第二十一話 プラン
「こほん……それで、まず何をやるかだが……先に目標を伝えておく。最後は〝浜辺〟にたどり着きたいのだ。それも夕焼け空が拝める時間帯な」
ああ……確かそんな感じの描写が東子のノートに書かれていたのを見たような……はっきり覚えている訳でもないが。
「それでだ、霧白君。そこまでのルートは君に決めて欲しいんだ。というのも、私が現在考えている設定では、主に男性の側がリードすることになっていてな。で、そこでなんだが……」
東子はノートを広げパラパラと軽快に捲っていき……あるページで手の動きを止めた。そして隣に座る俺にも見えるように、ノートを俺の方へスライドしてくれる。
「ここに定番そうなデート候補地を幾つか記しておいた。この中から、夕方の海辺に向かうまでの途中、どこへ立ち寄るかいくつか場所を選んでくれ。私は、君の意見に黙って従うことにしよう」
つまり、海へと進行しつつも……夕方はまだ何時間か先だから、直行しても時間を持て余すので、それまでの時間つぶし候補地を探して欲しい……ということだな。
東子はそこで何か思いついたのか、いったんノートを自分のもとへ引き寄せるや、手提げ鞄に入っていた筆箱を取り出し、消しゴムで消したりシャーペンで何かを記したりして……再び俺の眼前へ差し出してくる。
さてと……ええ……なになに。
宇津白東子のドキドキデートプラン!
最終目標・夕方の海辺に行くこと。
○デート候補地案。
水族館、動物園、映画館、ボーリング、ゲームセンター、ショッピング、食事、公園、自宅(今回は目標達成を目指すため却下)、名所巡り、散歩、イベント(調べた限りでは、本日めぼしいイベントなし)、遊園地、喫茶店(すでに行った)。
…………ド……ドキドキ……って……。項目も何だか多いし……。
いや……でも、一からあれこれ悩むわけでもないようだし、まだマシかもしれないか。
……うん?
何か熱い視線を感じるな……と思いちらりと横目に窺うと、東子がまるで少年のように、やたらと両目をきらきら輝かせながら俺のことをじっと見つめているではないか。自慢の刀を俺に紹介する時も、似たようにキラキラさせていたっけ。
と、というか……微妙にやりずらいんだが……。
謎のプレッシャーを雨のように体に浴びながら、俺はノートに視線を戻す。
うーむ。
まず、ボーリングは却下だ。極力、体を動かす必要のないものにしなくてはならない。そして、その点から考慮するのであれば……公園もやめておいた方が無難だな。
あと……映画館、水族館、ゲームセンター、遊園地も却下とする。……というのも、正直なところ現在あまり資金が潤沢な状況下でないのだ。
言い訳ではないが……両親の仕送りで暮らしている身としてはどうにもならない問題。今回は俺に選択権があるとのことなので……申し訳ないが見送らせてもらう。ケチかもしれんが、少しでも節約したいのが本音である……。
というわけで、残ったものはショッピング、散歩、食事、名所巡りだが…………まあ、名所巡りはやめておいた方がよいな。ぶっちゃけどこに何があるか、大して詳しいわけでもないし。
「よしっ、決めた」
「おお! そうかそうか。それで……どうなった?」
「ええと。ここから砂浜のある海……って、どれくらいの時間で行けるかわかるか?」
「調べてある。電車をいくつか乗り継いで、だいたい二時間もあれば着くんじゃないかな」
二時間か……それだけ電車に乗る時間があれば……多分大丈夫だろう。
頭の中で一応の計画がまとまった俺は、その内容を東子に告げる。
「今日はショッピング、それと散歩、食事をやろうと思う。具体的には、電車で海に向かいつつ、きっと途中で何回か大きな駅を通過することになると思うから、そういうところで二、三回降りて色々駅の周辺を巡ってみよう。ついでに、昼頃になったら降りた土地のどこかで昼食を取る……という感じなんだけど……どうかな?」
すると東子は、何回か両目を瞬かせてから……うんうんと何度も力強く頷いた。
「こういうの……こういうのだ……。前々から、こういう展開をいつか私は経験したいと思っていた……。もちろん答えは〝OK〟さ。君のプランに任せると言ったしな。さあさあ、行こう霧白君!」
ということで、俺達は早速電車に乗り込んだ。時間帯がよかったのか車内はガラガラに空いており、手近な座席へと二人並んで腰かける。
ちなみに。切符はすんなりと購入できたし、改札も危うげなく通過できた。さすがに俺も引っ越してから多少のことは学べているらしいことを実感する。
「ところで……ずっと気になってたんだけど、東子はスマートフォンをどうして使わないんだ? ほら……学校じゃみんな使ってるし」
「ああ、それは私が持っていないからだよ」
〝持ってない‼〟
持ってない……持ってない……持ってない……。その甘美な響きが俺の心の中で何度も何度も反響する。
まさか仲間がいたとは…………東子への親近感が一気に湧き出る俺であった。
それからしばらく、電車に揺られながら学校のことだったり日常生活のことだったりと、たわいもない話に興じていた。
特に、水泳についての話題が上がった時など、俺は素直に感心してしまった。
彼女の部屋でたくさんの賞状を目撃してはいたものの……やはり彼女は水泳が好きらしい。今まで参加した大会では必ず上位に食い込んだそうな。
またその関係か息を止めるのも得意らしく……今までに、長くて五分は止めていたことがあるらしい。
しかも、プールで計測をしたという彼女は〝まだまだ続けられそうだった〟とのことだが……近くにいた進に「これ以上はやめとけ」と制止をかけられたとのこと。全くすごい話である。
その時だ。
突然、会話をしていた東子が俺から顔を背けたかと思いきや……ばっ、と勢いよく右方向へ首を向けてみせたのである。
「……どうした?」
「………………いや、すまない。なんでもなかったようだ。なんとなく、誰かの視線を感じた気がしたんだが……勘違いだったらしい」
おいおい……だから勘弁してくれって。〝誰かに見られている気がするにも関わらず、そこには誰もいない〟……なんて状況、俺は絶対にお断りなんだから……。
「だ、大丈夫か霧白君! 顔色が少し悪いようだが」
「……平気……平気だ……」
「電車に酔ったのだろうか……心配だ……」
俺の不調そうな様子を、東子は乗り物酔いをしたと判断したらしく……優しく背中をさすってくれた。体調自体に一切問題なかったのだが……なんとなく、幾分か心に安らぎを得られたように感じる。
「ありがとう……」
素直なお礼の言葉が、自然と俺の口からついて出た。
「ば、ばかっ! そ、そんな可愛い顔したって、だ、ダメ……ダメだぞ……ダメなんだからなっ! 今回はあくまで研究のためなんだからなっ! わかったな‼ なっ‼」
……どうしてか東子は激しく狼狽しながら、猛烈に胸の前で両手をぶんぶん振り出したではないか。というか、一体〝ダメ〟とは何のことを指しての発言なのだろうか……。
それと、どうでもいいことかもしれないが……彼女は興奮状態になると「バカ」という言葉が口癖になるらしい。




