エピローグ
それから翌日。有言実行の光道は俺を病院までわざわざ迎えにきた。
そしてどういう訳か。俺の家にたどり着くや、なんともごくごく自然な流れで我が家の扉の鍵を開け……中へ入っていくではないか。
「あっ……」
そこでようやく、制服のズボンのポケットから鍵がなくなっていることを知る俺であった。光道になら勝手に家に入られても別にいいのだが……やはりせめて一言欲しいものだ。
いつの間に自宅の鍵を持ってかれたのかだろう? というか……これが光道だったからよかった――よかった? ものの、もし泥棒とかに盗られていたらと想像すると……。もっと防犯意識を高めねば。
その後、光道の作った非常に豪勢かつ、実に美味しい手料理の数々に舌鼓を打たないわけにはいかなかった。彼女の料理の腕は間違いなく一流だ。俺など遥か足元に及ばないくらいの。
ひたすら光道へ尊敬の眼差しを送り続ける俺であった――。
○
さらに翌日。
「待ってたわ霧白君」
様々なことが立て続けに起こり、自分自身ほんのちょっと忘れかけていたが……ただ今、俺の身分は〝学生〟であり……基本的に学生は平日学校に行かねばならないのだ。
入院によって貴重な休日の時間を奪われ、ロクに休んだ気がしない状態で登校。
なんだかやたらと久しく感じられる学校の授業を全て終え、無事放課後を迎えた俺だったのだが……そのままスムーズに帰宅することはできなかった。担任の先生に職員室まで呼び出しを受けたのである。
「それで……早速なんだけど、これを見て欲しいの」
「……はあ」
差し出されたのは一枚の用紙。
――〝進路調査票〟だ。
俺は別に、担任から呼び出されるようなふざけた内容を記述した記憶はないんだが……。そう、確か〝四年制大学進学志望〟と何の面白味もないことを書いたんだっけか……。
だが…………渡された紙によく目を通すと、すぐにそれは俺のものでないことが判明した。
というか――光道のものだった。
「ぶっ……!」
思わず俺は吹き出しそうになる。それは〝笑えるから〟……ではなく〝驚きのあまり〟という理由で。
そこには一文。確かに光道による字体でこう記述されていた。
霧白龍太と結婚する。
「確かに先生は、以前『光道さんと仲良くしてあげて』……ってお願いしたけど……ここまで仲良くしてとは……」
俺はぶんぶんと、全力で首を横に振る。
「いやいやいやいや! 信じてください先生! 俺自身初めて知りましたよこれ!」
「でも……さすがに高校生の女の子が勝手にこんなこと書くとは思えないのですけど……」
ぐっ……反論したい……ただちに反論したいが……先生の言う事も確かに一理あるのだ。
仮に俺が先生と逆の立場だったとしよう。そしたら俺も眼前にいる生徒を〝慌てふためきながら言い訳をしている生徒〟……と、認識してもおかしくないかもしれん……。
「そ、そうだ! 先生、でしたら俺が直接真相を確かめに行きます! その紙、貸して頂いてよろしいでしょうか?」
どうやら、本来はあまりよろしくないらしいのだが……まあ事情も事情ということで、絶対誰の目にも触れさせないよう強く忠告されながら、光道の進路調査票を預けられる。
俺は丁寧に用紙を鞄にしまい込むと、先に帰宅の途についた光道に会うべく一人帰路を急いだ。
インターホンを連打すると、すぐに「はい」と光道の声が流れる。
「霧白だ! すぐここを開けるんだ光道!」
…………。
返事……こないな……。
もう一回インターホンを押すか? と検討を始めたところでガチャリ、家のドアが開かれた。まだ帰ったばかりらしく、扉の隙間から制服姿の光道が姿を覗かせる。
「入っていいか?」
頷いたのを確認するや、即座に彼女の腕を引き居間にまで連れていく。
適当に机の前へと座らせ、ついでに俺も隣に座る。そして一息つくこともせず、ただちに真意を問いただすべく鞄より例の進路調査票を取り出し、勢いよく机に置く。
「ど、ど、ど、どういうこりゃああぁ? これえ?」
しまった……声に力入りすぎて……噛んだ。
「…………今のって……ほ」
「方言じゃないから!」
……。
光道は差し出された進路調査票に視線をゆっくり下ろし……合点がいかぬといった風に、キョトンした瞳で俺を見つめ、頭を傾げる。
「えっ! えっ! ちょっ……なんでそんな「これのどこが気になんだよ?」みたいな顔してるの? ここだよここ‼ お、俺と……その……け、け、け、け、け、け、けっこ……ん、って……」
「? その通りの意味」
「そ、そういうことじゃなくてだな……そもそも俺は何も聞いてないぞ!」
やたらと焦り出す俺とは対照的に、大層冷静な面持ちでいる光道。
「だって私……進路なんてわからないし……。でも龍太とはこれからも一緒にいたいな……と思って……」
……いや、そんな若干ふてくされ気味に言われましても……。しかも顔は無表情のままと、器用なことをしている。
…………。
だが……そうか。波立った心が急速に落ち着きを取り戻していくのを感じる。
光道は今まで『白光神援教』の施設で『白き光』を敬い、施設で暮らすことが自分の生きる道だと信じて疑わなかった。
しかし、唐突に施設での暮らしは終わりの日を迎える……と。
……だから、これから先どうやって生活していくべきか、その指針となるようなものが光道自身わからなくなってしまったのだろう。
つまり、光道は混乱してしまっている……と、いうことだ。
「はぁ……。まあ、少しはわかったけど……でも、やっぱり結婚はないだろう」
「そう?」
「そう」
いくらなんでも考えが飛躍しすぎ……というか、そもそもどう考えてもその結論に至るのはおかしいと思うのだが……。
「それじゃあ、何て書けばいい? 婚姻?」
「いや――まずその〝結婚〟という思考に限定するのはやめろ。あまりに極端すぎるし……それに俺の胃が……痛くなりそうだ……」
………………。
出た。
光道は毎度おなじみ、彼女独特の謎の間を生み出す。この間、光道の脳内ではどのような思考が行われているのだろう……少し興味あるな……。
「龍太はなんて書いたの?」
「お、俺か? 俺はだな……」
特に隠す必要もなし、素直に自分の書いたことを教えてやる。
すると、話を聞いた光道はおもむろに立ち上がり……進路調査票を手に居間から姿を消した。
直後、階段を上る音。おそらく自室に向かったと思われる。
それからややして、光道は居間に戻ってくると進路調査票を俺に渡してきた。
ひとまず、四年制大学進学。
そのように、短く書かれていた。
「同じ大学に行く……龍太と」
「ま、まあ……それなら……。でも本当にいいのか? ほら、将来やりたいこととかはないのか?」
「ない」
即答である。
だが……正直なところ、俺だってこの質問をされたとしたら、言葉は多少違えど結局光道と似たような返答をすることとなるだろう。俺にだってそんな将来やりたいことなんてないのだから……。
――――まあ、いいさ。
これから先、嫌でも将来のことについて考えなくてはならない時が来るのだ。
ならばそれは、その時の俺に任せればいい。
随分と投げやりな考えかもしれないが……別にいいだろう? だってどうせ悩むは俺なんだから……。
その時は、光道と一緒にどうするか話し合ってみても……いいかもな。
白き光よ降り注げ! ――ホワイトアタック―― 終わり
この何だかよくわからない話を最後まで読んでいただきありがとうございます。今回は、ここまでの話を〝第一章――ホワイトアタック――〟という形にして終わらせ、続けて〝第二章〟を書いていくことにします。よかったら、二章も読んでみてください。 ――作者




