第四話 さらなる出会い
「私も君と同じ志を持つ……『はっこうりゅう』を扱うものさ!」
なにっ⁉ 『白光流』を?
俺の眼前で不敵な笑みを浮かべる宇津白さん。
その笑顔は素直で……人を引き付けるような魅力が溢れていて……そして、けして嘘をついているようなものであると、俺には感じられなかった。
……まあそもそも、こんな嘘をついたところで、彼女の得になりそうなことなど何一つ想像つかないがな。
………………。
……だが……やはりわからん。
彼女がそう言うからには、きっと彼女も『白光流』を習っている者なのだろう。
しかし……それがどう『白光神援教』と結びつくのだろうか。
『白光神援教』――これこそ、俺と光道が追われている……のかどうかよくわからない組織の正式名称。色々余計なことをしてしまったので、もしかすると今も気づかれないように遠くから監視されている可能性も……ゼロとは断言できない。
「あ、あの……よくわからないのですが……その、なんちゃら教とやらと『白光流』、一体どんな関係があるんですか?」
「な、なんだとっ!」
宇津白さんは目をカッと大きく見開くや、すかさず俺の両肩に手を乗せつつ、思い切り俺の顔へぐいっと自分の顔を近づけてきた。
何を興奮しているかしらないけど……ち、近い……! 彼女の息遣いが聞こえてきそうなくらいの距離だ。
「我々の宿敵ではないか! 頼む! 本当に君だけが頼りなのだ!」
宿敵⁉ そんなの初耳だ……。
――いや、確かに俺と彼らに関しての間で限れば、ある意味〝宿敵〟という関係と呼べなくもないかもしれない。
けれども、やはり『白光流』がどう絡むのかいまいちピンとこない。
「すみません……宿敵……って、意味がよく……」
「わっ、わからん……と、いうのか……?」
こくりと、申し訳ないように小さく首肯する。
すると、狼狽の色を顔いっぱいに浮かべながら、よろめくように数歩後ずさる宇津白さん。しかしすぐに気を取り直してみせるや、興奮したように再び俺へと詰め寄ってくる。
「なぜだぁ⁉ それは冗談じゃなく本気で言っているのか霧白君!」
「は、はあ……すみません……」
その時だ。
突如、俺の背後から男の声が投げかけられる。
「もうやめとけよ姉さん。やっぱりそいつ使えないよ」
いきなり俺のことをバカにしながら、一人の男子生徒がこちらへ歩み寄ってきた。
「進……。だが、お前もわかっているだろう? 彼の力が必要だ」
身長は俺と同じくらい……いや、少し高いか。
黒髪の短髪で、おそらくこれまで多くの女子人気を勝ち得てきたと思われる、非常に整った目鼻立ちをした面構えの……つまり、イケメンだ。
ごりごりとした筋肉質な体型ではないが、これまで十分に肉体を鍛えてきたのであろうことを予測させる、見事な体つきをしている。
鋭い眼光でギロリと俺を睨み付けるや、そのまま俺の脇を通り過ぎていき、宇津白さんをなだめるように彼女の右肩に手を置いてみせた。
「いいや……やっぱり必要ないね。というか俺はコイツのことが気に食わない。そもそもさっきからなんだ! 姉さんが話しているっていうのに目玉をきょろきょろさせて、一度も合わせようとしない!」
そ、そそそそれは俺が人見知りだから……って、いやこれは理由にならんか。
……というか、例え俺がどれほど丁寧にその理由を説明したところで……おそらく、このいかにもコミュニケーション能力に長けていそうな人達には、一生わかってくれないだろうな……。
「落ち着け進。私は別に気にしていない。それに、これは私達で話し合って決めたことではないか」
「そ、そう……だけどさ。でも、俺コイツを観察していたけど、クラスじゃおどおどしているっていうか……暗いんだよな。どうも信用できないっていうか。目の前で見たら、やっぱり役に立つと思えねえな」
……どうでもいいが、先ほどからどうして俺は初対面の男に、ここまでなじられなくてはいけないのだろう……。
だが……彼のしゃべっていることにも一理あるというか……正面切って真っ向から全面否定することが出来ないのが、なんとも情けない話である。
「すまなかったなうちの弟が」
「いや…………まあ、いいですけど……」
そこで進とかいう男は、むっとした表情でまたもやじろりと不作法にも俺を睨み付けてくる。
一体全体、俺の何がそこまで気に食わないのか。それとも、本当に俺の態度だけが気に入らないというのか?
