第三十九話 鍵
非常に息の合う冷酷無比で容赦ない攻撃は雨あられのように続き――――とうとう男を地面へ転げさせるまでに至ってしまう。ついに俺は出番を迎えることなく……終始観客のままだったのだ。
東子はすぐ横にあったドアの取っ手を捻ったものの……ドアノブは動じなかった。カギがかけられているのだ。
「霧白君。近くに施錠されてない部屋はあるか?」
彼女は足早に俺のもとへ寄って来るや、焦るような早口で尋ねてきた。
「いや、わからない」
俺もなるべく早い口調で返答する。
「そうか……」
「けど、たぶん『長の部屋』は無人だと思う。ここからそう離れてないから、さっきの男の叫びが確実に届いてるはずだ。部屋にいるなら、様子を見に廊下へ出てくるはず」
「よし。なら『長の部屋』に男を閉じ込めておこう」
…………なるほど。男をこのまま廊下へ置いてくわけにいかんしな。
「待ってろ。俺が『長の部屋』の様子を見てくる」
「危険だ。私も一緒に行こう」
進は男を油断なく見張っていた。一方、相当痛い目にあったのだろうか……男はビクつきながら自分の頭を守るように両手で覆い、背中丸めて大人しく壁に寄りかかるよう座っている。
「……わかった」
ひとまず進の方は問題なさそうだと確かめた俺は、東子の申し出を承諾した。
本当は念のため俺だけで確認したかったが……一々言い争っている暇などなさそうだ。いつまでも、男がじっとしてるとは限らない。
俺としては相当に深い因縁のある……豪奢なデザインでつくられた『長の部屋』その扉前に立つ。
まずは耳を壁に押し当て、注意深く室内から物音がしないか探る。
音は聞こえない……か。人のいるような気配も読み取れないし、やはり無人のようだ。
俺は東子へと首を向ける。すると彼女は、凛々しい目つきで俺の瞳を見つめ返すや力強く一つ頷いた。
その頷きにいよいよ俺も腹を括る。制服のポケットから白井さんにもらった鍵を取り出して差し込み……可能な限り消音を意識しながら開錠。
そして。ゴクリッ、生唾飲み込みながらドアノブに手を乗せ……そっと開いていく。
「………………っ」
……………………………………。
いない……か?
素早く室内に視線を張り巡らせるも、人影は見当たらない。無人だ。
部屋の灯りはついておらず、建物全体同様に暗くなっていた。、
しかし。暗い……といえど、この部屋は窓から差し込む月明かりの量が他の場所より幾分か多くなっており、室内を詳しく捜索するのに支障はなさそうだ。
室内には以前訪れた時と比べ大きな変化があった。細部に渡って鮮明に記憶してはないが……確実に置かれている物の数がだいぶ減っている。
この光景を眺めたことにより「ああ、コイツら本当に引っ越すんだな」という実感が、改めて心の中に湧いて出てきた。
「誰もいないな。霧白君、君は『地下室』の鍵を探してくれ」
東子はそう告げるや、月光に照らされ美しく輝く黒いポニーテールを翻し、勇ましい歩みで廊下へと戻っていった。
見送った俺は早速机のもとへ向かう。そして机の引き出しに手をかけたが……開く前に一度、その場へしゃがみ込んで机の下に何も置かれていないことを確かめる。
……何もない……な。
そこに〝生皮を剥がされた小型のワニ〟的な生命体を詰めた大き目なビンがなかったことへ安心感を得る俺。それから首を左右に振って気を取り直すと、改めて机の引き出しへ視線を注ぐ。
引き出しは四段になっており、俺は手始めに一番上の段を開いた。……すると。
「あった……」
あちらこちらを探し回るまでもなく、すぐさま目的物を発見。
引き出しの中には数個の鍵が入っており、それぞれの鍵には小さくて白いシールが張られたいた。
それら白いシールにはそれぞれ異なる部屋名が記入されていて……その内の一つに『地下室』と表記されたものがあったのだ。
――その時。俺が鍵を発見したのとほぼ同時だっただろうか。
「歩く……歩くよぉう……。だから棒でつつくのはもうヤメテくれぇ……よ」
宇津白姉弟によって強制的に歩かされた男が室内に入ってきたのである。
進はすぐに男を壁面まで追いやると、そのまま床へしゃがみ込ませた。
「霧白君……紐を持ってないか? ……いや紐じゃなくても、とにかく男を拘束できればいいんだが……」
残念なことに俺はそのような物を持ち合わせてはいない。
なので。机の引き出しに利用できそうな物がないかと全ての引き出しを開放したのだが……鍵以外、何一つとして残されているものはなかった。
「ないな」
すると、東子は大きな溜息をついてから進を見た。
「進。帰りは刀を手に持つこととなりそうだ」
どうやら進には、その一言で姉が何を考えたか察するのに十分だったようで。
「わかった。別に俺はいいよ」
東子は刀を抜き放つと、肩から提げるために鞘へ備え付けていた紐を切り取っていく。どうやらその紐を用い、警備員の男を拘束するようだ。
確かに、紐はちょっとやそっとじゃ千切れそうにない強固な見た目をしており……誰かを縛るという行為には適しているよう思われる。
その後。進も自分の紐を切断していき、手際よく男の手足が拘束されていった。東子はどれほどあがいてもほどけない丈夫な縛り方を知っているらしく……実際、このまま男を部屋に転がしておいても問題なさそうに見えた。
「霧白、鍵は?」
「……これだ」
俺は進の眼前へと、たった今入手した鍵を提示した。
だが……その瞬間。いきなり俺の手から進が鍵を奪い去ってしまった。
「ありがとよ霧白。けれど……ここでいい。後は俺達二人でやるからお前は早く帰れ」
………………はいっ?
「ああ……勘違いすんなよ。別にお前が……その、足手まといってわけじゃないんだぜ」
何を急に気遣い出しているんだコイツは……。
「悪いけど……ここまできたら最後までついてくよ。俺だって一応……『白光流』の使い手なんだ」
俺の言葉が意外だったのか、進は大きく目を見開きしげしげと俺の事を眺めきたのだが……突如「ふっ」とカッコつけて鼻で笑った。
顔だけはやたらイケメンなので、悔しいことにカッコつけた仕草が様になっている。
「なら…………せいぜい後ろにいることだ。よし、一階に行こう」
何が面白かったかわからんが……とにかく進は同行を許可するや、さっさと部屋を出ていくのであった。
続く東子はどうも心配そうな眼差しで俺を見つめていたが……すぐに振り返り、進の後を追っていく。




