第四十一話 望まぬ再開
「霧白君……君は随分、面白い知り合いを連れてきたようだ」
長が俺のもとへ歩み寄って来る。だが、姉弟はそれ許そうとせず……長の進行方向へと割り込むや左右から一息に襲い掛かる。
あの技……公園で俺がやられた【平白跳斬】とかいうやつだ。剣の軌道が九十度近く曲がったように錯覚される、原理不明の技術が用いられた『白抗流』の剣技。
あんな意味不明な技に左右から襲い掛かられては……並み大抵の相手じゃ避けられないハズ。
けれども…………問題は相手が並大抵の実力ではないという事だ。
長は危なげなく後方へ素早く跳躍し、不可思議な斬撃を容易く避けきってみせる。
しかも。二人の刀が完全に振り切れた瞬間――だいぶ奥の方にいたはずの付き人が、たった一跳びで姉弟の眼前へ到達してみせた。
付き人の挙動へ直ちに反応。即座に後方へ跳躍しようと試みる東子と進の対応力にも眼を見張るものがあったが……それより速く、進の腕が付き人によって掴まれてしまう。
そのまま左後方へ跳んでいた東子目がけ、進の体が……片手だけで投げ飛ばされた!
やはり常軌を逸した力は依然として健在であることが、たった今はっきり判明したのである。
進と東子は空中で折り重なり……二人まとめて近くの壁へ激突する。
「ごほっ……き、霧白……逃げろ……」
荒く咳き込みながらも刀を支えに何とか体勢を立て直した進は、そんなことを俺に告げてきた。
しかし。俺が二人を置いて逃げるわけもなく……ついに長は俺の眼前にまで近づいてくる。
俺は両手を軽く前へ突き出すように構えた。これは『白光流』の基本となる構えだ。
すると――。
感情が読めない無表情の長は、唐突に右拳を振り上げるや――殴りかかってきたっ‼
俺は両足へ強く体重を乗せるよう意識しながら腰を落としつつ、長の動きを鋭く見据えると――高速で迫る拳に合わせて右の手の平を思いっきり突き出した。
長の強烈なパンチが俺の手の平に収まった瞬間、接触面から凄まじい衝撃が俺の全身を痺れるように駆け巡ってくる。
負けじと歯を食いしばり、全ての力を余すことなく両脚へ注ぎ込んで踏ん張ろうとするも……あまりに強力な一撃を抑えるには足らず、次第に俺の身体は後方へ押し込まれていく。
くっそ……ヤバイ……。
明らかに劣勢。激しい焦燥感が体の奥底から湧き上がってくる。
長の力は圧倒的だった。付き人も十分強かったが、長の力量はさらにその上をいく。
「やあ、悪かったな霧白君」
⁉
…………なっ……なんだ……?
過酷な戦闘の訪れを覚悟していたが……不意に長は俺の体から離れるや、数歩後退したではないか。
「通常の人間より強靭だが……どうやら『復活の薬』を飲んだ時ほどの力はないようだ。今の一撃は君を試したのだよ、霧白君」
ため……した……? ど、どういうつもりで?
「私は君と戦うつもりはない。正直に話そう。今回の引っ越しには〝二つ〟理由があるが……一つは君だ霧白君。我々は君が恐ろしい」
何だ……何だ何だ……? 何が……何が起きている?
