第二十四話 不気味な音
その後。二人はショッピングモールを巡っていた時みたく、常人には理解することが難しい高度な会話を時々繰り広げつつ……おおむね、まるで初々しいカップルみたいにイチャイチャしながら、街をうろうろ歩き回っていた。
また、度々光道さんが電柱に額を激突させたり、何もない道で転んだり、またもや壁を破壊する勢いで殴りつけたり……と、彼女の身が案じられことが起きていた。
そんな中、俺は光道さんに霧白のことを色々質問してみたのだが……何を尋ねようと最終的に〝霧白はいいやつだ〟という話に落ち着き……ついぞ、光道さんが霧白に対して悪い印象を抱いているという決定的証拠を得ることは出来なかった。
それはつまり…………残念ながら光道さんは、霧白のことを嫌々相手していたのではない、ということを意味する。
「一度龍太と話してみればいい。心を開いて話せば、龍太もきっと心を開いて答えてくれる。そして、もし本当に仲良くなれたらたなら……龍太はあなたを助けてもくれるわ」
「…………そうですか」
心を開く……か。だが今更……霧白にそんなこと出来るというのか?
正直、今日という日で俺の中の霧白に対する評価は、多少変化したと言わざるをえない。ほんのちょっと……ごま粒程度にだが……まあ見直したかもしれん。
そして、そのように胸中で思った途端〝今まで少し言い過ぎたかもしれん〟……という反省の気持ちが、ふつふつと湧いてきた。
それにしても。まさかこんなところで〝俺という男は案外単純なヤツだった〟……なんて、自己を見つめ直させられるとは……。
そんなこんなで、気づけば夕暮れ時が近づく頃合いとなっていた。
姉さんと霧白は電車に乗り込むと、「そろそろ帰るのだろうか……」という俺の予想に反し家とは違う方角へ向かっていく。
電車に揺られた時間は短く、ほんの数分たらずで降りることとなる。それからしばらく歩いていくと……やがて俺の視界一面に、広大な大海原が出現してきた。
ちょうど夕日が沈みかける時間帯だったこともあり、海の水面がより一層、美しく幻想的なものとして俺の瞳に映り込んでくる。
さて前方の二人はというと、砂浜にまでたどり着いていた。すると、姉さんはおもむろに鞄から一冊のノートを取り出し……その内容を、二人肩並べて覗き込み出した。
「何をやってるんでしょうね?」
しかし。光道さんは俺の疑問に応じることなく、無言で二人の様子を眺め続けている。
視線を前の二人に戻すと……何やら姉さんはノートを真剣な面持ちで睨み付けながら、霧白に色々な指示を飛ばすかの如く人差し指をぶんぶん振り回したり、と思ったら急にへんなポーズを取ったり、そんな中、時々顔を赤らめたり……と、色々珍妙なことを行っていた。
全く……本当に何をやっているんだか……。
「…………帰るわ」
「えっ⁉ あぁ……わかりました‼ 帰りましょう」
話の切り出しが唐突で少し動揺したが……どうやら光道さん的には、本日の目的は達成さられたらしい。ならば……それに伴い、俺の役目も終了だ。
俺は人生で一、二を争う、この貴重で幸運で幸せで恵まれた一日のことを、生涯決して忘れることないだろう……。
最後に水平線へと沈みゆく夕日をちらりと眺め――――俺は身を翻した。
○
「…………疲れた」
ちなみにこの〝疲れた〟というのは肉体的にではなく〝精神的に〟という意味だ。
空はすっかり暗くなっており、数多くの電灯が道を煌々と照らしている。
どうやら東子は、今日のデートで一応満足してくれたらしく……解散する時、何度も感謝されてしまった。
というか、光道以外でこれほどまで同学年と会話したのは間違いなく初めてである。そのような側面からも、本日は大変良い経験が得られたと言えよう。
「今日は家買ったら、まず『白光ドリンク』を飲んで……やっぱ早めに寝るかな」
〝もうすぐ我が家だ!〟そう思うだけで、なぜだか暗い夜道を歩く足取りも幾分軽くなるような気がしてくるから不思議だ。
そうして自宅前に到着。ズボンのポケットから家の鍵を取り出し開錠、ガチャリと扉を開いて中に入っていく。
続いて、靴を脱ぎ玄関に上がる。もはや勝手知ったる家であり、いちいち玄関の電気をつけてから靴を脱ぐという、手間になることはしなくて――――。
‼
突如。電気を点灯させていない為、ただでさえ暗かった視界が……さらに際立ってその暗さを増し、もはや一筋の光すら存在しない完全な暗闇と化した。
ガサッ、ゴソッ、という謎の音が俺の鼓膜を揺らす。
「んんん⁉」
な、何だ……これ? 紙袋だろうか?
そう……突然俺の頭部が〝何か〟によって、すっぽり覆われてしまったのである。
その直後。俺は何者かに腕を掴まれるや、強引にどこかへ引っ張られていく。
…………うん? この感触って……光道か?
光道なら俺の家にいても不思議はないし……何より、アイツなら俺に気配を全く悟られぬよう潜伏することなど、いとも容易くやってのけるだろう。
なにせ彼女は、相手に気配を悟られないよう立ち回ることが得意なのだ。これっぽっちすら存在を感じ取れなかった理由も頷ける。
そのまま連行されていく俺は、どこかの椅子に座らされた。
〝どこかの椅子〟というのは、我が家にはこれほど座り心地が良く、加えてひじ掛けが付いている椅子など存在していた記憶がなく……従って、このような曖昧な表現にならざるをえないのだ。
びっ…………びっ……。
……えっ、な、何この音……。




