第三十六話 施設再び
まもなく時刻は、深夜の二時を迎えようとしている。
宇津白姉弟は準備があると一旦自宅へ帰っているが……もう間もなく、俺の自宅前へ迎えに来るはずだろう。
現在。俺は光道の家におり……一応というか、白井さんのことを見張っていたわけだが、特にこれといって誰かに連絡を取るような素振りは示さなかった。
どうやらあの二人――光道と白井さんが友達というのは本当らしく、最初はどんな事するのか不思議でたまらなかったが……光道が勉強を教えてやったり、学校内外関係なしの世間話をしたり……割と仲の良さを窺わせていた。
「それじゃ……行ってくる」
そう言って椅子から立ち上がった俺に、白井さんがたわい無い話でもする気軽さで。
「キリシーロ先輩、いってらっしゃい。『警備員』さんには気を付けてださいね」
げっ、そんなの雇うだなんて……。あの組織……結構金持ってるのな。
というかもっと早く教えて欲しかった情報である。……まあ、教えてくれただけでもまだいいか。
俺はいよいよ覚悟を決め、気持ちを整えるように玄関へとゆっくり歩いていく。
「龍太……やっぱり本当に行くの?」
俺が靴を履いていたところで光道が背後からやって来た。両足きちんと靴を履き終え、くるりと光道の方へ振り返る。
「……わかってるよ。自分でもバカなことやろうとしてるって」
「…………」
光道は黙り込み……毎度おなじみ謎の間を生み出してみせた。それからややして、再び話しを切りだす。
「よく考えたら、龍太は私の言うことを聞かない人って知ってた。子供のころ、龍太に〝引っ越すな〟とお願いしても無視されたし。そういえば〝困ってたら助けに来る〟という約束も無視された」
「いやいや……無茶言うなって……。わかった、今度はしっかり約束する! 絶対戻ってくるって。……ああ、そうだ! 光道、マジックペンあるか?」
「……? 待ってて」
一度リビングの方に引っ込んでいった光道だったが、すぐ戻ってきてマジックペンを手渡してくれた。
俺は自分の左腕の袖を巻くって肌を露出させるや……マジックペンで〝帰ってくる〟と書き込んでおく。
「ほらっ! これで忘れない! このマジックペン、中々インク落ちないんだよな……」
ふっと。風呂場で洗えどすぐには消えなかった記憶が蘇り……自分で書き込んでいながらちょっと憂鬱な気分になった。
「………………」
光道は再び謎の間を生み出してみせ…………程なくすると考えがまとまったらしく話し始める。
「そう…………なら……」
‼
すっと光道は軽くつま先立ちになったと思いきや…………唇にキスされた。
しばらく何をされたか、理解するのに少々時間を要したが……わかった途端、猛烈に体が熱くなる感覚に襲われる。
ふらふらよろよろ後退していき……ゴンッ! と鈍い音を響かせ、したたかに後頭部を扉に打ち付けた。
というか、よく見たらあの光道が珍しく頬を赤く染めているじゃないか。特に彼女は肌が白いので、赤くなるとすぐわかる。
てっ、てか! …………ててて照れるぐらいならやんなしっ!
「こっ……これは……その、幸運のお守りみたいなもの……」
「お、おお……そう……か」
それにしても、光道の照れるポイントがあまり理解できんのだが……。どうして今のは恥ずかしくて、うるさい口を塞ごうとするのは一切の躊躇いがないんだ。
「効果はすでに実証済み。死人も目覚める」
……なんだかよくわからんが、つまり相当効果が強力だと説明したいのだろう。
「ちなみに舌と舌を絡ませるとより効果が――」
「それじゃあ行ってくるから! からぁ!」
余計なことを光道が口走りそうだったので、俺はすみやかに外へ飛び出すのであった。
○
こんな時間帯まで起きていることは中々なく……何だか外の世界が新鮮に見える。
光道家を出ると、すでに宇津白姉弟は家の前で待っていた。
「来たな霧白君」
「よお霧白、光道さんに変なことしてないだろうな」
二人とも私服に着替えていた。両者とも全体的にどことなく黒っぽい服装なのは、暗闇に紛れやすくなる配慮だろうか。長袖の服だ。
そしてどちらの背中にも……もはや隠す気ゼロという具合に、見た目が若干『帯』のような紐によって結ばれ固定されている――〝刀〟がぶら下がっていた。黒い服装といい、もはや完全に闇討ちスタイルである。
「ところで霧白君は……どうして制服のままなんだ?」
「ああこれか。これは……まあ、縁起が良いというか……そういうやつなんだ」
前回、施設に乗り込んだ時も制服姿だったから、〝奇跡よ起これっ!〟的な願掛けで、何となーく一応同じ服装を身に纏ってみた。
――まあ厳密に言うと、今着ている制服は二着目だがな……。前回着ていた制服は、色々あってボロボロになってしまった。
――――そして。
…………ついに来てしまった。
一見すると、ただの白いマンションにしか思えない外見。
だが実は。こここそが『白光神援教』の施設であり……マンションのような外装は、人々の眼を欺く仮の姿なのだ。
俺は明るい時間帯における全容しか知らなかったが……こうして周囲がすっかり暗くなった状態で改めて目にすると……どうも怪しげで、不気味で、不穏な印象を覚える。
けして誰かが提案した訳でないにも関わらず、俺達は自然と入り口の前で立ち止まり、しばらく無言で建物を見上げていた。
俺としてはただただ気味の悪さを感じていたのだが……隣の二人は今、心の中で何を思っているのだろうか……。
「二人とも……準備はいいな」
東子の確認に俺と進は頷いてみせた。
「よしっ、それじゃあ進はそっちを頼む」
「わかった」
宇津白姉弟は右と左、閉ざされてる透明な自動扉に手をかけ……強引に左右へと開いてみせた。
「行こう」
俺達は生じた隙間から、慎重に内部へ足を踏み入れていく。