「理由は説明するまでもない。君自身が我々に行ったことだよ、霧白君」
これは……一体…………? 俺の心が当惑の感情で埋め尽くされていく。
長の話を言葉を通り、素直に受け取るとしたら……つまり〝俺の目に付かないようにする〟という目的で、引っ越しを実行したこととなる。
「本当は気づかれない内に去ってしまいたかった。だが、もし君が我々の引っ越しに気づき、興味を示したなら……君の好きなようにさせることとしたのだ。白井君には君が関心を抱いた時、協力するよう伝えておいた」
そうか。だから白井さんはあれほどまでに協力的だったのだ。それに今の説明が真実なら、これまで俺と光道が放置されていた理由にも一応の説明がつくように思える。
「全て君のためだ。我々は君の機嫌を損ねたくなかったのだよ」
長の言うことの真偽は不明だ。今この瞬間だって、もしかすると俺を騙そうとしている可能性もある。
第一先ほどの接触で、長は俺より自身の力が勝っていることを十分理解したはずだ。
……けれど。ここで俺を騙す理由は……イマイチ思い当たらないが……。
「どうやら信じていないようだな霧白君。だが証拠はすでに今、示されている。君の知り合いを見たまえ……君自身がよく理解しているはずだ。先程我々があの二人を殺そうと思えば、それが実行出来ていたことを。しかし実際どうだね? 今だ五体満足で戦いを繰り広げている。全ては君に配慮してのことだ」
……悔しいが、確かにその通りかもしれない。
先ほどから俺は東子と進が付き人にやられそうになる時に備え、瞬時に飛びかかれるべく四肢に力をみなぎらせていたが……実際、その行動に移っていないのが現状だ。
「聞きたいことがある。アンタはあの二人を知っているか?」
俺は油断なく……長の一挙手一投足に神経を張り巡らせつつ質問する。
「知っている。宇津白東子、宇津白進、だ。我々は『白抗流』の情報を完全に把握している」
完全に把握している? ……って、そりゃあ知っているか。千年間にも遡る『宿敵』なのだから。もちろん調査もしてるだろうさ……。
「…………それじゃあ、二人の両親を殺したのは誰だ」
すると長は、『付き人』と戦闘を続けている宇津白姉弟にちらりと視線を配ってみせ。
「ああ……なるほど。通りで『白抗流』の使い手である二人が施設を襲撃してきたわけだ」
勝手に一人で納得した様子になる長。
「君が信用するかわからんが……断言しよう。殺したのは我々じゃない」
!
「………………それは、証明できるのか」
「君はあの二人の両親が、どのように死んでいたかを知っているか」
俺は小さく首肯する。
「ならこれもまた、君自身が理解しているはずだ。なぜなら我々は、突いたり、切り裂くことによって、人を殺さないからだ。そもそも……そのようなことするまでもない。ああ、ただし君だけは特別だがね……霧白君」
またもやウソかどうかハッキリしない発言だが……実際その点については俺も疑問を抱いていた。〝本当にアイツらがやったのか?〟 ……と。
「『地下室』だよ、霧白君。二人の両親を殺害したのは……今『地下室』で待機している『警備員』がやったのだ」
……警備員? ちょっと前、廊下で出会ったようなヤツか……。
「ところで霧白君。君はこの世界で……何か目に見えぬ違和感……のようなものを感じたことがあるかね」
脈絡もなく意味不明なことを語りかけてくる長。
もし哲学の話というなら……俺にどれだけ問いかけようと、有意義な意見は生まれてこないぜ。
ガチャン!
その時だ。地下室の扉が開かれ、さらにもう一人の付き人が姿を現した。長とその付き人二人。ついにこの凶悪な三人組が、再び俺の眼前へ揃い踏みした。
たった今現れた付き人は、長の姿を見とめるや近寄ってきて……平坦な声で話しかける。
「終わった」
「そうか、なら出発だ。霧白君『地下室』に行くなら気を付けたまえ。君は大丈夫かもしれないが、二人はそうとも限らない。なるべく急ぐことだ……」
長は奇妙な忠告をしてから、遠くで戦闘を繰り広げている付き人に軽く手を上げ合図してみせる。
その途端。付き人は驚異的な脚力を発揮してジャンプした。
すると姉弟を軽々飛び越え、こちらに一跳びでたどり着いてしまう。
「もし霧白君が『白抗流』に興味を示すなら、地下三階の資料へ目を通すといい」
すぐに進と東子が接近してきた。そんな二人に向かい長は淡々と告げる。
「君たちの両親を殺したのは、地下十階にいる警備員だよ。我々ではない」
ピタリッ。その一言で二人の動きが固まった。瞳に動揺の色が浮かんでいる。
けれども俺には。長が二人に警備員の居場所を教えたことよりも衝撃的なことがあった。
地下十階って……どれだけ深く続いているんだ⁉
「さよなら霧白君」
長と付き人二人は身を翻すや……悠然とこの場を立ち去っていくのであった。




