第十四話 約束
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昼休み。
教室でパンを食べていた俺と光道のもとに、一人の生徒が現れた。
「霧白…………君。今いいかな?」
そう、若干控えめな口調で話しかけてきたのは……一人の女生徒。
俺なんかとは全然違う。戸惑う様子などまるで見せず、堂々と他クラス内部に入ってきた彼女は……そのまま俺の背後につくと、肩に軽く手を乗せてきた。
彼女の姿を追う様に、首を後方へ振り向ける。するとそこには、昨日会った時と寸分変わらぬ、とても凛々しい大和撫子然とした宇津白さんが立っていたのであった。
「はあ……いいですけど……」
すると宇津白さんは、そっと俺の耳元に口を寄せてきた。何かの花のような甘くて良い匂いが仄かに漂い、そっと俺の鼻孔をくすぐる。
「すまんがちょっと話しにくいことでな……廊下に来てもらえないか?」
またもや話しにくいことなのか。…………今度はなんだろう?
「光道、少し待っててくれ。二人で話してくる」
「…………そう」
光道は俺と宇津白さん、交互に視線を配ってから……ぽつりと返答してみせた。
どうやら、今回は八組前の廊下にまでは行かないらしい。一組前の廊下で彼女は立ち止まってみせると……俺へ体を向けた。
それから……きょろきょろ忙しく首を動かし、周囲に人影がないことをやたら熱心に確認してから、改めて俺の顔に目を合わせ……かと思いきや再び周囲を確認し……また目を合わせ……という怪しげな挙動を、数回反復をしてみせる宇津白さん。
「あ、明日……なんだが……」
なぜだろう。少しばかし、緊張しているような雰囲気が宇津白さんから醸し出されている。
両の頬もにわかに赤く染まっており、彼女の肌が白いこともあってか、際立つように目立っていた。
とにかく。これまでの堂々とした彼女からは中々お目にかかれない……ある意味、珍しい姿と言えるであろう。
「わっ! わ、わた、わた……わたわたわた私と一緒に出かけにゃいかっ‼」
………………。
……………………は?
全く事態が読み込めていない怪訝な表情をした俺を、彼女はどう捉えたのか……一層、トマトみたいに頬を赤くし、口をあわあわと波立たさせながら、胸の前で両手を激しく――それはそれは激しく、ぶんぶん振り始めた。
「いや……ちっ、違うぞっ! 違う違う違うっ‼ 誤解しないで欲しいんだ霧白君! 断じて! 普段から私は男の人を平然と誘うような、軽薄な女性ではないんだ! ほんとだよぉ!」
さらには、別に何の質問もしていないというのに、どうしてか勝手に何かを弁明し出したのである。
――というか。昨日も俺は誘われた気がするんだが……。どうしてこれほどまでに態度が異なるのだろうか?
ま、まあ……一旦それは置いといて。ひとまず今は、眼前にいる宇津白さんを落ち着かせなくては。このままじゃエネルギーが続く限り、一生手を振っていそうな勢いだ。
「あの……落ち着いてください! 疑ってませんよ! 出かけるのも構いませんから!」
ピタッ‼ と体の全動作を停止させた宇津白さん。それからしばらくするや……みるみる華やかな笑顔を浮かべていきながら、俺の両肩を〝がしりっ〟と強力に掴まれた。
「ほ、本当かぁ! よっ、よかったぁぁ……男の人を誘うなんて初めで……はあぁ……断られなくてよかったぁぁ……」
世間広しと言えど、ここまでわかりやすくホッとするような人も、中々いないだろう……。
「それで……何時にどこ集合です?」
「その点については何時間も考えてきたんだ! 明日、駅前に十時集合でどうだろうか?」
明日は土曜日、我が学校は休みだ。つまり、時間は問題ないとして………………それにしても、駅か……。
俺にとって〝駅〟という場所は、その存在自体にあまりいい思い出がないのである。天敵、とでもいうか……まあ、いいけれど。俺も少しずつ慣れていかないとな。
「わかりました。いいですよ」
「ええええええぇっ! ほ、ほほっ、本当かっ⁉ 嘘でしたぁ! ……とかナシだからなあ‼ もし言ったら私は吐きながら気絶するぞ!」
なっ‼ なんかすっごい喜んでる‼ そして……心配なのか微妙に疑い深い。
「本当ですから! だ、だから落ち着いて!」
た、たたた頼むから…………肩をぐわんぐわん揺らすのをやめてくれえええぇぇ!
‼
「っ……うにゃあっ!」
――その突如。
興奮のあまりバランスを崩したのか、宇津白さんが俺に向かって倒れ込んできた!
咄嗟に、宇津白さんの体を抱きかかえるように受け止めるも……光道とはまた異なるような、それもって妙に柔らかい女子の感触がまじまじと伝わってきて、思わず心拍数が跳ね上がる。同時に、再び宇津白さんから発せられている、やたらといい匂いも鼻で感じられた。
「す、すまない……ほっとしたら……力が抜けて…………」
どれほど緊張していたというのだ彼女は。これほど、人と会話するのに緊張していては……………………って、それは完全に自分へのブーメランか。
「そうだぁ! 前回は言い忘れていたが……今回は〝ひ・と・り〟で来るのだぞ!」
なんだか、やたら一人で来ることを強調してきたな……。
「そ、それじゃあ約束だからな! 嘘ついたら刀飲ますからなっ!」と、まるでシャレにならないようなことを言い残すや……甚だしくご機嫌そうにポニーテールを左右に揺らしながら、まるで周囲一面が花畑でもあるかのように、るんるん気分なスキップで去っていった。
「………………っ」
……おっと、思わず身構えていたようだ。どうも〝スキップ〟という動作を視界に捉えると、わずかに構えてしまう。悪い癖だ……。




