第八話 衝突
「時間だよ」
どうやら予定された定刻が訪れたらしい。光道さんは座っていた白い椅子からすっと立ち上がると、俺を先導するように部屋の出口へ歩みだす。俺もその後に続いて廊下に出た。
「ところで、俺に合わせたい人って?」
「長」
おさ? ……族長、的な? それとも村長……みたいな? わからん、上手く想像できん。
「光道さんとは、どんな関係なの?」
……………………。
「――話せばわかる」
何だ……今の間、は……。
長……というからには、何かの団体を束ねる役職の人だろうくらいには予測できるが。
……この建物の管理者……だろうか。
光道さんには聞いてもはぐらかされる。果たして、一体どんな人物なんだろうかね……。
「連絡でぇーす!」
その時だ。軽やかな挨拶と共に俺たちの進行方向反対の廊下から、ぴんっ、と右手を真っすぐ天井に向けてあげ、スキップしてくる一人の男。俺よりは明らかに年上。
すると男に呼応するよう、すかさず光道さんも天井目がけて右手をあげてみせた。
「聞きまーす!」
えっ⁉ やっぱり光道さんもそういう感じなの……。
彼女のすぐ横にまで接近するや、ごにょごにょと挨拶とは相反するかのような小声で、男が光道さんに何やら耳打ちする。
「わっかりましたぁ!」
「わっかりましたぁ! を、聞きましたぁ!」
俺はそこまで詳しくないのだが、まるで『ミュージカル』だ。こう……様々な事を歌で語るような、そんな口調。これをミュージカルでやる分にはもしかすると不自然じゃないのかもしれないが……日常会話においての利用は明らかに不自然だと言わざるをえない。
男の用事はそれだけだったようで、再びスキップしながら俺たちの後方へ去っていった。
……スキップ……流行っているのかな、都会では……。
「霧白君、集合場所が変更になったみたい。先に見せたいものがある」
なるほど、今のは予定変更の連絡か……別にいいけれど……って、うん?
変更を告げられた直後、さっきとは違う男が前方からスキップしてくるではないか。さらに男の一歩後ろを二人の男が横並びとなった状態で、同じくスキップしながらやって来る。
三人組は俺と光道の眼前でぴたりと停止してみせた。三人組の先頭に立つ男は、比較的若い……二十代前半くらいだろうか? そんな見た目。
その先頭の若い男が、光道さんに明るいはきはきとした声で話しかける。
「光道さん! 『美しき光の部屋』に呼ばれたよ!」
「おめでとおおおございます!」
前々から決められている合言葉のように、間髪入れずに光道さんが返事をしてみせた。続けざまに祝福された男の背後に控える二人の男も、びっくりするくらいにこやかな笑みを浮かべて。
「おめでとおおおございます!」
「おめでとおおおございます!」
と、大声で何かに対する祝福のコメントを残してみせる。それら全てを聞き終えた若い男は、大層満足そうな表情で大仰に一度頷いてから、おおげさな動作で数回手を振り。
「それじゃあね。さようならああ!」
その別れの言葉の後を追うように、即座に二人の男達も声をあげる。
「「さようならああ!」」
‼
ちょ、ちょっとま――。
スキップを再開した先頭の若い男は俺という存在に注意を払えていなかったらしく、光道さんの右斜め後ろに困惑気味に立ち尽くしていた俺のもとへ勢いよく突っ込んで来やがった!
おかげで俺と男は折り重なるように地面へともつれ込む羽目になってしまう。
しかもそれだけで不運は終わらない。男は無理に起き上がろうとしているのだろうか、バタバタと、やたらおおざっぱに手や足をもがかせるみたく動かしているのだが……。
「ちょっ! どこさわって」
この男なんのつもりか、突然俺のズボンのポケット中へと手を突っ込んできやがったのだ!
今すぐやめさねばと、引き剥がすために自分の手を伸ばさんとしたまさにその時、俺以外に聞こえないような囁き声で、若い男がそっと俺の右耳に呟く。
「受け取ってください」
そうして男はすっとポケットから手を引っ込めたかと思いきや、先ほどのジタバタが嘘のようなスムーズな動作でするりと起き上がってみせた。それから九十度くらいにまで腰を曲げて俺にお辞儀をする。
「ごめんなさい! 不注意注意ごめんなさい!」
すると後方に控えていた男二人も、加えてまさかの光道さんまでもが、一斉に俺に向かって見事な直角のお辞儀を俺にしてきたのだ。
「「私も言うよ! ごめぇぇぇんなっ…………さいっ!」」
やはりというべきか、声の揃え具合は完璧だ。それも噛まず、一文字も違わずに……。
「「ごめんなさい・ごめんなさい・ごめんなさい・ごめんなさい」」
そうして、男三人は「ごめんなさい」を一斉に連呼しつつ、仲良くスキップしながら俺の背後へと抜けるや、そのままいずこかへ姿を消していった。
………………。
――え?
な、何だったのだ……今のは……?
その後、光道さんは俺を起こす手助けのつもりか、眼前に手を差し伸べてくれたのだが……丁重に断り自力で立ち上がる。光道さんには同じシチュエーションで心地の良い……じゃなくて、胃に悪い出来事を体験させられたのでな……。
「光道さん、『美しき光の部屋』っていうのは?」
「もっとも優れた人を長が選ぶの。その部屋ではさらに優れた人間になる機会を与えられる」
「優れた……人間?」
……。
だが、光道さんは唇を微かに揺らすだけで答えてくれなかった。そしてただ一言、「こっち」と指を差すや、すたすたと歩き出す。
俺はわずかに両目を細めながら光道さんの後姿をしばし見つめ……心にもやもやとした不安を抱えながら、その後を追うのであった。




