第三十五話 避けられないならば
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やたらと広いエントランス。俺は周囲を見渡す……までもなかった。
「光道!」
すぐに光道を発見。なぜかエントランスのど真ん中で、進むでも戻るでもなく、ただただその場でぽつんと一人、突っ立っている。
「……龍太?」
「バカっ! 何やってるんだよ!」
どういうわけかあのスキップするお出迎え軍団はいない。だがむしろその方が都合良い。このまま波風立たぬうち、さっさと撤退するに限る。
「ひとまずここを出るぞ!」
俺は光道を手早く連れ帰ろうと足早に近づいていく…………その時だ。
「これは驚いたよ……霧白君」
…………。
「光道君の出迎えをしようとしたら、まさか霧白君までいるとはね」
通路の奥から、歩み寄る二つの人影。その顔ぶれを見た瞬間、出迎えの信者連中がどうして現れなかったか……俺は即座に理解する。
答えは簡単、他に出迎えるヤツがいたからだ……。
長の付き人二人組。一人は会話を交わしたことがないやつ。もう一人は、俺の心臓の鼓動が停止しそうになるほど強烈な一撃を放った白中と名乗る男。
……いや、きっとあれでも殺さない程度に手加減されていたのだろう。
「光道君こちらへ。約束通り長が待っている」
「ダメだ光道。お前が行くのはあっちじゃなく……出口だ」
約束……ということは、事前に連絡をすでに取っていたのか。
位置的には俺の方が光道に近い。というか、ちょっと手を伸ばせば触れられる距離。一方相手は七メートルくらい先の地点で、どういうわけか立ち止まっている。
「それは困ったな……霧白君。どうやら、私と君の主張は平行線……両者を同時に成立させることは出来ないようだ」
‼
フォンッ! ……と豪快に空気が裂かれるような音がした瞬間、白中は両足で宙に跳躍していた。
そのまま、大きめな着地音をエントランス中に響き渡らせながら、俺と光道の目の前に片膝ついて着地する……という、信じられない芸当を目撃させられる。
あっ、あ、あり得ない……。
走って――勢いよく助走をつけて跳躍したのではない。立ち幅跳びみたく、いきなりその場でジャンプして……一瞬で七メートルくらいの距離を縮めてきたのだ。
以前、集会所で俺は白中の肉体の頑丈さ、拳の強力さを我が身をもって、まじまじ思い知らされたわけだが……ここまでくると、もはや人間であるかも疑わしい……。
「白中さん……あんた本当に人間かよ……」
「それはいい指摘だ、霧白君」
俺は目の前にいる光道を抱き寄せるや、そのまま流れるようにくるりと半回転。出入り口の方に体を向けさせる。
「光道早く逃げ……ろ……」
……やっぱり……そう簡単にはいかないのか……。
もう一人の男も、もれなく超人的能力を秘めているらしく……俺と光道の退路を塞ぐように跳躍してきたのだ。
……どこにも逃げ場がなくなってしまった。
「光道君は先に行ってくれたまえ。私は霧白君と話しがあるのでね」
一応光道のことは丁寧にエスコートするつもりらしい。俺の時のように、殴られたり、放り投げられたりと手荒い対応をする気配はない。
「光道……」
「大丈夫よ龍太。ただ話すだけだから」
そ、そうか……。
いかにコイツらが涼しい顔してあくどい所業をこなすイカれた連中か、俺は散々目撃してきているが……光道はそれを知らないんだ。
だからこそ、施設に何のためらいもなく訪れたし、普通に施設での暮らしをやめると伝えれば、それが長にすんなり受理されると考えている。
もちろん、あの立ち入り禁止の部屋に入った光道に長がそんなこと許可することなどないだろうし……その上、ヤツらお得意のそれらしい理由を並べて、きっと光道のことを……。
――というか、光道。たった今眼前で行われた、月面でないにも関わらずの大ジャンプについて、何か思うところはないのか……。
かくして、光道は長の付き人と一緒に階段のある方へ去っていってしまう。
