第三十二話 引っ越し
さて……科学室に姿を現したのは一人の女生徒であった。ショートカットの小動物みたいな可愛さを持つ少女だ。
どうやら学年は一つ下――一年生の後輩らしい。女子は首元につけたリボン、男子はネクタイの色が学年ごとに異なるのですぐわかる。
「はいはいはーい。はじめまーして。白井京ですー」
身長はやや低め。もし背の順で並んだなら、前から五番目くらいに位置してそうな絶妙な感じ。
そして……開口一番、中々にテンション高い挨拶をしてきたのだが……どうもセリフとテンションが伴っていない。起伏のない平坦な……淡々とした声なのだ。
また、顔には感情が滲んでいない。笑うでもなく緊張するでもなく……無表情。まるで光道のような人である。
「あなたが……光道の知り合いですか?」
どうも主に俺へと挨拶をしてきたように感じたので……人見知りな俺は、恐る恐るという具合に尋ねてみた。
「ピンポーンピンポン。ピンポンピンポンピンポン。その通りですー」
………………?
俺と進は怪訝な表情で顔を向かい合わせる。
……というか。光道は『白光神援教』を抜けたに関わらず、どうして現信者である彼女と交流を保てているのだろう? 東子によれば信者に声を掛けても、無視されるのではなかったか――。
「……って、うわっ!」
ビックリした!
いきなり。白井さんが俺の顔へと自分の顔を接近させてきたのだ。……それも息がかかる程近くまで。思わず俺はドキッとさせられる。
「あなた……アナタアナタアナタアナタアナタアナタ……キリシーロ」
「えっ! ええ……そうですけど」
「先輩は……お元気ですーか」
な、なんだこの少女は……。
「龍太は覚えてない? 一度……いや、二度、彼女に会っている」
はっ⁉ に、二度も……? こんなインパクト強い女生徒、そう簡単に忘れられるもんじゃないはずだが……。
「一度目は施設で龍太のこと追いかけていた。二度目は……家具売り場、ソファーを買った場所」
そこで。瞬間的にある映像が、俺の脳裏へ浮上してくる。
俺が光道の買い物に付き合って、ソファーを持ち上げてしまった時のことだ。
一人……俺の事をじっと凝視している、同じ学校の制服を着た女生徒がいたではないか‼
待て待て待て……ということはつまり……俺はすでに『白光神援教』信者に……目撃さられていたということか⁉
だが……だがだが……『白光神援教』はどうして俺に何らのアクションを仕向けてこない……?
……いや。必ず何か仕掛けてくると決まってたわけじゃない……か。そもそも、あの意味不明な団体の行動原理を理解すること自体、無駄なことかもしれないし。
……むにっ。
…………。
白井と名乗る少女が俺の左頬に人差し指をくっつけるや、ぐりぐりっと円を描く様にほっぺをいじり始めた。
「私。学校でキリシーロ先輩のことずっと見てたんですーよ。気づきませんでしたか?」
……残念ながら全く気付かなかった。あの施設の人間は〝忍者〟とか〝スパイ〟なんじゃなかろうか。気配を消す能力に長けすぎている。
「キリシーロ先輩は、光道先輩がいないと……ずっと一人なんですーね。私も同じですー」
………………うっ。
「京、龍太に今施設で何が起こっていて、誰がそれを指示しているか教えてあげて」
「あっ! わっかりましたあぁぁあ!」
ようやく俺の頬から人差し指を離してくれた……と思いきや。今度は両手で俺の両頬を摘まみ、ぐいぐい横に引っ張り出したのだ。
「キリシーロ先輩のほっぺ……すごく触り心地いいですー」
「あ、あにょっ! ひゃんひゃおれぇいいいほほあるんへは?」
すると。俺の意志がちゃんと伝わったのか、やっと白井さんは俺を解放してくれた。
「まずは施設で何をやってるかですーけど。引っ越しですー」
どうして彼女は「です」という言葉だけ、微妙に訛っている感じなのだろう……方言か?
「……引っ越し?」
「そうですーそうですー。ちょっと前から、施設の住人は他の施設に移動することとなったんですーよ。毎日何人かずつ移動していって……今日で最後。今日は私もお引越しでーすが、引っ越しの後も変わらずこの学校には登校します」
俺はこの情報に十分すぎるくらい面食らったのだが……それでも尚、若干の冷静さを保てていたのは、俺より数倍も衝撃を隠しきれていない人物が二人いたせいか。
言うまでもない――宇津白姉弟だ。東子は血相を変えて白井さんに詰め寄る。
「そ、それは本当なのかっ‼ ということは……今あの施設に行っても誰もいないのか⁉」
東子は荒い手つきで白井さんの華奢な肩を掴むや、青ざめた顔をグイッと間近まで迫らせた。
「………………」
しかし、白井さんは何も答えようとしない。〝無視〟である。
仮にも上級生に当たる東子の質問を無視するなんて……もし俺が白井さんの立場なら、とてもじゃないが恐れおおくて出来ない。そこまで俺の心臓は強くないのだ。
……てか。彼女は授業中先生に指名されたら、どう対応してるのだろう……。
「あの……白井さん? どうしたの?」
黙り込んでしまった白井さんを心配した俺は、そっと彼女に尋ねてみる。
「はい? なにがですー?」
東子は白井さんから離れると、お手上げといった具合に両手を宙に掲げ、首を左右に振ってみせた。もしかするとこれが〝信者に話しかけたら無視される〟という状況か。
「ああ、ええと……それじゃあ、今施設は誰もいないってことですか?」
「はいはいはーい。その通りですー……〝信者は〟ですーけど……」
どうやら、俺と光道には反応してくれるらしい。百歩譲って、光道は元・信者だったという経歴があるものの……俺なんて施設にケンカ売ったヤツだぞ。むしろ積極的に無視される存在な気がするのだが……。
「「信者は」……というと、他に誰かいるってことですか?」
「そうですーよ。それはもちろん……『長』……ですー」
………………。
……………………。
…………………………へ?




