第五話 転倒
「連絡先、交換する?」
結局なんだか事態を飲み込めず混乱した俺だったものの……光道さんの返事を了承することにした。自宅じゃなくてどこで暮らしているのか、単純に興味もあったしな。
「それは……なに?」
俺に連絡先の交換を提案しつつ、慣れた手つきで光道さんがブレザーのポケットから取り出したのは…………さて、なんだろうか?
「スマートフォン」
な、なに……なになに。何それ?
……い、いや待てよ落ち着くんだ。この小さな板……クラスのみんながよく手に持ってるやつじゃないか? それどころか、学校に限らず街行く人々が手にする姿も見たことある。
みんなが持っている…………つまり、これは日常的に必要性の高いものである……はず。
あっ! そうか……わかったぞ。
閃きが瞬時に俺の脳裏を駆け抜ける感覚。これは……!
「この板…………食べれるのか?」
間違いない。俺の知らない都会で流行っている新感覚の食べ物に違いない。
俺はそう確信しながら、光道さんの握る白い板を力強く指さす。
「……」
光道さんは無言でスマートフォンなるものを元のポケットに収納した。
「それじゃあ、今日の放課後」
――――えっ! その板は……。
その時、なんというタイミングか、授業のチャイムが鳴り響くと同時に次の授業を担当する先生が教室内に入って来た。光道さんはそれに伴い体を黒板の側へと向いてしまった。
こうして答えはうやむや。真相は闇の中である。
…………後でもう一回聞こう。
「案内するから」
全ての授業が終わって教室の人間が外へはけていく中、まるで彫像のように微動だにせず着席している光道さんに戸惑いを隠せない俺だったのだが……完全に人の姿がなくなったところでようやく一言、彼女は口を開いた。
「お、おお……わかった」
俺がこんなこと思うのはヘンだろうかもしれないが……光道さんって、もしかするとちょっと変わってる?
それともこれが普通なのかな……都会では。
多くの人と会話を交えたわけでもないのでなんとも言えないが……どこか周囲の人とは何かが違う。そんな感じだ。
丁寧な――優雅さを醸し出すような所作で立ち上がった光道さんは、有言実行とばかりに俺を先導するよう廊下へ一歩踏み出し――――――。
びったぁーん。
転んだ。
何も躓くもののない廊下で。すごく痛そうな――顔面から万歳するみたいな恰好で、光道さんが転倒した。
「あっ」
転んだ拍子にするりと、何のイタズラか学校指定のチェック柄のスカートが捲れ、まるでお尻を突き出すかのような姿勢のもと、高級感を感じるような純白のパンツが惜しげもなく丸見えになっていた。
光道さんの雪のように白く綺麗な肌のような純白のパンツ…………パンツ? …………パンツ!
「うおおおおおおおっ!」
眼前に展開された白いものの正体を認識した瞬間、即座に急加速した俺は倒れ込んだ光道さんの脇の下あたりを抱きかかえるみたく掴み上げ……勢いよく起き上がらせた。
や、柔らかかった……。やたらといい香りもするし。
初めて触る同い年の女子の温もり、触り心地に著しく動揺しつつ、俺は慌てて光道さんから飛び去るように離れる。
「ありがとう」
「う、うん……」
あれ、焦っての俺だけ? なんか恥ずかしぃ……。
当の光道さんは、転倒時に付着したのだろう服の汚れを冷静に払っている。
ところで疑問なのだが……一体全体どんなずっこけ方をすれば、あんな見事にスカートが捲れるのだろうか……目前で繰り広げられた光景だというのに……ううむ、謎だ。
「けっ……ケガ……は?」
「平気。慣れてるから」
「慣れて…………えっ?」
な、慣れてる? これまでどれほどの回数、彼女は〝転ぶ〟という経験を積んできたのか。
「行こう」
せめて、辺りに誰もいなかったことだけが救いか……って、まさか自分が転ぶかもしれないことを予期して、教室から人がいなくなるのを待っていたんじゃ……?
自分の学生カバンを廊下から拾い上げ、まるで何事もなかったみたく平然と進んでいく光道さん。そんな彼女の華奢な背中をしばし廊下に立ち尽くし眺める俺であった。
……ひやひやとした面持ちで……だが。




