第三十五話 思惑
話が終わった途端。突然光道に引っ掴まれるや、そのまま慣れた足取りで俺の自室にまで連行させられてしまう。
「どっ、どうしたんだよ光道!」
「龍太。施設に行ってはダメよ」
そして、部屋へ到着してもなお引っ張られていく俺は……どさりっ、光道によってベッドに押し倒されてしまう。
お、おいっ!
しかも光道のやつ、何ら躊躇いなく俺の腹の上へと馬乗りになってきた。かつて東子の部屋にて、俺が狂乱状態の東子を押さえつけていたのとほぼ同様の構図。
「……光道?」
「こんなはずじゃなかった。龍太に『白光神援教』が引っ越すのを伝えずにいたのだって、そもそも言う必要がなかったからだったのに……」
必要がなかった? どうしてだ。むしろ俺ほどにその情報を欲している人間など世の中そう多くいると思えないが。
「学校で京から聞かされた。『白光神援教』はこのまま引っ越して、私と龍太のことは放っておくって。だから私たちはそれまで波風立たせずひっそり生活していればよかった。……なのに」
放っておく……ね。理由は不明だが、それが本当ならこれまで『白光神援教』が俺達に何らかのアクションを仕掛けてこなかった原因に一応の説明がつく。
「〝私が京からこの話を聞いてた時〟……という最悪のタイミングで龍太は出会ってしまった…………宇津白姉弟と」
確かに……聞かされると、随分すごいタイミングに思えてくるな。
一方では俺を『白光神援教』から遠ざけさせようと意思を固めた者……『光道』がおり、その一方では逆に俺を『白光神援教』に近づけさせようとする者……『宇津白姉弟』が現れたわけだ。
それもほぼ同タイミングで。なんたる偶然か。
…………待てよ。あの時の東子は、まだ光道が近くにいるのを嫌がっていた時期じゃなかったか?
ということは。〝偶然〟などではなく……むしろ〝必然〟かもしれん。
東子は光道が俺の近くにいなかったからこそ、あのタイミングで声をかけてきた……可能性がある。
「龍太から話を聞くと、宇津白姉弟が『白光神援教』を倒そうとしていることを教えられた。もちろん私は龍太に関わって欲しくなかった」
そうか……。なんだか最近、光道がやたら疑い深い気がしてたが……ようやく、その違和感の謎が解けた。
彼女としては、俺と宇津白姉弟がどんな会話をしているか気が気でなかったのだろう。〝俺が危ない道に踏み込まないかどうか〟……とな。まっ、見事に踏み込んでしまったわけだが。
そんなことを考えていた時、ふっとあることを思い出した。
「ああ、もしかして……前に俺のことガムテープで椅子に括りつけたのは……俺にこれ以上『白光神援教』と関わらせないための警告としてやったのか?」
「…………あれは私利私欲」
ずるっ! と、心の中の俺がずっこけた。
「龍太はついに、科学室で「二人に協力する」と口にした。だから友達を呼ぶことにしたのよ。龍太に『長』が健在だと、確実に信じてもらうために……。龍太は恐ろしさをよく知っているから、宇津白姉弟への協力をやめると思った。……けれど、今の龍太は乗り気になってる」
……なるほどな。
つまり。光道は光道なりに俺の事を思い、動いてくれてたのか。
「だいたい龍太も理解しているはず。あの二人……間違いなく殺されるわ。本当に二人を守りたいなら、今すぐガムテープとかビニールひもで厳重に彼らの身体を拘束すべき。明日に長は出発するのだから、今日だけ拘束すればいい話」
正直、光道の意見は正論すぎる。何も間違っていない。
その通りだ。宇津白姉弟の足止めさえすればあの忌々しい施設をおがまなくて済むし、何より〝あの人達〟に会わずに済む。さらには進と東子も助かる。
けれどな……光道。
「なあ光道。正直言って……あの二人って賢いと思うか?」
俺の唐突な問いかけに対し、不思議そうに小首傾げつつ答えてみせた。
「……賢いとは言い切れない」
まったく、お前も正直なヤツだ。
「実はな……俺もあの二人、ちょっとぬけてるところがあるな……って、思っていたところだったんだよ。だけど……〝行動力〟だったらどうだ?」
「あると思うわ。それも無駄なまでに」