「さて……ぜひ聞かせてもらおうか。これまで一度たりとあの生物に噛まれ生き残った人間はいない。にも関わらず、なぜ君は生きているのかね、霧白君」
「それはむしろ、俺が聞かせて欲しい」
「なるほど……つまり君自身もよく理解していないというわけだ、霧白君。ならば、ぜひとも。君の体を解剖して、確認してみるとしよう……」
解剖……本気で言っているのか、それとも冗談なのか……白中の一ミリ足りと微動だにしない無表情からはどうとも察することが出来ない……。
…………いや、やっぱり嘘。
今の俺には、はっきりわかる。コイツらは人殺しだろうとなんだろうと〝やる〟と宣言したらまず確実にやる。俺を殺そうとした時、微塵の躊躇も感じられなかった。
「光道は…………殺すのか?」
白中は隠すことなく、すぐに淡々と返事を寄越す。
「そうだ。彼女は立ち入りを禁じられた『白き扉』を開けてしまった。ルールに従い彼女には『試練』を受けてもらう」
「だが、それならどうして部屋に鍵をかけない? あんなふざけた状態なら、誰でも簡単に入れてしまうじゃないか」
白中は、準備体操するかのように数回ほど首をまわす。
「それでいいのだよ、霧白君。あの部屋は…………そう、いわゆる『撒き餌』というものだ」
「撒き餌?」
「そうとも。はたして君にはわかるかね…………そもそも一体どのような者が、あの部屋に立ち入ろうとするのかを?」
コイツらよほどクイズが好きらしい。以前も俺に哲学めいた変なことを質問してきた。
「答えは〝好奇心〟だよ、霧白君。我々は、我々の言いつけを守り、好奇心という抑え難き誘惑に対し、抗うことができるほどの信仰心を持つ人材を欲する。つまり……だ。あの部屋は信仰心を試す〝装置〟の一つなのだよ」
……取りあえず、コイツらがいかに〝セコ〟くて〝悪趣味〟だということが重々分かった。
………………。
「なあ…………光道は、何とかならないのか?」
「それは彼女次第だよ、霧白君。君が生きているということ自体が……我々の情報にはない〝奇跡〟さえ起これば、生き残れる可能性がある……よい証明ではないかな」
つまり〝運がよければ死なないんじゃないか〟……ということだ。ふざけるにしても限度がある。
「さて……そろそろ君に尋ねなくてはならない。もし君が我々に協力的なら……苦しまずに死ぬことを保証しよう。だが、もし……非協力的であるならば……」
白中はそこで、まるで俺の不安を煽るように押し黙る。
「……ならば……どうなる?」
「ここで死ぬ」
…………。
どっちを選択しようとも、結局死は避けられないのか。
正直、白中とはまともな戦闘にならないどころか、一矢報いるようなことすらも叶わない。一分ともたず、俺は白中の前に倒れ伏すこととなるだろう。
……無論、恐怖心はある。もし戦わずに済むのであれば――そうしたくて仕方ない。
というかそもそも……どうして俺はけして勝てないとはっきりわかる、理不尽な相手へと挑まなくてはならないのか? こんなにバカげたことはない。
だが……だが…………。
それでも……戦いが避けられぬというのであれば……せめて最後の最後まで諦めたくない。
……だって、俺はまだ……生きてるのだから。
命が――魂がまだ煌々と燃えているのであれば…………一応やれるだけのことはやってみようと思う。
それになにより……だ。
「白中さん……確かあんた『長の部屋』でこう言ったよな……『白光流』は力が感じられなかった……って」
白中にとって鮮明な記憶だったのか、わずかにでも思い出す様子なく即座に答えた。
「覚えているとも」
「それじゃあ……ぜひともその言葉、訂正してもらう。なぜなら……」
俺は白中との間合いを意識し、じりじりと距離を調節するよう後方へと数歩下がる。
「『白光流』は無敵……なんでね」
そうとも。
『白光流』は無敵なんだ。〝弱い〟という非常に誤った評価をつけた白中。ここで野放しにすれば〝先生〟にも合わせる顔がないってものだ。
絶対に許さんぞ……。




