第三十三話 読みたくない手紙
なんだか時間を持て余してしまい、リビングで凝り固まった体をほぐすようにストレッチをしていたところ、スーパーの袋片手に光道が帰ってきた。そのまま台所に直行し、手を洗っている。
「光道、何を作ってくれるんだ?」
だが、彼女は俺の方とちらりと一瞥するだけで、黙々と作業に取りかかった。
まあ、光道は学校に自分で作った弁当を持ってきたので、料理が出来ることは知っている。……掃除に関しては危ういが。
家庭的なのかそうじゃないのかよくわからんな……。
それからしばらく経って、彼女の手により机の上へと料理が運ばれてくる。
「ラぁ~めぇン」
な、何だその言い方は……。
光道のよくわからないイントネーションの料理紹介に動揺が隠せない。
刻まれた野菜が放り込まれた、白い湯気が沸き立つ即席ラーメンしょうゆだ。早速一口、熱々な麺をすする。
…………うん、まあ……美味いな。
光道による完全手作り……ではないものの、これはこれで早く完成するし、確実に美味しいしで、特に不満はない。ラーメン自体好きだしな。
そこから気づけば、ひたすら無言で食べ続けていたらしく……完食して、遅まきながら俺は自分が食べ物に夢中だったことを自覚する。
「おいしかった? …………龍太」
「うまかった。思わず無口になっちまっ……た……よ?」
…………うん?
「なあ光道、今……。もしかしてお前俺のこと……覚えているのか? 昔一緒に遊んでいたこととか」
「覚えてる」
ど、どうしてだ⁉ 急に過去の記憶を思い出すなんて。俺の呼び方も昔のようになっているし……。
「龍太に言われた通りアルバムと手紙を眺めてたら……段々思い出してきた。……というか、どうして忘れていたのかよくわからない……」
アルバム……手紙……?
「そ、そうか……」
届いていたんだな……俺の最後の声。
――――いや正確には〝最後〟……ではなかったけど……。
「私……龍太に手紙まで書いていたのに……本当どうして忘れてたんだろう……」
光道は後悔するように額に手を当て、険しい目つきをしている。
「い、いや! いいんだよ別に、俺は気にしてないし……。それに…………もう、わかるんだろ?」
「…………うん」
俺は空になった食器を台所に持って行き、手早く洗う。
「ねえ龍太。もう一回あのUSBメモリーの中身、見てもいい」
「ああ……いいけれど……」
光道の記憶のどこからどこまでが頭の奥底に封じ込められ、その内どれほどの記憶を呼び起こしたのか……俺には定かでない。
だが……今の光道には、何か興味引かれる点があるのかもしれないな。
俺は二階の自室に保管してあるメモリーを持ってくると、光道に手渡した。
「はいよ」
「龍太も一緒に来て」
俺もか? 特に断る理由もないし、いいけれども……。
というわけで、そのまま光道宅にお邪魔することになった。
彼女の後を追って階段を上り、光道の部屋に。
「ねえ龍太……これ見て」
部屋に入り早速パソコンの電源を入れた光道は、どこからかさらっと自然に封筒を取り出すや……俺に渡してきた。
な、何だろう……この封筒を掴んだ瞬間感じた、全身を貫くような嫌な予感は……。
わずかに手を震わせながら、既に開いている封筒から中の手紙をつまみ出す。
……手紙だ。二つ折りにしてある。
俺はすこーしばかし目を薄め、いつでも現実から逃避できる準備を整えつつ……思い切って折り目を開く……。
白ちゃんへ
俺にはよく――
パンッ! と、まるで蚊を叩き潰すぐらいの勢いで俺は手紙の折り目を閉じた。
「こ、こ、こここここれって……」
このヘタクソな字の羅列、ま、間違いなく俺の送ったものじゃないか!
うっ、うう……うっわ……はっず……恥ずかしっ!