そうだ光道。少なくとも俺には超・ハードルが高いことを、彼らは難なく実行してしまう。
初対面でいきなり俺を家には誘う、木刀持って俺の家に襲撃して来る、突然デートしないかと提案してくる、そして……幹部を〝仕留めてくる〟と宣言する。
大きく見てもこれだけのことを実行した宇津白姉弟であるが、さらに細かく見たなら、彼らのとてつもない行動力の実態がより浮かび上がることだろう……。
「俺、思うんだよな。『白光神援教』がどこかに引っ越したとしても……あの二人だったら絶対その施設の場所を突き止めるだろう……って。光道はどう思う?」
「……もしかするとやり遂げるかもしれない。科学室、それにさっき居間で話していた時、彼らからは凄まじい決意と強力な執念を感じた」
どうやら光道も俺と似た認識を持っているようだ。彼女的にも宇津白姉弟の〝実行力〟という面に関しては疑いの余地ないらしい。
「だったら光道。もしアイツらが再び施設を発見したら……次はどうすると思う?」
「…………今回の事から考慮するに、また施設へ襲撃しようとするんじゃないかしら」
「俺も絶対そうすると思う。だからこそ……今日がいい。信者が誰もいない今日の方が――」
そう。確かに短期的な視点――つまり〝今日攻めることだけを阻止する〟という考えなら、光道の意見の方が圧倒的に安全度の高いことは間違いない。
しかし、長期的な視点から捉え直してみるとどうだろう?
どうせ遅かれ早かれ。幹部を倒すため施設へ突撃するのなら……信者がわんさかいるだろう引っ越し後の施設ではなく……信者が一人もおらず、さらには俺も付き添うという状況下で向かった方が、結果的に彼らの生存率を高めることにつながると俺は考えたのだ。
特にあの二人ときたら。好機と見るや日本支部とやらの指示もすんなり無視、猛然と実行への計画を企ててしまったしな。
施設を再発見した際。万が一にでも日本支部が再び〝待機せよ〟と指示した暁には……〝二人だけでやってしまおう!〟と考えること確実だ。
「龍太には関係ないことよっ‼」
「って、うわっ!」
ビっ、ビビビビックリしたぁ!
光道のヤツがいきなり倒れ込んできたと思ったからだ。
実際は光道が俺の顔の左右に両手を突いて、グイッと端正な顔を密着させるよう寄せてきたのである。
す、すご……ちっ、ちかっ……顔!
顔がやたら近い。もはや息がかかるレベルだ。って、まだ接近してくるぅっ!
とうとう。ぴたっ、俺の鼻と光道の鼻がくっついてしまった。密着させすぎだ!
「くっ……ゆ、許せこうど……ひいいぃぃぃっ!」
な、ななな何考えているんだ光道‼
いきなり俺の唇を舐めてきやがった! も、もうわけがなにやらさっぱり不明で……落ち着け落ち着け、頭がめちゃめちゃ混乱している。
って光道⁉ もう自分の両手で体を支えてないじゃないか! 仰向けに横たわる俺の上へ完全に身を預けており……そのせいで、実は割と大きい光道の胸がふにゅんと俺の上半身に惜しげもなく押し付けれられているのだ‼
「にゃっ、にゃぃうぉ! にゃにをしてりゅんじゃあ光道っ!」
「うるさい唇を塞ごうと思った」
男らしすぎるだろっ‼ というか、どうして俺が光道に押し倒されているんじゃああぁ!
すると光道。逃走を図ろうとする俺の心をまるで先読みしたのか、逃がさないとばかりに俺の頭を両手でがっしり掴み、固定してきた。
「それじゃあ……今度こそ唇を……しっかり……」
「うわああああああああ待て待て待て待てよせえええっ!」
しっかりって! しっかりってなんだぁ⁉
ガチャン。
唐突に、部屋の扉が開かれる。
「おーい、どうしたのだそんな大きな……声……を……ってぬわああああ、ななななな何をやってるんだ霧白君!」
「き、霧白おおおおおおぉ‼ てめえぇぇ、光道さんから離れろぉぉぉぉ! そして千発殴らせろ!」
「今度は、私もキリシーロ先輩に迫ってみようかしら。面白そうですー」
その後。俺はベッドの上で腹を千発殴られながら、なぜか白井さんと東子が俺目がけ積極的に顔を近づけて来るのに怯え、それを光道の巧みな手さばきがいなしていく……という奇妙な――
いや。これ以上この混沌とした状況を語るのはやめておこう……。




