第十話 宇津白家(4)
さすがにこれはうっかりすぎるだろっ!
「み、見てしまったのか……」
‼
背筋が縮み上がるくらい驚いた。
いつの間にか宇津白さんが、俺の背後に存在していたのだ!
くそっ! 焦ったせいで集中力が散漫になったか……。
しかもその手に握られているのは…………日本刀⁉
宇津白さんはぷるぷる……と静かに体を小刻みに震わせながら、一切無言のままに日本刀を鞘から抜き放つ。
「すっ、すまないが…………き、ききききみをこりょさなくちゃなりゃないいいいい! 死んでくれえええええっ‼」
「ひいいいいっ!」
きっ、斬りかかられたぁ⁉
まるで〝赤信号〟かというくらい頬を紅潮させ、さらには、すごいうるうるとした涙目になった宇津白さんが――――鈍い光がギラつく刀身を、俺目がけて振るってきやがった!
「どっ、どうしてよけりゅんりゃああああああぁぁぁ!」
「きっ、斬らないでええええええええぇぇぇ!」
お互い絶叫しあいながら、部屋の中をグルグルと回転するように、ひたすら動きまくる。
「だれにも……誰にも言いませんからああ!」
「嘘りゃあぁっ! 学校中に触れ回るつもりだあああああ!」
「触れ回る友達なんていませんよおぉぉっ!」
だっ……ダメだ! 全く話に耳を傾けようとしてくれない。
こ、こうなってしまったからにはしょうがない。最終手段だ。
宇津白さんはでたらめに日本刀を振り回している。だが、その分隙も多かったので…………俺は、彼女の胴体に飛びかかった。
二人そろって畳の床へと倒れ込む。そのまま俺は彼女の腹上に馬乗りになるや、尚も台風のように暴れ狂う両腕を、無理やり床へと押さえつける。
「お、おお大人しくするんだぁ!」
「はっ、放してくれえええ! 頼む! 斬らせてくれえええええええぇぇ!」
――その時。
部屋の扉が開いた。
「姉さん何かあった………………の……か……」
呆然とした様子で室内の様子を眺める進。
そしてその背後に……ぴくりとも表情筋を動かそうとしない…………光道の姿が。
「ちょ、ちょうどいい! 助けてくれ」
ナイスタイミングだ。弟ならば、この狂った姉を鎮められるかもしれない。
「てっ、てめえ何やってやがる!」
だが進の口から発せられたのは、予想外にも俺を責めるようなセリフであった。
「何のことだ!」
「どう見てもお前が姉さんを襲ってるじゃないか!」
…………えっ?
予想外の一言。ふと冷静になった俺は、ゆっくり現状を観察してみた。
もがき暴れる同い年の女子高生。そして、その上で馬乗りになり、強引に両腕を掴みかかっている俺。さらには激しく動いたせいで、それとなく乱れてしまっている宇津白さんと俺の制服…………。
た、確かにぃ! そのような捉え方もあるかもし――。
「いや違う! 誤解だぁ!」
その後、宇津白さんが落ち着きを取り戻し、俺に非がないことを二人に説明しれくるまで…………もうしばらく時間を要したのであった……。
「…………」
「…………」
正気になった宇津白さんは「大丈夫だからもうしばらく二人きりにしてくれ」と進に告げた。よって現在、再び俺と宇津白さんの二人だけが部屋にいる状態。
しかも…………お互い正座して向かい合っている。
………………。
「「すまなかった!」」
!
