第四十三話 世にも珍しい光景
○
……。
…………。
………………。
「…………んっ……んん……」
何度か眩しい光に慣れるようにまばたきをし――――目覚めた俺はベッドの上だった。
そのままぼんやりした頭で周囲を見渡し……ここが病院だろうことを理解する。
今は……昼近くか? 日はすでに高く昇り、陽光が窓から差し込んでいる。
…………。
――――。
体を起こし、改めて俺は周りを眺め……気づく。
白くない……。
どこもかしこも色鮮やか。『白い世界』などではなく、普通の光景に戻っていた。
――と、いうわけで。今回の一件により、俺は新たな自分の一面を思い知らされることとなったわけだ。
意外と俺は〝運がいいやつ〟であると……。
ここまで死にそうなって……それでも生き残れるような人間、自慢じゃないが世界中そう多くいるとは思えないしな。
その後病室を訪れた医者や看護師から色々と説明を受け、それからなんと驚くべきことに、明日にはもう帰っていいと告げられた。病院も忙しいだろうし、元気で暇な人間はさっさと追い出したいのだろうか?
「しばらく入院して経過を見ましょう」みたいなことを伝えられると考えていた俺としては、正直少し拍子抜けだった。
さて医者の説明によると、俺がここに運ばれた時は、いつ死んでもおかしくないくらいに弱り切っていたらしいのだが……そこから持ち直したのをきっかけに、一気に容体は快方へ向かったらしく……今ではすっかり、どこにも異常はないとのことだ。
〝凄まじい生命力〟と医者に感心されてしまった時は、随分と反応に困ったものである……。
遠方にいる両親に公衆電話で連絡をすると、根ほり葉ほりと何があったかをしつこく早口で尋ねられ……挙句になぜか話題は俺の日常生活にまで逸れそうになったところで強引に切った。こちらには無駄な話をだらだらするほど小銭の用意はないのである。
手短な連絡を終え病室に戻ると……いつの間にか、ベッド脇に光道がちょこんと椅子に座っていた。
「よっ」
俺は片腕上げて挨拶。
「ありがとな光道。お前が病院まで連れてきてくれたんだろ」
「うん。あと……タクシーの運転手さんの力もあるわ。病院まで送ってくれた」
ふふっ……と、俺は少し笑う。
「なあ光道。俺は病院に〝弱った状態で運ばれてきた〟って聞いたんだだけど……。これってつまり、施設で俺が薬の副作用か何かで倒れたのは……死んだんじゃなくて、実は気を失っただけ……ってことか?」
………………。
光道は黙った。俺の顔から眼を放すと……俯き、まるで何か迷うかのようにしばしの間、視線をうろうろと彷徨わせ……それから、再び顔を上げて答える。
「一回、心臓が止まったわ。でも……少ししてまた動き出した」
!
「そっ……そんなわけ――」
だが、そこで俺の否定の言葉は詰まる。
これは……百パーセント、けしてありえない話とは言い切れぬのでは?
例えば心臓マッサージ。あれは停止した心臓を動かすために行われる救急処置じゃなかったか。光道が正しい知識、技術を習得していたとすれば……或いは。
……いや、可能性はそれだけじゃない。
数日前、俺が学校の図書室で調べものをしていた時だ。死亡診断が下されたはずなのに、その後突如として息を吹き返した……そんな事実が世界のどこかで実際あったらしいという情報を眼にしたではないか。
「そ……そう、か。それが本当なら……不思議なことだ。何か……理由……というか、きっかけになりそうなことが俺の身に起こっていたか? それとも心臓マッサージか何かで?」
…………。
再び光道は口を閉ざした。
しかし、今度は俯くのではなく……しばし俺の顔をじ~っと見つめ続けられる。なんか……恥ずかしい。
――――その時。俺は世にも珍しい光景を目撃することとなった。
ごくわずかにだが……光道が照れるように、白い頬を赤く染めてみせたのだ。
「……龍太が知るには、まだ早いわ」
…………?
「それは……一体どうして?」
「……………………」
しかし、光道はこれ以上この話題に答えるつもりはないとばかりに固く口をつぐみ、まるで彫像のように返事をする気配を窺わせなかった。
このままでは全く埒が明かないさそうなので、しょうがなく俺は話を変える。
「それで……光道はこれからどうするんだ? 家に戻るのか」
「うん。予定通り、これからは自宅で生活する」
俺を安心させることを言った光道に、ほっと胸を撫で下ろす。そこで心なし肩の力が抜けたせいか、なんとはなしに光道の服装へ目がいった。
そういえば……光道のよそ行き私服を見るのはこれが初めてかもしれん。高校の制服姿がすっかり眼に焼き付いてしまっていて、なんだか新鮮だ。
光道は少し厚めの生地……だと思う白い長袖のTシャツと、やたらと短いように思える、黒がベースの白と黒のチェック柄スカートという装い。
心なしか白要素が強いようにも思えるが……俺の気にしすぎか?
また、どうやら外は少し暑かったらしく洋服の袖が捲られていて、光道のやたらと白い肌の腕が外に露出していた。
五月も中旬を迎える中、なんだか無性に暑い日と微妙に寒い日が入り乱れるという混沌とした気温の日々が、ここ最近ずっと続いている。早く落ち着いた気温になって欲しいものだ。
それはともかくとして……光道に一言忠告しておこう。
「なあ……光道……。その、だな……お前はあんまり短いスカートをはかない方が……いい、と思うような……」
「どうして?」
「それは――」
それはお前がよく転んで、その度スカートが……と今まさに喉元まで出かかった言葉を無理やり抑え込む。
こう……なんと言うか……これ以上俺が説明をすると、何かしら墓穴を掘ってしまいそう……という〝勘〟が働いたのである。野生の勘とでも表現すべきか……。
光道は小首を傾げていたが、それ以上特に追及してくるようなことはなかった。
「明日……退院するとき迎えに行くから」
「ええっ……いいよ別に……一人で歩けるし。お前も手間――」
「昼ご飯私が作るわ。退院祝い。あっ、そうだ。それと龍太が施設に置きっぱなしにした鞄も回収しといたから」
…………聞いちゃいねえ……。




