第三十三話 下校
…………………………へ?
えっ? えっ? おっかしいなぁ……耳悪くなったか俺?
彼女……なんて言った? ダメだ。日本語のはずなのに、上手く意味が呑み込めない。
「引っ越しの指示も、キリシーロ先輩を見ているよう私に言ったのも全部『長』。ちなみに長は明日の朝、施設を出発するそうですー」
………………。
ウソ……だろ……。
……バカな……あり得ない……。
激しく狼狽え……俺の瞳が驚愕で大きく見開かれる。こんなこと聞かされ、どう平常心を保てというのだ。
「こ、こう……どう……ほんと……なのか?」
「恐らく間違いない。彼女がこんな嘘をつく必要はないと思う」
そ、そんな……そんなっ。ウソ……ウソウソウソウソウソウソウソ、嘘……だ。そんなの……信じられない……。
一瞬、立ち眩みに襲われるも……近くの机に片手をつき、どうにか転倒することは免れる。それと同時、気持ち悪さが体の奥底からどっと込み上げてきた。
「光道は……前から知っていたのか? ど、どうして教えてくれなかったんだよ!」
「…………私が伝えても龍太は確信を得られないはず。直接、施設の人から告げられでもしない限り……」
そんなこと…………なかった……とは、断言出来ないかもしれん。実際、信者から直接事実を伝えられた今でさえ、完全に信じ切れているとは言い難い。
「……大丈夫か、霧白君……?」
東子だ。体がふらつく俺の傍にまで寄って来ると、優しく背中をさすってくれた。
「心配することないぜ霧白……」
今度は進だ。姉同様に俺の隣まで接近してくると、肩にポンと手を置いてくる。
「そうだ霧白君。確かに、我々は過去『長』と君との間にどんな恐ろしいことがあったかわからない……」
「けどな霧白……〝今日〟までは『長』が施設にいるってんだろ。だったら今夜……俺達が……」
「「仕留めてくるっ!」」
………………………………。
…………………………。
「…………ふっ」
あれほど悪かった体調が、まるですっと波が引く様、治まっていくのを感じる。
そうだった。あー〝驚愕の事実〟にうっかり失念しかけていたよ。
〝宇津白姉弟が正真正銘のアホであった〟ということを……な。
――――――――――そして俺も、だが。
「……教えてくれてありがとう、白井さん」
「そうですーか。いやいや、私も一度キリシーロ先輩とお喋りしたかったので、夢が叶って嬉しいですーよ」
そんなセリフとは裏腹に、白井さんは表情をピクリとも変化させないので……本当に喜んでいるかどうか……真偽は不明である。
「ああ、それと光道……ちょっと頼みがあるんだけど」
「なに?」
そう返事した光道は……一見、普段と何ら変わらないよう思えるかもしれない。けれども、俺にはしっかりわかる。光道は今……少し不機嫌だ。
「今日、白井さんをお前の家に泊めてやってくれないか?」
「…………どうして?」
「白井さんには話を聞かれちゃったしな……是非とも今日は、じっとしておいてもらいたいのさ。というわけで……白井さんはいいかな」
俺の記憶が間違っていなければ。あの宗教の信者達は〝明るいうちしか外を出歩いてはいけない〟……みたいな、そんな独自のルールを自分達に課していたはずだ。
つまり……夕方まで彼女の動きからは目が離せないことになる。ならば……光道の家ほど、いてもらうのに適した場所はないだろう。
「別に私はいいですーけど……光道先輩はいいんですーか?」
「……わかったわ」
光道には悪いが多少強引に決めさせてもらう。
「ああ、そうだ……白井さん。光道と連絡取り合った……ってことはスマートフォン持ってると思うんだけど……。今日だけ俺が預かる……とか、ダメかな?」
正直。こんな一方的望みがすんなり通るとは思ってないけど……まあ、取りあえず口にするだけ――。
「キリシーロ先輩だったら、別に構いませんよ」
あっ…………こういうの……いいんだ……。こっちから提案しておいてなんだが、ちょっと意外である。
現代女子高生のイメージとしては〝死んでもスマートフォンは手放さない〟みたいな感じだったが……その思い込みは正す必要があるらしい。まあ、断られたところで簡単に引き下がれない問題だったが……。
誤った考えに自己反省しつつ……白井さんから、白いカバーに覆われたスマートフォンを手渡される。
「光道、この学校には他の『白光神援教』信者はいるのか?」
「いないわ」
…………あっ!
というかだ。
たった今、光道に質問して気づいたが……「学校に信者がいるのか?」と最初から光道に質問しとけば良かった。主に俺の精神の平穏を得られるという点で、大活躍する情報となっただろう。
「それじゃあ……悪いが霧白君。君には放課後までの授業をサボってもらうぞ。もちろん我々も一緒にだがな」
東子があっさりそんなことを俺に言ってきた。
「えっ! ど、どうして……」
すると東子ではなく進が、キザッたらしい笑みを浮かべながら質問に答えてくる。
「バっカだなぁ霧白。白井を光道さんの家に泊めてもらう……って発想まではよかったのに。今から放課後の間はどうするんだ? 彼女を一人、教室に戻すのか?」
余計な一言がひどく耳障りであるものの……至極、もっともであると認めざるをえない。
「すまんな霧白君。しかし……白井さんは君か光道さんとしか話してくれんからな……。意思疎通できる者がいないと困る」
「……まあしょうがないか。けど、だったら今から家に帰るってのはダメなのか? 光道が下校するまで、俺の家にいていいけど」
息ぴったりに〝はっ!〟と衝撃を受けたリアクションをした東子と進は、またまた息ぴったりな動作で、ビシッと俺目がけ人差し指を突き付けてきた。
「「それだっ!」」
こうして。光道以外の全員が、誰の眼にも触れないようひっそり学校から下校することとなった。その際、宇津白姉弟の指示が非常に頼もしく……誰にも発見されずに済んだ。
さすが。長い間、誰かを尾行したり監視していただけはある。中々に優れた隠密技術を持ち合わせているらしい……。




