第三十八話 絶望
そのまま……少しずつ、少しずつ……じりじり『長の部屋』の扉へと近づいてく……。
すると――。
ガチャン、という軽快な金属音が鳴った。
そして、豪奢な扉が――まるで俺の接近を待ちわびていたかのようなタイミングで開放されていく。
………………。
どう、すべきか……。
だが……一度瞑目した俺は、誘われるままに部屋へと歩を進めていく。
『復活の薬』を求め地下に潜入した時もそうだったが……どういうわけか、やつらには俺の居場所が筒抜けになってるらしい。ここでうろちょろ小賢しいことをしたところで、結局徒労で終わることは想像に難くない。
「待っていたよ、霧白君」
案の定と言うべきか、長は開口一番俺にそう告げる。室内には長とその付き人、それと俺がかつて拘束された、ひじ掛けのついた椅子に座っている光道がいた。
「龍太⁉ どうしたのそのケガ!」
光道は俺を見止めるや、直ちに駆け寄ってくる。俺の時のように両腕を固定されてしまってはおらず、ただ純粋に座っていただけらしい。
「大丈夫? 私に掴まって……」
光道は俺が何か返事を返す暇を与えさせないままに俺の腕を持ち上げるや、そのまま彼女の肩へと回された。
「待って……いた?」
「そうだ、霧白君。君がここへ来やすいよう、信者の誰とも会わないようにしていただろう?」
……そうか。言われてみれば、ここを訪れるまで一人の信者とも出会わなかった。これも……奴の思惑通り……。
俺は結局、またもや長のいいように手の平の上で転がされていたのか……。
「なぜ……俺、の、居場所……がわかる?」
「……驚いたな、霧白君。君ならすでに気づいていると思っていたのだが……。『監視カメラ』だよ、この施設の複数個所に設置されている」
監視……カメラ? 『カメラ』――なら知っている。『復活の薬』が大量に棚へ陳列されている現場を写真に収めようと、実際使ったものでもある。
だが……『監視』という字がなぜついているかわからない。カメラはボタンを押して写真を撮る機械だ。
――ということは、監視するためには要所要所カメラを手に構える人がいないといけないはずである……。だが、俺はそんな人達を見た覚えがない。
つまり……〝かんし〟という字は俺の考える〝監視〟――という漢字ではないのでは……?
「珍し……い、和菓子――」
「龍太あまりしゃべらないで! ケガしているのでしょう? 早く病院に行かないと」
…………はい。
光道は長に軽く一礼するや、俺を気遣うように寄り添いながら廊下へ導こうとする。
「さて……光道君。君の施設を抜けたい……という意思はよく伝わった」
その言葉に反応した光道は、ピタリと停止し首だけ後ろに振り向かせる。
「君の希望は確かに受け取った。我々は君の意思を尊重するよ、光道君。…………だが」
長は光道を上から下までじっくり眺めながら、まるで焦らすかのようにほんのわずか沈黙し……話を再開する。
「そのためには一つ、やってもらわねばならないことがあるのだよ、光道君」
……………………。
俺は自分の腕を光道から引き離し……彼女の手を握った。
そのまま光道の手をとても弱々しい――微力しか出せないながらも引っ張るや、光道を部屋から強引に廊下へ連れ出す。
「こう……どう、にげ……ろ」
そのまま光道の体をを俺の下に寄せてから、彼女の背中をそっと前方――階段のある方向へと押してやる。
「はや……く、いけ」
「龍太……何を言って……」
いいから……早く行け光道。ここで長々と説明している暇はないんだ。
「……龍太も一緒に行くの」
くっそ……もっと聞き分けよくなれよ!
ああああああああぁぁぁもうっ‼
なんでだ……………………なんで……上手くいかない……。
いや、そもそも……転校辺りから、何もかもが悉く上手く運んでいない気がする。
駅の改札は通れない、転校の挨拶は失敗する、友達ができない、変な宗教を紹介される、人が蘇って死ぬ姿を見る、ぼこぼこに殴られる、変な生き物に噛まれる、五感全てが閉ざされ挙句の果てに死にそうになる、せっかく助かったと思ったらもっとぼこぼこにされる……。
何もかも……だ。何もかも……。何もかも何もかも何もかも……。
……そして……この後起こる事だって、これまでの例に漏れることはないだろう。絶対に上手くいかない……。
俺は……まず逃げ切れない。光道もほぼ確実に無理だろう……。
けど。
…………だけど。
だけどだけどだけど!
