第二十二話 向上心
最初に降りる駅へと到着。ちなみに、この駅で下車することは切符を買う前に東子と路線図を眺めながら相談し、あらかじめ決めていたのであった。
さて。降りたはいいが……こういう時、どこに向かえば正解なんだ?
やはり……女性は洋服を売っている店の方が興味あるのだろうか? それとも花屋か? いや、東子は読書好きらしいから本屋というのも選択肢の一つに加えるべきか。
「ふっふっふっ……どうやら、迷っているようだな霧白君」
やたらと誇らしげに胸を大きく張りながら、東子は俺に不敵な笑みを浮かべくる。
「そういう時は……あそこだっ!」
東子が勢いよく指差し示したのは、大型ショッピングモールであった。
「あそこなら色んな店がたくさんあるだろう? つまり! まだ相手の事を深く理解していなくとも、ある程度臨機応変に対応が出来るというわけだ!」
おおっ…………なるほど。
ショッピングモールなら、つい最近光道と二人で行ったが……確かに、大きな店内に複数の店が存在しており、そのスケールの大きさに圧倒された記憶がある。
だが、それを〝デートをする〟という視点から改めて考えると……なるほど、随分有用な施設に思えてくる。
「素晴らしい着眼点だ! しっかり研究しているだけはある!」
俺は思わず感心させられてしまい、手放しに東子への賛辞を送る。
「えっ! そ、そうかな…………うへへっ……って、わ、私を褒めたって、な、な、何も出ないんだぞ‼ わかっているのかっ! ……でも、べ、別に……今日は……て、てててて手を繋いでもいいんだぞ~」
…………えっ!
そ、それはちょっと……ハードル高いって…………ん? なんかこの感じ、ちょっと前にも似たような覚えのある気が…………まあ、いいか。
しかし……本当にハードル高い行為だ。
というか、ここで「はいわかりました」とすんなり女子の手を握れる、屈強な精神の持ち主であるなら……今頃とっくに友達の一人や二人、いとも容易く作れているはずだ。
「ほ、ほら……行くぞ!」
「うひゃっ!」
思わず変な悲鳴を漏らしてしまう。肌きめ細やかくすべすべとした東子の手によって、何とも男らしくがっしり俺の手を握られてしまったからだ。
だが、その勇ましい行動に反し……彼女の顔は火を噴く様に赤かった……。
そ、そうか! これはきっと……多少の気恥ずかしさなら我慢する価値があるくらい、小説に使える可能性がある良い〝経験〟が得られると判断したのだな!
ならば俺も、精一杯付き合わなくては……。改めて意気込みつつ、俺は東子の手を恐る恐る握り返した。
○
「電車に乗るみたいですね……どこに行く気でしょうか?」
現在、電車の切符を購入している姉さんと霧白から、少し離れた地点で監視していた。
しばらくすると改札を通過していったので、その後をひっそり追っていく。
ちなみに俺と光道さんは切符を買うことなく…………所持しているICカードをタッチして通った。
俺達は二人が乗り込んだ車両の一つ隣へ乗車する。車内は空いていたが……座ることなく、隣の車両の様子が確認できる位置を探し、なるべく身を隠すように並んで立った。
二人は何か話していたが、さすがにその声まではこちらに届いてこない。
だが……どうも姉さんは楽し気な様子でいる。普段、学校であまり男子と雑談している姉さんの姿を目にしたことはなく……中々珍しい光景――。
‼
突然、俺の頭がグイっと後方へ引っ張られてしまう。
光道さんだ。美しい輝きを放つしなやか細腕が、俺の襟首を掴んでいたのだ。
「そこからだと、視線に気づかれるわ」
「?」
どういうことだろうか? 確かに、姉さんは気配を察する力に長けているとは思うが……。
しかし、すぐに光道さんの意見が正しいことを理解する。
確認のため数瞬、視線を二人の方へ走らせると……姉さんが俺達のいる方向をじっと注視しているではないか!
「す、すごいですねっ! どうして気づかれるとわかったんです?」
「………………何となく」
もう……流石だ。さすがさすがさすが!
恥ずかしながら……とにかく〝さすが〟の一言でしか表現できない自分が情けない。
……くっ、俺にもっと豊富な語彙力があれば……こんなもどかしい思いをせずとも済んだろうに……。ううううなんとも悔やまれる! もっと国語の勉強を意欲的に取り組まねば。
しばらく電車に揺れていたところ、二人はふらっと電車から下車した。俺達は慎重にその背後へとつく。
そのまま、多くの人で賑わう駅構内を進んでいき……外に出た。それから少しばかし歩いたところで、ふと前方の二人は立ち止まる。
「どうしたんでしょうね……」
しかし。光道さんは何か言う代わりに、小首を傾げてみせた。
可愛いな、ああ可愛いな、可愛いな……おっと、無意識にも五七五の俳句を創造してしまったか。それもこれも、光道さんがマジ可愛いから仕方がない。
「うぉっ! マジか……」
なんと姉さん。霧白の腕を掴むや、強引に自分の手を握らせたのだ。しかも……まるでカップルかよ! とばかりに指と指を絡ませるという、恋人みたいなスタイルで。
ね、姉さん……まさか……! 霧白のこと……。い、いや、そんなことあるわけ…………しかし、今のはどう捉えても姉さんから手を伸ばしていたし。
ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ――。
「こっ、光道さんっ‼ 何やってんすかっ!」
荒々しい音がしたと思いきや、まるで全ての感情という感情が失われたかのような信じられない無表情で――――近くの壁をゴッ、ゴッ、と何度も……何度も何度も何度も執拗に……殴りつけているでないか!
それも、結構本気で拳を叩きつけているっ‼
そのせいで、光道さんの美白な手がみるみる赤くなってしまう。
い、一体どれほど力を込めて殴りつけているんだ……。 よく見れば周囲の人達が、まるで「関わったらいけない」とばかり、彼女を避けるよう遠巻きに歩いているじゃないか。
「どうか、どうかお気を静めて‼ これ以上は手をケガしてしまいますよぉ!」
「…………壁の材質が気になった」
「かっ、壁の材質⁉」
――――――そうか! それならしょうがないな。
光道さんの〝身を持って世間のモノへ理解を深めていこう〟という姿勢……。
いやぁ全く……なんて向上心の塊なんだ光道さんは! 上昇志向が極めて高い彼女には、見習ねばならぬ箇所があまりに多すぎるぜ。