そろそろと、地面にこすり付けていた頭をあげていくと…………ちょうど宇津白さんも、俺と同じように面を上げていた。
俺達は示し合わせたわけでもないのに、奇跡的なタイミングでそれぞれ相手へ土下座していたのである。
「ふっふっふっ……なら、これでお互いチャラにしようか」
「……わかった」
…………〝ノートの中身を目撃してしまった〟ことと〝日本刀で斬りかかられたこと〟は、果たして本当につり合いが取れているのか、若干疑問だが……もうどうでもいいや。
「それでは気を取り直して……これが、君に家を訪れてもらった理由というわけだ。この刀を見せるために」
すごいな……まさか、日本刀なんて代物、所持しているとは……。
歴史を感じさせる日本家屋の雰囲気と相まってか……何だか、宇津白さんがとても武士っぽく思えてくる。その……現代の武士……みたいな? まあ、とにかく武人ってこと。
「実は、あのお札が貼ってある部屋……あそこにこれが置いてあるんだ。……それで霧白君、この刀を見て…………何か思うことはあるか?」
そうだな。改めて見ると…………うん?
……待て。これって……本当に日本刀か? いや、確かに反りはついているし、柄とか鞘とかもそれっぽい形状になっている…………いる……の、だが。
なぜか、どうも違和感を覚えるというか。日本刀ってこんなだったっけ? ……みたいな。
とは言っても。そもそも第一として、俺は日本刀というものを直接間近で目撃したことがない。
なので……はっきり〝この刀は何かおかしい!“と、指摘するのは憚られる。いやむしろ、俺の認識が誤っている可能性の方が高いかもしれん。
――――というわけで。取りあえず、無難な返答をするに留まった。
「……カッコいい……かな」
「っ‼ そうかそうかっ! 私も同じことを思うぞ! しかも、けして錆びず、けして刃こぼれしない素晴らしいものなのだ‼ ちなみにこの刀、『白抗流』誕生とだいたい同時期……つまり千年くらい前に生まれたんだぞ。すごいだろ! 我が家の家宝! 我が家の誇り!」
こんなにも少年のように、瞳をきらっきらに輝かせながら語る女子、初めて見た……。
「むっ、その顔は信じてないな? いやいやこれが本当なんだ! 私自身、正直あまり詳しくはないんだが……どうやら、特殊な金属が材料になっていて……それが理由らしい。もちろん切れ味も抜群だぞ、試した私が言うのだから間違いなしっ!」
なっ、なんか……聞いてもいないことまで勝手に説明されてしまった。
「日本刀……好きなのか?」
「ふむ、確かに嫌いではないが……だからといって別にマニアってわけでもない。私が好きなのは刀全般ではなく……あくまで〝我が家にあるこの刀〟ということさ」
その後も、とても嬉しそうにしばらくの間、あれこれ刀について語る宇津白さんであった。
だけど…………それ以前に、どうして刀の紹介をしたのだろうか? 『誇り』ってことだし……見せびらかしたかったのか?
宇津白さんは、語りたい事の全てを伝えきったらしく、光道と進の元に俺達は戻ることとなった。
最初の部屋に到着すると、そこでは相変わらず、光道と進による謎の会話が繰り広げられており……俺と宇津白さんが加わったことにより、ようやくまともな会話運びが展開されていったように思われる。
宇津白さんは、自身が光道とまともに話せていることを激しく驚いていた。これまでは無視されていたとのことだし……ある意味、当然といえば当然か。
もしかすると、光道に「施設へ連れて行ってくれ」なんて、改めて頼もうとする…………かもしれないな。
その後しばらく、学校についての話題を交わし……俺と光道は、宇津白家を立ち去ることになる。
「今日は来てくれてありがとう、二人とも」
宇津白さんは光道との会話に成功したからか、大変満足気なご様子。
だが一方、宇津白さんの隣に立つ進はというと……宇津白さんの部屋での一幕が原因か、俺を睨み付ける視線が、より一層鋭く強いものとなっているように感じる。
しかし…………俺から光道へと視線を移動させた途端、炎天下に晒されたアイスクリームばりに顔面をとろけさせながら、ニヤニヤするので……いまいち凄みに欠けている。
それにしても……どうも何かが引っかかるというか……。こう……何かが足りない、みたいな…………うーむ、気のせいかな。そんな考えが頭をちらつく。
そうして――俺と光道は、宇津白家を後にするのであった。
「なんでアイツなんか…………」
風に乗って運ばれてきた……微かな声を背中に受けながら……。




