第四十話 出現
次の目的地は、一階にある『地下室』へと続く部屋。
先ほど警備員と戦闘があったに関わらず、未だ誰も駆けつけて来ないというのは……恐らく俺達三人の侵入はまだ気づかれてないのだろう。
進が先陣を切って階段を下っていく。施設侵入時から依然として彼の冷静さは保たれており、周囲への警戒を怠る様子はない。
その後も二階、一階と順調に降りていくが……他の『警備員』に遭遇することはなかった。そもそも、警備員は残り何人が施設を巡回しているのだろう……。
そして。ついに俺達は一階へと戻ってきた。
白井さんの話では〝階段を正面にして左から四番目の扉が『地下室』へ続く〟らしい。……よくまあ俺も覚えているな。
曲がり角から身を乗り出し、慎重に廊下を覗いてみるも……廊下に人影は存在しなかった。それを確認すると、俺達は静かに廊下を前進していく。
ガチャン‼
「……っ!」
いきなり、目的としていた――――『地下室』への扉が開け放たれた!
続けざまに、内部から二人の人間が廊下へと姿を現す。
また。二人の出現と同時、一斉に廊下の電気が点灯した。暗がりにすっかり眼が馴染んでた上、意表を突かれたという事もあり……あまりの眩しさに思わず瞳を細めざるをえない。
くっそ……誰だ……。
慌てて俺は右手を眉根辺りに押し当て光を遮りつつ……何度か強く瞬きをする。
「ああ、来たのかね……霧白君」
相手との距離は約十メートル。よく通る声が廊下に響き……俺の鼓膜を揺さぶってくる。
「…………」
右手をゆっくり目元から離していき……二人の男を険しい眼つきで見据える。
もはや〝相手が誰なのか?〟――確認する作業は不要だった。なぜなら、生涯けして忘れることのないだろう声をぶつけられたのだから……。
光に適応してきた俺の瞳が捉えたのは……まるで宇津白姉弟の黒っぽい服装と対をなすような、全身白い服装をした二人の男。『長』とその付き人だ。
「おや……どうやら霧白君だけではないようだが……」
長は軽やかな足取りでこちらへ一歩足を踏み出す。相変わらず、その声には一グラムとて感情は詰められていない。非常に淡々とした口調だった。
その姿は俺へと尋常な恐怖を与え、思わず全身が強張る。
だが……「そりゃあ無理ないだろっ!」と、俺は声を大にして訴えたい。
なんたって、こちとら一度殺されかけ……いや、殺されたんだから‼
今すぐにでも震えそうな肉体を意志の力で何とか抑え込めていられるのは……恐らく、宇津白姉弟の存在が大きいだろう。
「……なっ、なんで…………生きてるんだ!」
「私はそっくり、同じことを君に言いたいんだがね……霧白君」
…………それは俺自身にも謎だ。
もはや〝人体の神秘〟とか、〝奇跡が起こった〟とか、そんな言葉で簡単に片づけられない〝何か〟が、俺の身に降り注いだとしか思えない。
「……霧白君。あの二人もしかして……『長』と付き人か?」
‼
一瞬、俺の背筋に寒気が走った。
「…………」
声をかけられた東子の方に、恐る恐る……顔を向けていく……。
俺は……東子の眼つきの異様さに驚愕した。
確実に〝近寄ったら危険だ〟と本能が告げるかのような鋭い眼つきをしていたのだ! 東子の瞳が蛍光灯の白い光を反射し、ギラリとした輝きを放つ。
俺は進の様子もそっと窺うが……東子同様に鋭い眼つきをして、じっと沈黙しながら前方二人を凝視していた。
今さら別に、東子と進の覚悟を疑ってなどいない。……いない……が、それでも俺は自分の認識が多少甘かったことを強烈に自覚させられてしまう。
普段の二人からはまるきり想像することが出来ぬ……もはや完全な別人とすら感じさせる風格を漂わせていた。彼らは本当に文字通り――〝本気〟だったのだ。
東子の問いかけに、俺は無言で頷いてみせる。
すると。宇津白姉弟は見事なタイミングで互いにアイコンタクトを交わしたと思いきや――
駆けだした‼ 俺が制止する間もないくらいに躊躇ない足取りで。
前傾姿勢になるよう重心を細やかに変化させつつ……二人はグングン加速していく。
そして。約十メートルの距離など彼らの走力の前ではあってないようなものに等しく……すぐさま刀が『長』へと接触する間合いにまで詰め寄ってみせる。
…………っ!
俺は思わず息を呑む。ついに付き人がその体を動かしたのだ。
ヤツらは襲いかかる相手をただ素直に受け入れるような……そんな生ぬるい連中ではない。
とうとう二人は腰だめに構えていた刀を――抜き放った‼ その射程には付き人がすでに捉えられている。
東子は首を、進は腹部を――付き人目がけ、左右から二人の斬撃が斜めの軌道で襲い掛かる。
なにっ!
必殺の一撃が切り裂いたのは……何も存在しない虚空であった。
付き人は右足を軸にし……迫る二人に対し体を横向きへ即座に回転。東子の斬撃軌道から逃れてみせた。
さらに。回転と同時並行で――膝をほぼ直角に曲げつつ、まるでブリッジするかのような信じられない挙動で後方へと背中を逸らせ……進の一撃からも逃れてしまう。
あんな状況下で、付き人は大道芸的なことをごく平然にやってのけたのだ。
くいんっと勢いよく体をもとの姿勢へ戻す付き人。
これは、俺だけじゃなく姉弟的にも予測不可避な事態であったらしい。
進、東子に明白な動揺が生じたが……すぐに気を取り直し後方へ飛び退いてみせた。この場で即座に動けた二人の判断力は相当なものだ。
姉弟はそれぞれ手にしていた刀の鞘を豪快に廊下の端に投げ捨てるや、油断なく両手で刀を構える。
「霧白君……君は随分、面白い知り合いを連れてきたようだ」




