第二十六話 深刻な問題
「…………大丈夫。優しくするから……」
なになになに? なに〝優しく〟って⁉ 何のこと⁉
だ、ダメだ! この眼は…………本気も本気、超本気だっ‼
「そっ、それはだめにゃあああああああああぁぁぁっ‼」
焦りに焦った俺は、光道を床から掬い取るよう持ち上げるや、そのまま〝お姫様抱っこ〟した。
って、しまったああぁ‼ うっかり叫んでしまった! これでは近所への配慮があああああああああ!
すると。光道はしゅるりと自然な動作で俺の首後ろへ両手を回し、抱き着いてきた。
「龍太にはガムテープだけじゃなく、ビニール紐も結んでおくべきだった」
「いやいやそこ問題じゃないから! というか最初からガムテープなんて巻くなし!」
光道は、俺がガムテープ拘束から一瞬で脱出したことを悔しがっている。だが……どう考えても、今そのことを反省するタイミングではないと思う。
「でも龍太ガムテープちぎっちゃったし……ビニール紐もダメかも。手錠の方がよかった?」
どうやら俺の苦情は完全に流されたらしい。まあ、光道が自分に都合悪いことを流すのは、決して今回に限ったことじゃないが。……てか手錠って……どこで入手するつもりだ。
いつまでも光道を抱えている訳にいかないので、そっと地面へと降ろしてやる。
「それじゃあパンツを……」
「NOぉぉぉ! それ以上俺の下半身に手を伸ばすな光道!」
こ、光道め……油断ならぬヤツだ。積極的に俺の服を脱がそうとしてくる。
「それじゃあ…………はい、これ」
ふと、彼女は俺にマジックペンを手渡してきた…………マジックペン?
――――その瞬間!
「……ひっ!」
ちょっ、ちょちょちょっ‼
光道のやつ――何の躊躇いもなく、いきなり俺の眼前で上半身の服を脱衣しやがった。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ‼」
普段の俺から絶対に生じることのない高音域の悲鳴が、ほぼ反射的に口から飛び出した。凄まじい高速で光道から顔を背ける。
ってああああああしまった‼ またもや近所迷惑な叫びを上げてしまうとはっ!
いや、それよりも……。まっ……また光道の下着を見てしまった。胸も意外にあるし……なんと目に毒な光景か。
というか……やはり白なのか……。くっそ……忘れようと思えば思うほど、網膜に焼き付いた光景がより一層脳裏から離れてくれない。むしろ蛇のように絡みついてくる感じだ。
「龍太も私の体に好きなこと書いていいけど」
「⁉ けっ、結構だ!」
そんなことしたら、俺もただちに光道同じく変人の仲間入りだっ! もちろん、そんな事態は断固拒否である。というか、本当なんなんだこの混沌とした状況は!
「遠慮しなくていいわ」
「いやいやいやいやっ! これは遠慮とかじゃなくてだな……。ああ……どうしてこんなことをしたんだ?」
すると。光道はさも当然かの如く……まるで世間話するような気軽さで答えてみせた。
「龍太は私のものよ。宇津白さんのじゃない」
「は、はい? なんのこ……はっ‼ おっ、お前もしかして今日うううっひゃああああぁ!」
うっかり振り返ろうとしてしまい、慌てて再度光道から全力で視線を逸らす。
「服! 服! ひとまず服を着ろぉぉぉ!」
「龍太に言われたくないわ」
「誰のせいだと思ってるんだああああああああっ‼ ってしまった! また近所迷惑な大声を!」
だが、ひとまず俺も服を着なければ。いつまでもこんなターザンみたいな恰好をしていられない――。
という訳で。自室に向かうや手早く服を着こみ……リビングに戻る。そして俺の言うことをちゃんと聞き、素直に服を着なおしていた光道の姿を視界に収め、ほっと胸を撫で下ろす。
俺は点いていなかった電気のスイッチを押し、ようやく夜生活するに足りる灯りがリビングを照らし出した。
そのおかげで判明したが……俺がつい先ほどまで拘束されていた椅子は、光道と二人で買い物しに行った際彼女が購入した、一人掛けの椅子であった。
……わざわざ俺を拘束するためだけに運んできたのか。なんでそんなことに労力を費やしてしまったのだ……。
「で、改めて聞くけど……もしかして、俺が今日何をしたのか知ってるのか」
俺はハサミとかカッターが置いてある机の前の床にあぐらをかいて座り込む。
さて光道の反応はというと、小さく首肯し……口を開いた。
「龍太はあの女と……どういう関係なの? まるで恋人みたく見えた」
「…………はぁ」
疲労感漂う溜息が、自然と口をついて出た。何とな~く、光道が奇行に及んだ原因を理解してきたぞ……。
つまり光道は「このままでは俺と東子の会う時間が増え、自分への扱いが蔑ろにされるのでは?」……と、そう危惧したのだな。
まあ光道とは最近よく一緒にいたからな……〝東子と一緒に出かけてくる〟という感じで事前にしっかり告知しとけば、もしかすると誤解は生まれなかったかも……しれん。
「そう見えてたなら……ある意味今日の外出は成功だったかな。ああ、というのも――」
どういう経緯があって、本日東子と一緒にいたのか……大まかに俺は光道へ説明してみせた。
ただし――〝東子は以前から恋愛小説や少女漫画が好きで、どうしても実際に一度体験してみたい願望があった〟と、若干内容に修正は加えたが……。東子が恋愛小説を書いていることは秘匿する約束だ。
最後まで静かに聞き終えた光道は、座っていた一人掛けの椅子からゆらりと立ちあがった。
「じゃあ、龍太と宇津白さんは恋人じゃないのね」
「そういうことになるな」
すると。光道は俺に体が密着するくらいすぐ隣にまですたすたやって来るや……静かに床へと座り込む。そして……首を横へ傾け、俺の肩にぽすんと頭を預けてきた。
光道のさらさらした黒髪が俺の首筋にふんわり広がると共に、仄かな温もりが伝わってきた。加えて、彼女から香る安心感を与えるような良い匂いが、俺の鼻孔を優しくすり抜けていく。
「………………それならいいわ」
どうやら、これで光道の問題はひとまず解決した……らしい。よかったよかった。
しかし。
この時の俺は――ある深刻な問題を抱えていたことに、すっかり失念していたのであった……。




