第十三話 挑戦
進と一悶着あった次の日。
朝、いつも通りの時間に起床した俺は、これまたいつも通りランニングをし、『白光ドリンク』を飲み、シャワーを浴び、朝食を食べ、学校の支度をし……そして、光道家の前にいた。
扉を目前とした瞬間、進の「光道さんに近づくな」というセリフが脳裏をよぎったが……構いやしない、普段よりわずかに力む人差し指で、そっとインターホンを押した。
すると。ガチャンと扉が開き……どころどころ髪に寝癖のついた光道が、白い寝間着姿で現れた。瞳はまだとろんとしており、まさに今起床したばかりであることを窺わせる。
「おふぁよう」
まだ呂律が上手く回っていない。完全覚醒にはまだもうしばらくの時間が必要か。
ふらっ、ふらっ……と、おぼつか無い足取りで洗面所を目指していた光道だったが……そのまま、いきなり顔面から廊下へと倒れ込んでいく!
「おっと……」
もう光道が転びそうになるのも慣れたものだ……さっと光道に腕を伸ばして掴み、危なげなく転倒を阻止してやる。
…………こんなことに慣れたくなかった。
「ありがとう」
そうして、まるで何事もなかったかのように洗面所に歩いていく光道の背中を眺め……ふと思った。――こうやって俺が何かと手を貸してやるのがダメなのでは? と。
まあ今のはしょうがないとして……例えば学校生活。もし何かあった際は、俺などではなく、クラスの女子に助けてもらった方がいいんじゃないか? そうした方が、自然と女子達の仲間になりやすいのではないだろうかと……。
俺は、たいした考えがまとまっていなかったものの……眠そうな目で食パンをかじっている光道へ、さりげない感じを装いつつ話しかけてみた。
「なあ光道、たまにはクラスの女子と話してみたらどうだ?」
ぴたっ――と、光道の食事の手が止まった。
……………………。
それから俺に取っては毎度おなじみ、わずかに謎の間を生み出す。
「……どうして?」
「ほ……ほら。昔のお前ならともかく、今なら普通に話せるじゃん。学校生活を充実するためには、知り合い作った方がいいと思うぞ。何しろ……この俺が言うんだから間違いない」
そう。俺は全力で後悔しているのだ。転校初日にああすればよかった、こうすればよかった……と。
それがどれ程深い後悔であるかというと…………時を戻せるなら戻したいくらいである。
「私は別に、今のままでいいわ」
「い、いや、だけどなあ……」
「何かあったの? 何か気にしているみたい」
!
つつっ……と背筋に冷汗が垂れる。
な、何か……気にしている…………だと?
べっ、べべべべべ別にそんなことは……。
――――その瞬間。
昨夜、進に吐かれた「お前が光道さんを縛っている」というセリフが、脳内において音声付きで再生された。
バ、バカな……‼ 俺がアイツのくだらない言葉など、深く気にしている訳がない!
……ま、まあ確かに。一理ある……かもなぁ、くらいには思ったが……所詮その程度のはず。
「べっ……ベツニナニモナイヨ!」
………………………………。
「こ、これは……ちが……ホントニナンデモナイヨッ!」
………………………………。
「…………」
光道の顔面は、石膏像のようにピクリとも身じろぎしない……全くの無表情。確かに、いつも通りな表情である彼女……の、はずなのだが……。俺を見つめる眼差しが、なんだか凍り付いてしまいそうなくらい冷ややかなものに感じられるのはなぜだろう……なぜだろう。
「龍太……何か私に隠している?」
「いやいやいやいや、だからナニモナイッテ!」
ダメだ……必死になればなるほど嘘っぽくなる……。
「龍太は………………嘘をつくのが得意とは言えない」
その一言で、俺は咄嗟に光道から顔を逸らす。
「だから……本当に何も気にしてないって……」
そう、俺は一切……全く……これっぽっち。進の妄言など、気に留めていないっ‼
「ほら、早くメシ食って行こうぜ」
「………………」
その後しばらく、光道のやたらと絡みついてくる半眼の視線が、俺目がけ遠慮容赦なく注がれ続け……その間、俺は嫌な汗を大量にかきまくった。
さて学校に登校して、今は現代文の授業中。
面白いんだか面白くないのだか……そんな微妙な授業を行う先生の教えを、机に頬杖突きながら適当に聞き流しつつ……俺はぼんやり考えていた。
光道に何やら偉そうなことを言ったものの……そもそも、肝心な俺自身が現状に甘んじていては、説得力もなにもないだろう。
まずは俺が率先して友達を作り……光道の手本となる存在へ昇華すべきではないか?
もし本当に、光道が多くの友達を作って、学園生活を充実させることを俺が望むのであれば……説得力を増すためにも、まずは俺自身が〝手本〟として行動する必要があるだろう……。
それに…………。なにより、自分のためにもなるしな。何かこういうような〝きっかけ〟さえあれば……俺だって、口下手ながらに頑張れるような気がする。……たぶん。
――――こうして。
俺は、無謀な挑戦へと身を投じる決意を固めたのであった。
……そして、授業が終わった休み時間。
早速、俺はクラスの男子へ積極的に話しかけるべく……取りあえず俺の席位置から二つ隣の席にいる、二人の大人しそうな感じの男子に、それとなく近づいてく。一人は椅子に座っていて、もう一人は立った状態で会話を繰り広げていた。
ちらちらと横目で何度も確認しながら、さりげな~く二人の背後に回り込んだ俺は……滑らかに会話へ参加できるきっかけを掴むべく、そっと聞き耳を立てる。
「いやー〝アルスレイム〟強すぎでしょ!」
「俺〝石〟溜めてるんだよな……うわあぁ……どうしよう〝アルスレイム〟か……一回だけ引いてみようかな……」
「いいんじゃね。今出現確立アップしてるし」
「まあそうなんだけどさぁ……アップったて一パーセントくらだろ……? うっわ……悩むぅ……」
…………オ、オムライス?
………………。
他の……人にしよう……うん……。
ひとまず戦略的撤退。眼前の男子二人は諦め、別の男子三人組がいる教室前方へと移動していき…………先程同様、俺は耳をそばだてた。
「そうそう、翔太が見たんだってぇ! 駅の前で中田と三原一緒に歩いてんの」
「えっ、うっそ! アイツら付き合ってんの?」
「いやわかんねぇけど……でも一緒にいたんだってよ」
「でも翔太前、市原と付き合ってなかったっけ?」
「お前知らねーのかよ! もうとっくにわかれてるって!」
………………。
俺は数秒間瞑目した後、静かに自分の席へと戻り……座席にゆっくり腰かけた。
「龍太……どうして白目むいているの?」
「……気に……するな……」
もうなんか……彼らは完全に住む世界が違うのだなぁ……と、そうしみじみ思う俺であった。恐らく、今後一生彼らと話を合わせられることはないだろう……。