俺は自覚できるくらいに顔を赤くしておろおろする。
すると、そんな不審な動作をする俺を、光道は何やら無駄に意味ありげな目線でじぃ~っと見つめてくるではないか。
「こっ……こっち見るな!」
しっ、しっ、と光道のやたらと絡みついてくるような視線を手で追い払う。
だ、だが……ううむ。
……気になる。
一体過去の俺が何を書いたのか……現在の俺は覚えていない。自身が昔いかなる文章を書き記したか、やたらに好奇心がそそられてしまうのだ。
俺はうっかり手紙を取りこぼしそうなくらい小刻みに振動する両腕を気合いでどうにか押さえつけるや、意を決し再び手紙を開く。
白ちゃんへ
今、白ちゃんがどうなってるのか俺にはよくわからないんだけど。でも、もしなやみごとがあるなら、気分をかえるのがいいんじゃないかな。
たとえば料理とかいいんじゃない? 俺もひっこしてから自分で作らなくちゃいけなくなることがふえたんだけど、あんまりおいしく作れないんだよね。
もしやるんだったら、こんどあったら白ちゃんの料理食べさせて。
霧白龍太より
「う……うっ……うわああああああああああああああああ!」
俺はあまりの恥かしさに、精神の許容限界を大幅に超えてしまう。
えっ、ななななにこれ……。てかもっと漢字使えよ俺。光道はもっと漢字ふんだんに使用していたというのに俺ときたら……これじゃバカ丸出しじゃないか。あーもう俺のバカバカバカバカバカバカバカ。
というか読んで思い出したぞ……これ。
この手紙、光道からの〝誰かに見られている気がする〟という超真剣な悩みに対しての返答じゃないか。さすがに適当すぎるだろ……。
自分の学のなさに改めて絶望させられただけの手紙を、俺は厳重に封印するかのように、すぐさま封筒の奥の方へ押し戻す。
「こ、光道……これ返すぜ。ああ、ちなみに知ってるかもしれないが燃えるゴミの日は――」
「あとこれも見て」
俺の言葉を容赦なく途中でばっさり切り捨て、パソコン……のパスワード入力画面を指さす光道。
「どうしたんだ」
カタカタと、光道がキーボードを眺めながらアルファベットを次々入力していく。
「パスワードが〝りゅうた〟のアルファベットになってる」
…………。
「…………いや……これを教えられて、どう反応すればいいんだ……?」
「……龍太のことちゃんと思い出した証拠になるかと……」
パスワードをメモした紙の存在を俺は知っているのに、なぜ〝私、今までずっとパスワード覚えていましたよ〟みたいな自慢気な顔をしているんだ。意味がわからんのだが。
「わかったわかった。というか疑ってないって……。それより、早くやろうぜ」
「うん」
光道は、俺視点だと相当な手慣れた手つきでパソコンを操作しているように映る。
そしてメモリー内にある文章を開くと、早速目を通し始めた。
――それから数分。せっかくなので俺も光道の隣に座って一緒に文章を読んでいたところ。
「読んだ」
「そうか……で、何か気になることがあったのか?」
……………………。
光道独特、謎の間を生み出す。
だが、今の俺にはわかる。これは俺の言葉を無視しているのではなく、返事を思案している時間なのだ。
「ううん。気になることがあったわけじゃないの。ただ……」
「ただ?」
「……前、龍太に言ったこと、撤回するわ。これは……創作じゃない……」
俺はパソコンの画面からゆっくり眼を離すと、ちょっと感動しながら光道の無表情顔を眺める。
「ああ……ああっ! そうだとも! ようやくわかってくれたか!」
「でも私……『白き光』の偉大さに関して疑いはないわ」
…………なんでだ! くっそ……もうひと押し……まだ何か足りないっていうのか?
ぬか喜びであったことがわかり、俺はもどかしさにきつく拳を握りしめる。だが……。
「だけど……もし龍太が抜けろって言うなら……あの施設は抜ける」
えっ?
「よく考えたら、別に家にいたって『白き光』に祈りができないわけじゃないし。それに………………」
光道はどういうわけか、一瞬、俺から視線を逸らす。
「龍太がこの町に……元の家に戻ったのなら…………私も自分の家に戻るわ」
はあ。
最後の理由はなんだかよくわからない……いや待てよ。
光道は俺の家の冷蔵庫を開けて、すっからかんの中身を目にしてしまったわけだ。料理が出来る光道としては、俺が今後一人で食べていけるのか……昔のよしみで気にかけてくれてるのかもしれん。
「安心しろ光道。――これでも俺だって、多少は料理作れるんだぞ!」
俺は思い切り胸を張って教えてやる。自由自在とまではいかなくとも、ある程度なら俺でもやれる。それにも関わらず、全く出来ない男と思われたくない。
「…………」
「なっ……なんだその眼は……。ほ……本当だぞ! きょ、きょ、今日は……たまたま。そう、偶然にもそろえが足りてなかっただけだ!」
「…………」
どうしてか光道に無言の圧力をかけられた俺は、だらだら冷や汗をかくのであった。