「それでだ霧白君……。こんなことがあってから言うのもなんだが……今日、私の家に来てくれないか? どうやら同じ武術を学んでいる者同士のはずなのに、我々の認識には齟齬が生じている」
すかさず進が口を挟もうとしたところで……宇津白さんが、その直前に手で制す。
「だがもし来てくれるというのであれば、君の知らない『はっこうりゅう』の真実を教えることが出来るだろう。それに、ぜひその目で見てもらいたいものもある。そうすれば……私の頼みが、ごく自然なものと思ってくれるはずだ」
……お、俺の把握していない『白光流』…………だって⁉ ……そ、そんなこと。
そんなこと……興味あるに…………知りたいに決まっているっ‼
俺と『白光流』の関係は、ほんの二、三日で済むような……単純な話ではないのだ。俺の胸中に眠る好奇心が、いやが応にも引き立てられてしまう。
それに『白光神援教』が『白光流』と、どう絡んでいるのかという情報。少し前の俺ならいざしらず、現在の自分にとってはもしかすると、何か重要な情報へと化ける可能性もある。
俺はわずかばかしに躊躇うことなどなく……即座に答えてみせた。
「わかりました」
「おお! そうかそうか! さあ、これを」
心底嬉しそうに笑みを浮かべる宇津白さん。それから彼女は制服の右ポケットに手を突っ込むや、一枚の紙切れを取り出し……俺の右手に握り込ませた。
「用意したかいがあったというものだ。うちの住所が書かれている。放課後そこを訪れてくれ」
…………。
別にこっちとしてはそれでも構わないけど……直接案内してくれた方が、もっと手っ取り早い気もするのだがな。
「ありがとうな霧白君! 初対面に関わらずこんなお願いを受け入れてくれて」
そんなに大きく感謝されると……少しばかし照れてしまうな。
ほっとしたように顔を弛緩させた宇津白さんだったが、すぐに真面目な表情を取り戻す。
「それで…………これは重要なことなんだが、来るのは君ひ――」
「何してるの? 龍太」
‼
びっくりしすぎて、思わず胸から心臓が飛び出すかと思った。
いきなり背後から声をかけられたのだ。しかも、接近する気配を全く俺に悟られないで。まるで忍者だ。
この学校で俺のことを〝龍太〟と名前で呼ぶ人間は一人しかいない。
――――そう、光道白紗季その人だけである。
「こっ、こ、こここここ、光道さぁん‼」
‼
再びの驚きな事態に、俺の心臓の鼓動がまたもや大きく跳ね上がる。
それは……この場において、驚愕を隠せないとばかりに大声を発した者がいたからだ。
そして、その正体はというと――――〝宇津白進〟であった。
進の表情や雰囲気からは、途端に一切の余裕という余裕が抜け出てしまったらしく……人のこと言えんだろとばかりにおどおどし始める。
額からは、まるで滝のようにだらだらと汗が流れ落ち、両の頬が一瞬でかあっ、と赤くなる。
…………こ、こいつ。
さんざん俺のことをバカにしておいて……なんてわかりやすい態度を……。
コイツ、間違いなく光道のこと好きだろ!
「お、俺は……これで……じゃっ!」
声を裏返らせ、激しく狼狽えたかと思いきや……そのまま即座に回れ右し、あっという間に廊下を突っ走っていってしまった。
「……………………………………………………………………」
しーん、と場が静まり返る。
…………。
たった今、眼前で繰り広げられたことは、光道にも多少なりと衝撃的な出来事として受け止められたらしく……進が消え去っていった方向に首を曲げると、しばらくぼーっと眺めていた。
……!
だがこの瞬間、俺は見逃さなかった。ほんの一瞬ながら、宇津白さんが苦々し気な表情を浮かべていたことを。
「私もこれで失礼する」
そのまま宇津白さんは八組の教室へと入っていき……そこで俺は、ようやく彼女が八組に所属する生徒であることを理解した。
すると、すぐに教室から「東子、おっっそぉ~い」、「お昼早く食べよう!」というような、複数の女子生徒によって歓迎されるような声があげられたのが、俺の耳に伝わってくる。
「…………戻るか」
はあ……なんだか、ただ会話しただけなのにやたらと疲れた気分だ……。
……てか、あの男。光道の事を知ってるのか?
「ねえ龍太」
「……どうした?」
彼女の呼びかけで、俺の意識は現実に引き戻される。
「あの女…………だれ?」
「いや〝あの女〟……ってな……。宇津白東子さん……だって。ちょっと俺に用があってな、向こうから話しかけてきたんだよ」
「どんな用?」
「ああ……別に。大したことじゃないよ……」
「私には言えないこと?」
「そんなことはないけど……まあ、昼でも食いながら話すよ……」
「……そう」
なっ、なんだか……やたら問い詰めてくるな……。




