第九話 宇津白家(3)
その後もしばらく、宇津白さんから協力を懇願され続け、非常に罪悪感を覚えながらも断りを入れていたところ……ようやく彼女も諦めてくれたらしく「ま、まあ頼みも急だったしな……しばらく考えてくれて構わないよ……」と全く余裕がなさそうな表情で言われた。
「そもそも。どうして宇津白さんは、直接光道へ頼みにいかない?」
「もちろん過去に話しかけたさ! だが……私がいくら話しかけようと、完全に無視されてしまってな……。取りつく島もないとはまさにあのような場面を指すのだろう」
そうだったのか…………俺が最初に話しかけた時はそんなことなかったのに。……機嫌、悪かったとか?
「なあ霧白君。いきなりで申し訳ないんだが……ちょっと光道さんと進の様子を見てきてくれ
ないかな? 中に入らずとも、隙間から少し覗いてくれればよい」
ふっと、宇津白さんの緩んでいた雰囲気が引き締まる。
「はあ……」
本当に唐突な頼みだな……。まあ、よくわからないが「見てこい」というなら、そのようにしよう…
…。
「すまんな……私は少しやることがあるんだ」
俺は部屋を出ると、時々、ギッ、ギッ、と床が軋む音を耳にしながら、長い長い廊下を進んで
いく。
まあ〝長い〟……とはいっても、ほぼ一本道のようなものなので、特にこれといって迷う要素はなかったりするのだが……。
そうして目的地にたどり着いた俺は、宇津白さんの指示通り〝ちょっと〟覗いてみるべく、襖の戸をゆっくり横へスライドしていき、わずかな隙間を生み出すと……そこから、そおっと中の様子を確認してみる。
隙間の先には、机を挟んで座る進と光道の姿があった。どちらも正座しているのだが……進の緊張具合がとにかく尋常でないことが、傍目にも窺えた。
「あ、あの……光道さん……しゅ、趣味は……」
「料理」
「あ、りょ、料理……。俺も、よく……やります……」
………………。
…………。
えっ⁉ それで会話終わり!
それからしばしの間、場の空気が沈黙に包まれたのだが……ややすると、再び進から。
「あ、あの……光道さん……す、好きな……色は……」
「白」
「あ、し、白……。俺も……白、好きです……」
………………。
…………。
なっ、なんじゃこりゃ……? 彼らは一体、俺の眼前で何を繰り広げているのだろう……。
俺は…………そっと襖を閉じた。
さて、無事任務を完了した俺が、宇津白さんの部屋へと戻っている時だ。ある地点に到達するや、自然と俺の足運びが止まった。
やはり…………すごいな。感想は、その一言に尽きるだろう。
無数のお札によって、一ミリの空白なく埋め尽くされている襖。
明らかに、この一室だけ異彩を放っている。
…………では。
ある人が家屋にお札を貼り付けるとしたら……それは、どういった状況が想定されるだろうか。
そんなもの決まっている。
幽霊、祟り、呪い……何か良くないものを封じるために使用するのだ。
……この家……建ったのは相当昔だろうしな…………。正直言って、怪奇現象の一つや二つ発生しても、なんら不思議はないだろうくらいの貫禄がある。
「…………まっ、いいや」
俺は気を取り直すと、改めて、宇津白さんの部屋へ向かうのを再開。
もしかすると説得力がないかもしれないが……一応俺は〝入るな 〟と言われた部屋には、やむにやまれぬ事情でもない限り、けして立ち入ろうとはしない人間である。
例えそれが、どんなに好奇心そそられる部屋であっても……。
…………ん?
そうして、宇津白さんの部屋の前までたどり着いたのだが……どうしてか、宇津白さんが扉の近くで両腕を組み、静かに立っているではないか。いつの間にいたのやら。
俺が近寄っていくと……大きく一回、満足そうに頷いてみせた。
「うん、合格だ。すまんな……つまらんことをして。だが一応、宇津白家に代々続くしきたりでな。非常に重要な用事を誰かに頼む時、一度その人間を我が家に招いた上で自由にさせて、あの札が張り付いた部屋に入るか入らないかを確かめるのだ。で、もし入ったら、その者とは〝縁を切ること“になっている」
…………。
……それはつまり、〝来訪者の自制心を試験する部屋〟という解釈でよいのだろうか。
言いつけを守らず、何があるのかこっそり見てしまおうというヤツは信頼できない……というような。
というか……またもや、どこかで聞いたような話だ……。
「進には秘密だが……実のところ、私としてはこんなことで何かわかるとも思えんのだ。……まあ、今はそんなこといいか。中に戻っていてくれ。大丈夫、もう試すようなことはないよ」
どうやら、何だか知らない内に俺は試されていたらしいが……ひとまず〝合格〟であるなら別にいいとするか。
「取ってくるものがある」と宇津白さんはどこかへ去ってしまったので、現在、宇津白さんの部屋には、ぽつんと俺一人が残されてしまう。
そして、一人きりにされたせいか……急にこの部屋が、同学年の女子の部屋であることを意識し出してしまった。それも、学年で人気ある女子の部屋だ。
?
ちょうど、俺の目線の高さくらいに位置する壁部分に、一枚の写真が留められていることに気づく。
特にやることもない俺なので、何気なく写真を確かめてみたのだが…………白い箱?
恐らくこの家の庭で撮影されたと思われる、〝長方形の白い箱〟のようなものが、二つ並べられている――という内容の写真であった。
近くに比較対象となるものが映り込んでいないので、正確なことはわからないが……たぶん、箱はだいぶ大きいものだろう。
よくわからん写真だ……。
やはり落ち着かない俺は、写真から眼を離せ、さらに周囲にきょろきょろ視線を這わせていたところ…………学習机として使っているのだろう、部屋の隅に置いてある机の上に、一冊の開きっぱなしになっているノートがあることを発見した。
ノートの周りには消しゴムのカスが散乱しており、頻繁に消しゴムが使用されたのだろうことを窺わせる。
まだ宇津白さんは帰ってくる気配がないので……なんとなーく、そのノートに何が書かれているのか、内容を眺めてみた。
ここ……夕焼けが見えるステキな砂浜。
彼……私の好きな場所、ちゃんと覚えていてくれたのね!
「宇津白……いいや、東子! 俺は君が好きだ!」
どきん。
やだ……ばれちゃう。嬉しいって気持ち……コイツに気づかれちゃう!
「そ、その……私も好き!」
私は照れ隠し――
凄まじい高速で、俺は視線を明後日の方向に逸らす。
――そして。
俺――霧白龍太は一瞬で悟った。
しまった……これは読んではいけないやつだ……と。
そういえば宇津白さんは俺に言っていたっけ……「誰かを私の部屋に呼ぶのは人生初」であることを。
だが…………。
さすがにこれはうっかりすぎるだろっ!
「み、見てしまったのか……」
‼




