第七話 宇津白家(1)
案内されたのは、他の部屋と打って変わり……一気に生活感が溢れているような室内になっていた。
また、最初に案内された部屋よりやや狭い面積となっており……もし暮らすとしたら、これぐらいの方が居心地いいなと思う、なんとも小市民な俺である。
「ここは私の部屋なんだよ」
ああ、なるほど……通りで生活感を覚えるわけだ。
だが……そう説明されると、途端に女子の暮らしている空間に思えてくる。いや、実際女子高生の部屋であるのだが……。
入ってすぐ、俺の眼に飛び込んできたのは、部屋上方に飾られている数多くの表彰状たちであった。
どれも水泳の大会で得たものらしく、加えて、どの表彰状にも『一位』という順位が刻まれていた。どうやら宇津白さんは水泳が得意らしい。
「ふっ……あまり女子らしい部屋ではないかな……」
なんだか微妙に、自虐的に語る彼女に対し、「そんなことない!」と…………即座に切り返すことが俺には出来なかった。
なぜなら、俺のイメージする女子の部屋とは少し異なっており……何というか……〝質素〟なのだ。質実剛健というイメージ。
だが、それはけして〝おかしい〟ということを意味するのではない。
いやむしろ、真面目ではきはき、快活に喋る宇津白さんの性格がしっかり現れている……生活する者の誠実さがよく伝わってくる部屋であると言えよう……。
「す、すごい良い部屋だと思います!」
これは断じて嘘偽りのない事実だ。俺は室内の状態に、何らの違和感も抱いてないことを懸命に伝えてみせるべく、若干前のめりになりつつ力強く返答してみせる。
一瞬、宇津白さんは虚をつかれたかのように凛々しい瞳をまあるくしたと思うと…………にへらぁ~、とビックリするくらい顔を緩ませた。
「あっ……え、そ、そうかな……へっ、へへっ……」
そ、そんなに嬉しかったのだろうか……? まあ、自分の部屋を褒められて嫌な気分になるという人はあまりいないと思うが……。
「じ、実は部屋に誰か訪れるのは人生初でちょっと緊張していて…………ってもう、バカっ! 私に何を言わせるのだぁ~!」
ばっ……バカ……? というか……そんな弛みきった様子で怒られても……。
「あっ……しまった! こんな話するため君を呼んだのではないのだ!」
こほんこほんと、執拗に咳払いを繰り返しながら、恥ずかしそうにほんのり顔を赤らめる宇津白さん。
「光道さんを待たせても悪いし、早速本題に移ろう。ああっ! そんなとこ立っていないで、さあさ好きなとこに座ってくれ」
「えっ! わ、わかりました」
俺は慌てて、ぱっと目についた赤い座布団に腰かける。
「…………ちょっと気になったんだが……」
な、なんだ? もしかして、俺の座り方が何か礼儀作法に欠けていて……それが気に食わなかったのだろうか。
「別に、私にはそんなかしこまって話さなくていいんだぞ。同じ学校、ましてや同じ学年の生徒じゃないか」
ビッシャアアアン‼
超・強烈な落雷が、俺の頭上に突如として降りかかってきた! ――そんな映像が脳内で再生された。
今の気持ちを言葉に表すなら…………まさに〝痛いところを突かれてしまった〟だ……。
「いや、その、ええっと……は、はい……じゃない……わ、わかった……です」
ど、どうしたんだ俺⁉ 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け何をそんなに緊張しているんだ。全く持って彼女の言う通りではないか。
俺自身、内心この口調のままでは「他人とますます壁を作ってしまいそうだなぁ……」と思っていたところ。むしろこれをきっかけにしてやるぐらいの気持ちで……新しい自分へ生まれ変わるんだ!
「どうしたのだ! そんなに顔を青ざめて……もしや気分が良くないのか?」
「だ、大丈夫……で……大丈夫……」
くっそ……会話って……こんなに難しいことだったのか。それも外国語じゃない、同じ日本語を扱うもの同士であるにも関わらず。
「そうか……もし体調がすぐれないのなら早く言うんだぞ」
一方、俺の心中を知る由もない宇津白さんは、心配気な眼差しを俺へと注いでくるのであった。
「では説明しよう! ……と、いきたいところだが……その前に霧白君。学校ではああ言っていたが、『白光神援教』を知らないというのは嘘だろう? いや隠さなくていいんだ、君があの施設へと何日か前に出入りしていたのを目撃している」
げっ‼ バレていたのか……。
つまり…………俺のしょうもない茶番演技は、文字通り〝茶番〟であった……という結末を迎えてしまったわけだ。
もはや秘する理由は消滅したので、素直に首を縦に振る。
「うむ、これで心置きなく話に入れるというものだ。ではまず名前の由来だが、そもそも『白抗流』とは読んで字の如く〝白〟に〝抗う〟ための武術。実はこの〝白〟とは『白光神援教』を指すのであって――」
……!
「えっ⁉ あ、ちょっと」
「どうした?」
「『白光流』って、白に抗うじゃなくて〝白〟に〝光る〟と書くんじゃないのか?」
俺の師である『先生』からはそのように教えられたし、道場にも『白光流』という文字が書かれているのを何度も何度も眼にして過ごしてきたのだ。したがって、自分の記憶違いであるということは、まずありえないだろう。
「考えられるとしたら……時代の流れと共に名前が変化したのだろうな。だが、もとは同じ流派であることは確かだろう、漢字もほぼ同じだし、読みに至っては完全に一致している。それに何より……私がいうのもアレだが……『白抗流』は結構マイナーだからな……。ここまで似ている名前はまずないと断言できる」
――〝時代の流れ〟というのは、俺も聞いたことがある。
例えば『白光ドリンク』だ。
昔から『白光流』継承者達が伝統的に飲んできたというあの飲み物も、歴史が進むにつれ色々と名前に変化があり……今に至るらしいと『先生』は口にした。
ならば、武術名そのものですら時代の流れと共に名称を変化させつつ受け継がれてきたとしても……けして、不思議ということはないだろう。
「でも……もしかしたらそっちの『白抗流』の方が、変化後の名前って可能性もあるんじゃないか?」
「それはないと思うよ。こっちには『白抗流』日本支部があるし、創設当時からある多くの資料にも、こっちの名前が記されているのを私は見た」
日本支部⁉ そんなの初耳だ……。
…………………………。
……それに比べて『白光流』ときたら…………『支部』とかいう以前に、そもそも俺以外に弟子が存在していないという悲しい現状。
「そっ、そんな悲しそうな顔をしないでくれっ! 確かに私は『白抗流』という名に大きな誇りを抱いているが……それは君も同じなのだろう? ならば、それぞれが信じる名前をこれからも信じ続ければいい! どっちにしろ『はっこうりゅう』であることに変わりはないのだから」
それはそうだが…………うん……そうだな……。




