い難い。そんな状態で行けども行けども同じ部屋に出現されては……余計精神が参ってしまいそうだ。
けれども〝進と東子が危なくないか?〟――そんな懸念が俺を支える原動力となり、粘り強く両足を前へ前へと歩ませていた。
しかし…………もしかすると、俺の取り越し苦労になるかもしれない。
〝幹部〟相手ならともかく。警備員に対してならば、二人が圧倒的強さを発揮していた光景を俺は目の当たりとしている。
「…………そうだ」
俺は思い出した。地下三階といえば、長が『はっこうりゅう』の資料があるとか何とか言ってた所じゃないか。
……今さらだが。俺以外が口にしている『はっこうりゅう』という単語、きっと『白抗流』という字であるのだろうな。『白光流』ではなく……。
――――絶対『白光流』の方がカッコイイ名前だ。
一応ファイルは捜索するがすぐ見つからないなら後回しにしよう……そんな思いで首を床へと向けた瞬間、そう言えばファイル表紙に何と書かれているか知らない事を自覚する。
けれど。俺が途方に暮れるような事態へ陥ることはなかった。
軽く周囲を見渡す程度で、即座に目当てのファイルを探し当てる事に成功したからだ。
《白抗流日本支部》という非常にわかりやすい名前。タイトルの隣には今年の年代も表記されており……一年ごとに新しい内容へ更新しているものと思われる。
俺はまず、最初のページにある目次の部分に視線を落とす。
――えっ⁉
突然飛び込んできた予想外の情報に俺は困惑せざるを得ない。焦燥感に駆られるよう慌ててページを捲っていく。
「こ、これ……一体……」
俺はてっきり。『白抗流』と『白光神援教』の因縁でも記されているとばかり考えていた。
だが、ここにあるのは……。
ファイルから一枚、俺は手早く紙を抜き取るや……小さく折りたたんで制服のポケットにしまい込んだ。
先へ先へ……どんどん階層を降りていく。これ以上ファイルを手に取っているとキリがなさそうだったので、もはやファイルは全て無視だ。
すでに二人が姿を消して数分が経過している。もうとっくに地下十階へとたどり着いているのだろうか……。もしくはもう警備員と戦闘している……かもしれん。
そんな中、どの部屋にも共通している新たな法則性を俺は発見した。
天井四隅から生えている二本の細長い筒状の物体。その下。
なぜかファイルが落ちていない。部屋の四隅がぽっかり、空白地帯と化しているのだ。さらには棚もその箇所に置かれていなかった。
無論。疑問は深まるばかりだが……現在、とにかく先に行くことが最優先事項である。
地下八階に到着。相も変わらず四隅の天井には二本のホースみたいな物体。たくさん転がる白いファイルに長い机。
ところが……。地下九階へ到着した俺を迎えた光景は……これまでと大きく異なるものになっていた。
第一印象としては……〝病院の手術室〟という感じ。
室内中央には、人一人横たわれるような白い……椅子? 台? があった。また、それを照らすように丸く大きな照明がすぐそばへ設置されている。
ここには長い机も、二本の筒状物体も、白いファイルも、棚もない。けれど……壁が白いという点、及び部屋の広さという点では一致していた。
天井にある電気の明るさはバツグンで、俺は改めて光のありがたみを実感する。
……?
白亜の壁面に埋め込まれた、ガラス管のようなものに視線が吸い寄せられる。これも上層に存在しなかった物体だ。
ガラス管……といっても、科学の実験で使うフラスコとか試験管とかの比じゃない巨大さ。人間が一人すっぽり収まっても尚、若干のスペースが生じるだろう幅、高さ。
そんなガラス管のような何かは、左右の壁面にそれぞれ一つずつ設置されていた。
内部には……水? だろうか。とにかく透明な液体で満たされている。
俺はそっとガラス管表面に触れてみる。すると、ひんやり冷たい感覚が手の先に感じられた。
水槽……か? とにかくデカいインテリアであることは間違いない。
「こっちはなんだ?」
壁に接近したことで気づくことが出来た。
壁面をよく観察してみると……ちょうど自分の膝くらいの位置に〝横線〟が引いてあるのだ。非常に美しい、平行な細い線。それも壁の右端から左端まで一直線に……と、長大なものである。
ガラス管から少し右へと移動し、さらに壁へと顔を接近させ詳しく観察してみた。
すると横線というのは……正確には〝溝〟であったことが判明する。
加えて、さらなる発見もあった。縦の溝の存在だ。
縦の溝は、横の溝を出発点とし……地面に到達するまで伸びていた。線、一本一本が引かれている間隔は、割かし広めに感じる。
縦横の線を認識した状態で壁から少し離れ、改めて壁を眺める景色は……さながらオセロ盤だったり将棋盤だったりのマス目のようだ。
四角い、長方形のマス目が一段だけ、俺の膝下の高さで壁の端から端へと続いている。
もしこの四角いマス目一つ一つに取っ手のようなモノが付いてれば、俺は間違いなく無数の〝引き出し〟であると判断してただろう。
壁面収納みたく、長方形の引き出しが足元の高さにたくさんあると……。
横線の溝を目で追っていくと……その先には下へと続く階段があった。どうやら、階段の位置に関しても他のフロアと同一らしい。
「…………っ」
ごくり、と生唾を呑み込む。それから大きく深呼吸をし、不安に駆られる心を落ち着けさせ集中力を高めていく。
そして。
いよいよ問題の地下十階へ、俺は向かっていく――




