第十八話 理由
まあ、俺が宇津白さんの向かい側に戻ればいいだけのことだ。俺は椅子から立ち上がろうと――。
「待ってくれっ!」
宇津白さんのしなやか腕に、服の裾を掴まれてしまった。
「近くに……いてくれ。その方が、小声で話せていい……」
だが……そう言い放った途端。かああっ、と瞬く間に顔中を真っ赤に染めていく宇津白さん。
「いっ……いや、ちが……違うぞ! 勘違いするな! 普段からお、男の人に……近くにいてくれ……なんて、い、いいい、言ってないんだからなっ!」
…………は、はあ。
どうも宇津白さんが照れる理由をイマイチ把握できないな……。
「だ、大丈夫ですよ。これっぽっちも疑ってませんから……」
「そうか……す、すまない……取り乱したようだ」
宇津白さんは湯気の立ち上るティーカップを手に取るや……ずずっと口に含んでみせる。
「ぶっ‼ くぅぅぅっ…………あっつぅぅぅ‼」
そして吐き出した‼
そりゃそうだろ! あんないかにも熱そうに湯気を立たせていたカップへ、なんら遠慮なく口をつけたのだから……。
「ふぅ、ふぅ……うううぅ……。よし、で、では……話そう……」
ついに観念したのか。まるで何事もなかったよう、カップをテーブルに戻し決意を固めた様子の彼女は、自分の膝上に置いていた白い手提げカバンから一冊の……どうも見覚えのある気がするノートを取り出した。
「霧白君……君は……この中身を目にしてしまったな……」
や、やはり! やはりあのノートか!
途端、俺は怯えながらも戦闘に備えるよう両腕を構え、ゆっくり隣にいる宇津白さんへ視線を運んでいく。
ほっ……よかった。刀に手を伸ばしていはいない。今回はご乱心じゃない様子……。
「今日……君を呼んだのは他でもない……。そのわ、わた………私と…………で、で、でででででっ……デートぉ……して……欲しいような……気が……」
最初は口調に気勢があったというのに……話すにつれ、風船から空気が抜けていくかのようにみるみる声が萎んでいく。最後にいたっては、文字通り〝蚊の鳴くような声〟となってしまった。
しかし……縮みゆく声とは対照的に、頬はこれまでの宇津白さん史上、最大級に赤く塗り上げられていく。水を入れたヤカンを頭上に設置したら、すぐにでも沸騰しそうだ。
そのまま、宇津白さんはぷるぷると体を小刻みに震わせながら、前髪で目元を隠しすっかり俯いて黙り込んでしまう。
「…………………………」
でーと? デート?
そう言えば…………かつて聞いたことがあるな。
恋人と一緒に買い物したり、遊んだり、食事をしたりと楽しみつつ、お互いの親交を深め合う……それが〝デート〟の名称で呼ばれる行為である…………と。
…………………………。
…………………………。
「えええええええええええええええええっ‼」
「こっ、こらぁ! 声がお、お、おお大きいぞ霧白きゅん!」
宇津白さんはあまりの動揺のせいか言葉を噛んだが……俺だって動揺しており、一々気にしている程の精神的余裕はない。
それでも……指摘通り、声の音量を下げながら話を続ける。
「そ、それって……つまり、う、宇津白さん……は、お、おお俺のことが……その……す、すすす――」
「ばばばバカぁ! ち、違う! 早とちりするな! 小説の参考にしたいだけだ!」
「しょっ……小説⁉ 小説……小説……」
……んんん?
おかしい…………なんだか混乱してきたぞ……。
ええと俺は……何か勘違いをしていた……ってことか?
「ああ……い、一日でいいんだ……」
その後、彼女は依然顔を赤くした状態のまま、ぽつぽつと解説を始めてみせた。
どうやら、長々とした宇津白さんの弁によると……彼女は、中学一年生くらいから恋愛を題材とした小説を書くことが趣味になったらしい。きっかけは、知り合いが貸してくれた漫画の影響。
そして。現在ある話の作成に取り組んでおり、最後の〝オチ〟となる部分はすでに考えられているらしいが……どうしても、そのオチに行きつくまでのストーリ展開が、全くというくらいに湧いてこないのだそうだ。
俺にはよくわからない世界だが……どうやら小説というのは、最後の結末が思いついたとしても、すんなりと全て書けるようなものじゃないらしい。
ちなみに。今回以外、これまで十数個話を書いてみた経験があるらしいのだが……毎回、この〝ラストまでの展開が思いつかない問題〟に行き当たってしまい、ついぞ一作品でも完結させられたことはないとのこと。
宇津白さんは当初、毎度毎度何故こうなってしまうのか、著しく疑問だったそうである。
というのも、図書館から頻繁に本を借りたり、友達からマンガを借りたり……と、けして研究を疎かにしているわけではなかったからだ。
――――だが。そんな苦悩の日々が続く中、宇津白さんは次第に自分の何が悪いのか……思い当たるものが浮かんできたらしい。
で、それが何かであるかというと………………〝経験〟。
自分が一度も経験したことがないからこそ、イメージが浮かばないのではないのか? という結論に到達したのだ。
まあもしかすると、別にそんなことはなく……単に自分の想像力の欠如が原因なだけかもしれないが……いかんせん、とにかく経験したことがないので、わからないそうである。
だが〝じゃあやってみよう〟……と直ちに実践へ移せるくらいに話は単純でなく…………ここから宇津白さんは、まるで言い訳でもするかのよう、途端に早口で色々と述べ始めたのだが――――要約すると〝恥ずかしいので誰にも喋れなかった〟らしい。
そんな折……愚かな俺が……ノートの内容を目にしてしまったわけである。
しかしその後、真摯にも自分との約束を頑なに守り、誰にもこの秘密を口外しなかった俺の姿勢に〝痛く感動した〟という、偉く誇張された評価を彼女は抱くようになり…………俺のことは信頼できると判断。
それで今回、こうして思い切ってお願いをすることにした……と。以上、これが事の顛末である。
「別にいいですよ」




