第十九話 協力
「別にいいですよ」
そういうことならお安い御用だ。今日一日、共に行動するくらいなんてことはない。
それに…………改めて、初心を思い返すことができたしな。
それは宇津白さんも発した単語である〝経験〟だ。
今の学校への転校前、俺は都会の地で多くの経験を重ねることにより、人間として大きく成長することを決意していた。
小説作成に取り組んだことがない俺としては、彼女に軽々しくあれこれ発言するなどおこがましい限りであるが……それでも、宇津白さんの言う〝経験〟というのがいかに重要であるかということは、何となく察することが出来ると思う。
ならば、それを理解している俺だからこそ。こういう時、彼女に協力すべきであろうさ。
「………………へっ?」
まるで俺の言葉を上手く呑み込めないとばかり、ぽかーん呆気に取られた様子の宇津白さんだったが……徐々に瞳が、丸く、大きく見開かれていく。
「ええええええええぇっ! ほ、本当か!」
そのまま、まるでついさっきの自分を見るかの如く、非常によく似たリアクションで驚愕してみせた宇津白さん。
…………あっ。
その時。先程、驚愕の声を上げた際に気づけなかったのだが……周囲の客の視線が、俺と宇津白さん目がけひしひし突き刺さってきていたことをようやく自覚した。
………………少し、大声を上げすぎたか。
「ああ……ありがとうっ!」
「んむっ⁉」
何といきなり……興奮のあまりか、宇津白さんが俺の頭をあっという間に胸元まで引き寄せるや、そのまま強く抱きしめてきたではないか!
さらに彼女は、自分の頬を俺の頭頂部辺りにくっつけるや、何度も何度もすりすりしてくる!
「んんんんんんんっ!」
前々から思っていたが……なんていい匂いを発しているんだこの人は! それに……光道と同じく、外見からはわかりにくいものの……………………意外と胸が大きいっ! それに……柔らかい――。
――――――違うっ‼ 違う違う違うぅぅぅ!
なにを悠長に、感触を楽しんでいるんだ俺!
と、とととととにかく! とにかくまずは、強靭な意思の力で理性を保ちつつ……自身の両手を、意味もなく空中でおろおろさせるのをやめさせなければ。そして、速やかに脱出を図るのだ!
そんな風に、どうにか俺が決意を固めた瞬間……彼女は、ようやく俺の頭を解放してくれた。
そのまま、疲れたようにため息つく俺を、凛々しい眼つきで眺め始めたかと思いきや……突然「うっへっへっへ……」となんとまあ嬉しそうに、にへら~と笑い出し、一瞬で整った相貌を崩壊させてしまった。
「本当にありがとうな、霧白君」
俺は熱くなった体を覚ますよう、一度軽く深呼吸をしてから答えた。
「……い、いえ。ところで一つ質問なんですけど……今まで彼氏……とか、作ろうとは思わなかったんですか?」
正直、どうしてだろうと思う。誰かと恋人関係になり、それで実際にデートすれば、そもそも今回のような面倒なことをせずとも済んだだろうに……個人の自由ではあるけど。
「な、ななななっ何をぅ‼ 突然ハレンチなこと言い出すのだ! バカぁっ!」
…………えぇ……。
やはり、宇津白さんの恥ずかしがるポイントはイマイチ掴めそうにない……。
――――というか。この謎の恥ずかしがる気持ちこそ、宇津白さんが小説を書くことが出来ない理由の一端を担っているのではないだろうか……。なんかそんな気がしてきた。
「よ~し、それじゃあ出発だ! なんかやる気出てきたぞぉ!」
店内で人目をもろともしせず、高らかに拳を天井に突き上げ、わかりやすくやる気を示してみせる宇津白さんであった。
○
「あっ! なんか喫茶店に入っていきましたよ!」
俺――宇津白進は、全国展開されている喫茶店へ、自分の姉と霧白が一緒に入店していく背中をびしりと指さす。
「……そうね」
しかも…………何たる僥倖か。女神……じゃない、光道さんが俺の隣にいる。いや、女神と言ってもなんら間違いはないが……。
なぜ現在、神に何度感謝しても足りないくらい、ものすごい幸運な状況に自分が身を置いているかというと……それは、光道さんの提案あってのことだ。
昨日の放課後、光道さんは本日の予定が空いているかどうか……俺に確認してきた。
もちろん俺は、光より早く〝空いている〟と答えてみせた訳である。
いや、仮に多少の用事があったところで……大抵の事は無視してでも、光道さんの方を優先していたがな。
だがしかし。具体的なことに話が移った時……俺はわずかながらに首を傾げざるをえなかった。
それは、肝心の内容が〝姉さんと霧白の後をこっそり追跡したいから一緒に来てくれ〟という不可解なものであったからだ。
一体何のため? まあそもそも。所詮、俺程度の脳みその持ち主が、海よりも深い考えを持っている光道さんの思考を読み解こうなどと……片腹痛いことであるがな。
けれど。それでも一応、俺は光道さんに伝えてみせた。「よかったら姉さんに話を通して、同行していいか確認しましょうか?」……と。
しかし、その提案は断られてしまった。光道さん曰く〝今回はむしろバレないことが重要〟となるらしい。
ならば――俺は彼女の意思に従うのみだ。何より、光道さんと休日二人でお出かけ……という、何物にも代えがたい、貴重な経験を不意にするほどマヌケなことはない。
それにしても…………姉さんは、一体どういうつもりなんだろうか?




