第三十八話 不思議な男
「ダメですよ……ダメですダメですダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ。関係者以外、入っちゃダメなんですよ……」
高い声でどこか特徴的な喋り方。発声者はおそらく……男だと思われる。そして、一つ確実なのは……これは長や付き人の声ではない。
だが。それならば『信者』しかありえない訳だ。
つまり、白井さんから提供された「信者は全員いない」という情報は〝嘘だった〟ということになる。俺達はまんまと白井さんに騙されたのか?
しかしそんな疑問はひとまず置き、俺達三人は階段の端ギリギリにまで後退する。
………………。
ついに。不思議な声の主は、俺達の眼前へとその姿を現した。
何だ……あの服装は? 〝警官〟……とは、少し違うか。だが似たような制服に身を包んでいる。加えて、意外なことに服の色が白でなく……暗くてはっきりしないものの、おそらく紺色だ。
頭にはこれまた警察官が身に着けていそうな、少し丸みを帯びたデザインの帽子をかぶっている。
比較的高身長で……少なくとも俺よりは背が高い。体型は細身だ。
そして……。顔には綺麗な円形をした、穴一つ空いていない純白のお面を装着しており、その表情は窺えない。
けれども、一体どうやって視界を確保しているのか……男の足取りがふらつくことはない。
「ああ……ホラホラやっぱりいるじゃないですか……」
コイツは何故か〝灯り〟になるものを持っていない。俺達のように〝ワケあり〟ならともかく……コイツはどうしてこんな真っ暗闇の中、灯りとなるものを所持していない?
ピタッ。男は俺達の二メートル程前方地点でふいに立ち止まった。
「イイイイイイイイヤッタアアアアアアああああああぁッ!」
!
突然、眼前の男が大声を上げた。俺は思わずビクリッ! と体を強張らせる。
よ……喜んでいる⁉ 意味が……分からない……。
「私……『警備員』なんですよおっ! 警備員って……どんな仕事か知ってマスぅ? マスぅ?」
男は一人で勝手に喋り出した。それと同時、男は顔面を覆う白い面を取り去ってみせる。
…………。
…………んん?
俺は……軽い衝撃と共に、何ともいえぬ表情を浮かべざるをえなかった。
〝普通〟なのだ。
明らかに異常性感じる発言をしてたというのに……顔は至って普通。
髪は短く整えてあり、年齢は若い印象。こんな出会いでなければ……二十代くらいの〝爽やかな男性〟と認識していただろう。そして……肌は白く、無表情顔だ。
正直……下手に恐ろしい顔をしているよりも不気味かもしれない。もし見た目だけで判断するなら、こんな真夜中に奇声を発する人にはとても思えない……。
「ツーカーマーエールぅぅぅぅっぅツカマエル」
再び俺は驚かされる。いきなり――めちゃくちゃな音程で男は歌い出したのだ。しかもその歌はわずか二言で終わったしまった上、終わり方もぶつ切りな感じであった。
また、男はここまで一切無表情を崩していない。『白光神援教』では〝常に無表情であれ〟とでも教えられているのだろうか?
――――その時だ。
一陣の風が、俺の側面を颯爽と通り過ぎた。
進だ!
そのまま、しゃがみこむような低い前傾姿勢で男の懐へ一挙に詰め寄ってみせるや……腹部目がけて日本刀による刺突を繰り出した‼
抜刀はされておらず、刀身が漆黒の鞘に包まれたままだ。
肩から提げるために鞘へ取り付けられていた長めの紐を手首に巻き付け固定しており……いつの間にか鞘がすっぽ抜けないよう工夫された状態で柄を握っていたのだ。
進は心乱した様子なく、至って冷静に見えた。また、動きは洗礼されて無駄がなく、日頃から対人を意識した修行を行っていたのだろうことを俺に想起させる。
――――だが。
男は放たれた突きを……なんという反射神経か、接触寸前に片手で受け止めた!
進の突きは非常に俊敏だったと思われる。恐らく、通常の信者ならば苦悶の色を顔に浮かべ、胴体がくの字に折れ曲がっていただろう。
けれども男は。迫る刀を片手のみで素早く掴み上げたのである。
「………………」
押し込むため一層両腕に力を込めていく進へじっと男は視線を注ぎながら……ゆっくり小首を傾げてみせた。
しかし。けして男も〝余裕〟というわけではなさそうだ。というのも、刀を抑え込む男の右手は微かに震えており……相当力が加えられていることは容易に想像出来た。
「………………ちっ……」
進が苦々し気に舌打ちをした……次の瞬間。
「ギャッ!」
!
男は奇妙な短い呻きを上げ、わずかに体をのけ反らせる。
今度は東子だ! 進同じく鞘が抜けないようを固定した状態のもと、男の額を正確に突いてみせたのだ。しかも……動く気配を全く察知させなかった。
そこから。宇津白姉弟の凄まじい連携攻撃の火蓋が切って落とされる。
呼吸のあった巧みな動きから放たれる剣線の波が、相手のわき腹や肩口、脇の下、もも、膝……と、俺なら絶対に食らいたくない箇所を的確に狙い打っていく。
また、二人の繰り出す連撃の中には、時々俺が精通する『白光流』の面影が垣間見えた。
やはり、もとは同じ武術であっただろうことを、図らずも俺は間近でじっくり観察することとなり……直感的にも理解出来た。
休みない苛烈な攻撃にさらされる男は、抵抗する間も満足に与えらずにみるみる廊下の奥へと後退させられていくではないか。
………………。
俺は……不思議でたまらない。
なぜなら。男がここまで二人に圧倒されることになるなど、全く持って予想していなかったからだ。
男が進の刺突を片手のみで防いでみせた時は、ここから一進一退の熾烈な攻防が……さらには、進が若干押されるような展開にすらなりかねないとも思っていた。
非常に息の合う冷酷無比で容赦ない攻撃は雨あられのように続き――――とうとう男を地面へ転げさせるまでに至ってしまう。ついに俺は出番を迎えることなく……終始観客のままだったのだ。




