第三話 来訪者
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翌日。
昼休みになり一気に教室内が騒がしくなる中、俺と光道は二人そろって購買に昼食を買いに向かっていた。
今までは、混雑して中々昼飯を入手できない購買を避けるため、通学道中のコンビニを利用していたのだが……最近は光道のせいで朝の時間を取られてしまい、コンビニに行けてないのである。
まあ……とは言っても。光道とどうでもいいことを話して適当に時間を潰していれば、並んで待つこともそこまで苦ではなかったりするのだが。
そうして、二人とも無事食料確保に成功し、教室にのんびり戻っていた時のことだ。
「…………」
おもむろに光道がポケットからスマートフォンを取り出すや、慣れた手つきで画面を操作していく。
「龍太、これ持って」
すると突然、購買で買ったパンや飲み物を俺に押し付けてきたので、言われた通り持ってやる。
「トイレに行ってくるわ。龍太は先に教室戻っていて」
「おお……わかったよ」
こうして俺は、光道より一足早く教室へ帰還することとなった。
自分の席につき、光道はすぐに帰ってくるだろうと食べ物には手を付けず、暇つぶしのために机の中から次の授業で使う日本史の教科書を手に取るや、ぱらぱらと目的なく捲っていく。
今日は平安時代の文化についてだっけか? ……寝てしまわないか心配だな。
その時だ。
ぽんっ、と俺の肩が軽く叩かれる感触。
「君が……霧白君だな!」
てっきり、その正体が光道だとばかり思っていた俺としては……その分、振り返ったときの驚きはより大きいものであった。
だ……だれ?
女子だ。このクラスの生徒ではない。
身長は光道と同じくらい。細身な体型だが、ただ線が細いというわけでなく……全体が引き締まっているという印象。
非常にさらさらとした、肩の付近まで伸びている艶めく漆黒の髪は、一くくりにしポニーテールとしていた。
初対面ながら、どうにも親しみやすさを感じさせるような大きく透き通るような黒い瞳。光道ほどではないものの白い肌。
整った顔立ちや、すらりとしたその佇まいは、どことなくカッコいい大和撫子のような雰囲気を漂わせていた。
…………っ!
お互いの目があった瞬間、途端に俺は視線をきょろきょろとあちこちに泳がせる。
「あっ……ああ…………。いやっ……はい、そうです」
「今、時間を少し取れないか? 君に話したいことがあるんだ」
は……はなし? なっ、なんなんだ一体⁉ まるで心当たりがないぞっ!
い、いやっ、とにかく落ち着け。いくら久しぶりに光道以外の生徒から声をかけられたとはいえ、さすがに動揺しすぎだ。
「え、ええ……と。ああ……わかり、ました」
すると、眼前の女生徒は満足げに一つ頷く。
「それはよかった! では、すまないが廊下まで来てもらえないか。ここではちょっと話にくい内容でな……」
は、はあ……。よくわからないがここじゃダメなのか……まあ構わないけども。
――ところで、この高校の二年生のクラスは全部で八つあり、現在、俺は一組に所属している。
そして俺は、てっきり話場所を一組前の廊下だと思っていたんだが…………先を行く彼女は、一組前廊下で立ち止まることなく、さらに進んで行ってしまう。
そうして廊下を真っすぐいき――ついには一組とは正反対に位置する、八組前にまでたどり着いたところで、ようやく足を止めた。
「悪いな……わざわざこんなとこにまで来てもらって」
「いえ、別に……」
すると、俺の返事におかしな点は見受けられなかったはずにも関わらず……どういうわけか、彼女は数瞬ばかりきょとんとした表情を浮かべ……それから気を取り直したように話を続ける。
「私は宇津白東子。君のことは裕子から聞いたよ」
ゆ、ゆう……こ? え……えっ! だ、だれ? わかんない。全然わかんない。名前を言われてもまるでピンとこないんだが……。
「時間もなさそうだしすぐ本題に移ろう。霧白君は『はっこうりゅう』を習っているのだな」
ところで、さっきから思っていたが…………宇津白さんの声はとても張りがあるな……。
………………………………。
……………………。
………………。
「…………えっ⁉」
『白光流』とは、俺が何年も前から学んでいる武術のことだ。
だがなぜ……宇津白さんは『白光流』の名を?
いや、別に知識を持ち合わせていたとしても、けしておかしい訳ではない…………。
けれども、こっちに引っ越してから判明したことであるのだが……どうやら『白光流』という武術、これが超・マイナーなものらしく……まず知っているという人を見かけない。
――まあ、ひとまず、その疑問については置いておこう。
「その……俺……ゆうこ……って人、わからないです」
「なにっ! そんなはずない、霧白君と同じクラスだぞ。ほら、学級委員をやっている」
学級委員?
学級委員……学級委員……。
その瞬間、稲妻のように脳裏へある記憶が浮上してきた。
転校初日。クラスの誰もが微妙に俺と距離を図る中……唯一話しかけてきた女子じゃないか。
そ、そうか……。とにかく会話するのに必死だった俺は、そこで『白光流』について口にしたのだった。今でもついに昨日のように思い出せる――反省すべき愚かな振る舞いだ。
あの女子こそ、宇津白さんの口にする〝ゆうこ〟という人物だったのか!
「あ……思い出しました」
「それはよかったぞ。では…………改めて本題に移ろう。率直に言う、君の力を貸して欲しい! 『白光神援教』を倒すために」
…………‼
頭の中で色々考えていた俺だったが……ふと、宇津白さんの口から紡がれたその一言によって、瞬く間に真っ白となってしまう。
「……霧白君? どうかしたのか?」
――――。
たっぷり数十秒ほど、まるで時が止まってしまったかのように固まっていた俺だったが……ややすると我に返り、にわかに顔を青ざめさせながら返事をする。
「ナ、ナニソレ……ナンノ……ハナシカサッパリダナー」
…………。
大量の冷汗が背中をどばどば流れ続け…………一向にとどまる気配がない。
だが、そんな俺の棒演技に対する宇津白さんの反応は、予想の遥か斜め上をいくものであった。
「……はっはっはっはっ! そうかそうか。いやー立派だな霧白君。そう言えば、あまりに急ぎすぎたせいで私のことを説明してなかったか。確かに、誰が信者かわからんもんな! いや、安心してくれ」
俺の絶望的な演技力のなさに、てっきり怪訝な眼差しを向けられるものとばかり思っていたが……なんと彼女は、快活に笑い出したのである。
「私も君と同じ志を持つ……『はっこうりゅう』を扱うものさ!」




