第四十二話 確認
○
「龍太⁉」
光道白紗季は驚いた。
突然、隣を歩いていた幼馴染の霧白龍太が階段から転倒、そのまま踊り場に倒れ込んだのだ。
一応、踊り場までは残り一段を残すのみであったので、大けがするような高さではなかった。
……だが――踊り場に転げ落ちた龍太が、いきなり頭を両腕で抱えながら狂人のごとく激しく発狂し始めたのである。
その光景を目の当たりにし――――白紗季はすぐ何事かを理解した。
その理由は……白紗季が今まさに眼前で繰り広げられる場面と全く同じ状況に、施設で何度か遭遇したことがあるからに他ならない。
……同時に、その後全ての人達がどのような道を辿ったのか――事の顛末も知っている。
「白い白い白いぃ……白い……シロ、イ……」
龍太の叫びが空気の抜けた風船のように、みるみると萎んでいく。
「だめっ! しっかりして!」
今日は何回も龍太の心配をした。一度は本当に死んでしまったかと思い、何も考えられなくなった自分がいた。それでも龍太は起き上がってくれた時、唖然としたものの本当に嬉しかった。
だが――結末がこんなことになるなんて――。
白紗季は慌てて駆け寄り、龍太のすぐ横にしゃがみ込む。
龍太の力なくだらりと床に伸ばされている、まるで血の気のない手を握るが……しかし、龍太の手は指先一本たりとも、ぴくりとすら反応しようとしなかった。
「ああ……そんな……」
救急車――――いや、ダメだ。もう遅い。
それなら薬をもう一本飲ませれば……。
けれど、白紗季はすぐに考えを振り払うよう首を横に振る。
――それでもやはりダメなのだ。
そもそも『復活の薬』を二つ以上使用したらどうなるのかを承知していないので……二つ目以降はもしかしたら成功しない可能性もありえる。
また、仮にもし上手くいったとしても、しばらくすれば再び彼は苦しみだすことになる。苦しんで苦しんで――死ぬ。つまり、一時しのぎにしかならず、根本的解決にはつながらないのだ。
そして何より。もはや地下に『復活の薬』を取りに行く時間は…………残されてない。
「龍太…………」
勝手に安心していた。
これまで『復活の薬』を飲んできた者は三分くらいしか蘇らなかった。だが彼は……龍太はその限界を超えてみせたどころか、そこからさらに数分も無事でいた。
だからきっと……彼は〝特別〟なんだと。もう心配ない……そう根拠もなく思ってしまっていたのだ。
ふっと、白紗季の脳裏に過去の記憶がよぎる。
それは両親が交通事故で死亡した……という報告を受け取った時だ。
あの時ほど悲しく……絶望を感じる出来事はなかった。
悲しみと絶望があまりに深かったせいか、自分の瞳からはついに一滴たりとも涙が零れなかったことをよく覚えている。その際、白紗季は「こんな時に涙が流れないのは、自分の頭がおかしいからだ」とすら思った。
「…………」
ぽたり……ぽたり……と、自分の手の甲に液体が触れる感覚。白紗季がその正体を理解するのに、さして時間は要さなかった。
自分の涙。
そういえば自分が最後に泣いたのはいつだろう――と、白紗季は考え巡らせる。
巡らして、巡らして――ふと、ある記憶に思い当たる。
それは、龍太が引っ越しをする……別れの日のこと。
あの日の自分ときたら、呆れるのを通り越して思わず感心してまうぐらい、それはよく泣いたものである。
白紗季は生気という生気が失われた龍太の手を、丁寧に床へとおろす。
それから……やはり諦めきれず、龍太の胸に自分の耳を押し当ててみる。しかし、やはりというか……心臓の鼓動が聞こえることも、ましてや胸が微かに上下することもなかった。
…………。
白紗季は龍太の背中に自分の左腕を回し、彼の上半身をゆっくりと起こしあげる。そうして、左腕で龍太の体を支えたまま、もう片方の手で龍太の髪を、頬を、優しく撫でる。
そして――――。
白紗季は……龍太の唇に――――そっと唇を重ねた。
まさか初めての経験がこんな状況になるとは思わなかったが……白紗季が施設で熟読した物語では――〝キス〟をしたら眠っている人が目覚める……という流れになっているのだ。
………………。
だが、白紗季はすぐに思い至る。あの作品は男性から眠っている女性に対して行うのであって、女性からで男性に対してではない、と。
これでは立場が逆……まるで新しい作品を作り上げてしまったような感覚に白紗季はとらわれた。
「………………っ」
――分かっていた。自分が現在行っていることに何も意味はないことを……。
だが……それでも、白紗季は何かをせずにはいられないかった。
なぜなら――自分の両親には死の直前、何もしてやれなかったから――。
それになにより――龍太は――。
――――。
!
「んっ……」
白紗季は自分の顔を離すや、じっと龍太を……その唇を見つめる。
……………今……。
自分の唇を確かめるように、指先でそっと形に添ってなぞる。
それから、龍太をさらに見つめて――見つめて――。
再び、龍太の唇にキスをする。
しかも今度のはただ触れさせるだけでない。自身の舌を口の外に出すや、そのまま龍太の唇の隙間にちろちろと何往復か舌を這わせて……押し広げた。
ちなみに、わざわざやりづらいだろう舌ではなく……手で行わなかった理由は特にない。
…………やはり。
吸われたのだ。
ごくごく微小、非常に集中していなくては気づかないだろう程度に自分の唇を……。
正確には酸素を求めて――の行動だろうか。
さらなる確認をするため、龍太とのキスをやめて一旦顔を離す。それから白紗季は首を横に曲げ、耳を龍太の口元へとほぼくっつけるように近づけた。
――――。
続いて、たしかに一度停止しているのを確認した心臓の鼓動も、再度チェックしてみる。
「…………」
白紗季はそろそろと、改めて龍太から自分の顔を離すと――誰に伝えるわけでもなく、ぽつりと独り言を呟いた。
「…………生き……てる?」