――――せめてそれでも逃げてくれ光道! 逃げる時間が、ごく一瞬しかないとしても。成功確率一%に満たなくなても……。
これは自己中心的? それとも、やけくそ? な……考えだろうか……。
……………………。
…………だが……せめて。
せめて、少しくらいは上手くいってくれたって……いいじゃないか……。
上手く…………いってくれよ……。
誰だ、誰に頼めばいい……神にでも土下座すればいいのか?
それとも……『白き光』にでもお願いするか? 「ちょっとくらい力を貸してくれたっていいじゃないか!」とでも……。
「……っ」
そこで、俺はあることに思い至った。
………………そうか……今なら光道の気持ちが、ほんのちょっとだがわかるかもしれない……。
俺は、神の存在をはっきり確信するほどにまで信じている……とは言えない。もしかすると、どこかにいるかもしれないな……くらいに思っている。
…………が、それでも…………。
それでも、どうにもならないくらい圧倒的な絶望を感じた時……そんな時、本気で何かに縋りたくてたまらなくなる……。
例えそれが、一度も見たこのない神であっても……もはや形すらも想像できない『光』であってもだ。どんなものだろうと助けてくれるなら構わない……。
光道は、弱った俺から全く離れようとしてくれない。一方俺は、俺を置いて早く光道からこの場に立ち去ってもらいたいのだが……残念ながら、強引にでもそうさせる気力すらも残されていない。
…………しょうがない。
不安気に立ち尽くし、心配と戸惑いが折り重なったような感情が宿る、光道の透き通るように綺麗な瞳を一瞥して、俺は光道を先導するように前を歩きだす。
俺から離れないなら……俺が先を進み、ついてこさせるしかない。
そう……今の俺には〝前進〟以外の選択肢はないのだ。
たとえ圧倒的な絶望に飲まれそうだとしても……それでも……そんな時ですら頼るものがないというのなら……結局は自分でどうにかするしかないのだ。命の輝きが、まだ消えていないのならば……。
「龍太……?」
光道は何か俺から悲壮な空気でも読み取ったとでもいうのか、複雑そう表情をしながら立ち止まっていた。しばし歩いてから、俺はようやく光道がついて来てないことに気づく。
「こう……どう」
「あっ! ……ごめん……」
そこで光道は、自分が立ち止まっていることを自覚したらしく……とてとて、と小走りしてきて――どさり、と転んだ。
…………転んだ。
………。
「……さあ……そろそろいいかね。霧白君」
扉の奥からゆらりと、その姿を現す長。口調からして、手負いの俺がもちろん逃げれるわけがないことなど、容易に見越していたのだろう……。
「少し……遅かったんじゃないか?」
長が次に発した言葉は、俺――に対しではなく、俺の真横を通り抜け、そのまま後方へと伝わっていく。
「吹き飛ばされた」
「ああ、見ていた。随分汚れているようだが……」
白中だ。あれだけのことがあったというのに俺とは違い、痛みとは一切無縁であるとばかりな無感情な顔つきを浮かべていた。
ただけして無傷あるわけではないようだが……腹部から……何かが流れ出た……痕跡があり、白の服にべったり付着している。
あれは……血、じゃない……? 赤くないから間違いない。
黒い。
イカスミ? 墨汁? 炭? ……例えは悪いが、とにかく真っ黒……夜の闇より漆黒だ。まるで黒いペンキでもこぼしたみたいに……。
ふと、白中の放った言葉が呼び起こされる。それは俺が白中の凄まじい身体能力に対して〝本当に人間なのか?〟と施設入り口付近にて、戦闘前に質問した時だ。
それに対して白中は「いい指摘だ……」と答えてみせたのである。
お、俺は…………一体……何を相手にしているんだ? ただの……怪しげな宗教団体をじゃないのか……?




