第二十七話 心境
翌日――日曜日。
この日も気持ちのいい快晴が空で冴え渡っており……絶好のお出かけ日和と言えよう。
「ああ……」
しかし。そんな清々しい青空とは対照的に……俺の心は、曇り空のようにどんよりした憂鬱でいっぱいだった。
……いや、ある意味では幸運だったとも捉えられるか。
「これは……」
現在、俺は自宅の洗面所にて鏡に映る自分の姿を、細い目つきでじっとり眺めていた。
〝見間違いじゃないだろうか?〟……そんな一縷の望みをかけながら、改めて額にかかる前髪を手で上げてみる。
すると……やはり、くっきり見えるのだ。
〝白紗季のもの〟という油性のマジックペンで書かれた文字が。
「まだ消えないのか……」
もし今日が登校日だったら……最悪だった。
もちろん。昨日しっかりと風呂に入った俺は、とてもとても入念に全身洗った。
そのかいあって、肌に残るインクは随分薄くなったものだが……まだ、他人の眼からわかっちゃうくらいには残ってしいるのだ。
それでも……腕や足はまだいい。服を着ていればまず目撃されることはないし。けれども……最大の問題は顔面に書かれた文字だ。
〝白紗季の〟という文字は少し窮屈な感じに額へ記入され……一応ギリギリ前髪で隠しきれたり……きれなかったりする。
だが。その下にある〝もの〟という二字がいけない。俺の右頬と左頬に書きつけられてしまった。こればかりはどう頑張っても秘匿し切れず、本当にどうしようもないのだ。
……………………だが。
「まっ、いいか!」
よく考えるまでもなく、どうせ俺の家に来客など現れるはずないし……。ただ、俺が出かけなければ済むだけの――。
ピーンポーン。
……話……だ……。
…………。
いやなんでだよっ!
しょうがない……インターホン越しだけでどうにか対応し――いやいや待て待て……。
今だ。今こそ霧白龍太最大の奥義『居留守』を使うときじゃないだろうか‼
よし、そうと決まれば。石のようにじっと動かず、絶対音を立てないようにしよう。すまない訪問者。でも今日はどうしても都合が悪いんだ……。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン‼
…………。
ドンドンドンッ!
…………ひっ!
と、扉がめちゃめちゃ叩かれている……⁉ なんてせっかちな来訪者なんだ……。
それもまだ日が昇っている時間だぞ……強盗、ヤクザ、不良、酔っぱらい等が活発に活動する時間帯じゃない気が……。
ドンドンドンドンドンッ!
「おい、霧白! どうせいるんだろ! 俺だ! 宇津白進だっ!」
す、進……だと……?
見知った相手で安心したのもつかの間、俺は再び険しい表情を浮かべる。
前回の訪問を思い返してみろ。またやっかいなことに巻き込まれるんじゃなかろうか……? 嫌だな……出たくないなぁ……。
……まっ、出るんだけど。じゃないとこのまま扉を粉砕されかねない。
仕方がないので、気乗りしない足取りのもと玄関へ向かい……扉を開けてやった。
「はい」
「……おう」
すぐさま俺は、進の背中を確認する。
よしっ! 今日は何も背負っていない。私服姿の一般人そのものだ。
「…………なあ、今暇か? ちょっと話があるんだけど」
それはインターホンで聞け! いちいち扉を俺に開けさせるな! ……まあ。暇ではあるのだが……。
「……いいけど」
「というか霧白…………お前……どうしてほっぺ両手で押さえてんの?」
「趣味なんだよっ!」
「うわっ! 何キレてんだよ!」
その後。隠しきれるハズもなく玄関で進にひとしきり笑われた俺は……顔を真っ赤にしながらも、寛容なので家の中に通してやる。
「殺風景な部屋だな……」
コイツ……人の家に来て、早々文句言ってくるとは……。
進はリビングに着くや俺がいつも食事に使うテーブルの椅子を引き、腰かけた。
「なんか飲むか? 『白光ドリンク』もあるぞ」
「えっ? なんだその光ってそうな名前の飲み物? ……普通にお茶とかないのか?」
一言余計だろと思いながらも、しょうがないので麦茶を持っていってやる。……というか、『白光ドリンク』知らないのかコイツ。全く……時代遅れなヤツめ。
「ごく……ごく……ふぅ。うまいっ」
運ばれて来るや早速進は麦茶に口をつける。一応俺が入れた茶でも、おいしいならおいしいと素直に感想を述べるらしい。
「霧白……さっきも言ったが、今日は話があってきたんだよ」
進はすっと立ち上がるや……腕を組み、壁にもたれかかっている俺のすぐ前まで歩いて来た。
な、なんだ……。また何かやろうってのか?
だが、次に取った進の行動は……俺にとって全く予想外なものであった。
「その…………………………これまで口が悪かった。すまんっ!」
まさかこの後、雪でも降るんじゃなかろうか? なんと。俺へやたら因縁つけてきた進が素直に頭を下げ――――謝罪してきたのだ!
「お、おう……」
そして……腹立つヤツが急に素直になってしまうと……それはそれで、こちらも対応に困ってしまう。
しばらくすると、進はゆっくり面を上げていく。
「け、けど勘違いすんなよ! やっぱりお前が弱いって評価は変わんないんだかんな!」
結局罵るんかいっ! いや、まあ自分でも〝俺は強い〟だなんて思わないけど……。
実際。『白光神援教』幹部の方々から、さんざんボコボコにされたのである。そんな俺が、どうやったらそこまで自己主張激しくなれるというのか。
「けど…………やっぱり前の発言は撤回だ。お前は光道さんと一緒にいてやれ。もちろん『ト・モ・ダ・チ』としてだがな」
はあ……一体どんな心境の変化が彼にあったというのか?




