第二十九話 未知の生物
「よく来てくれたね……光道君」
長に対して光道は、ぺこりと、小さくお辞儀してみせる。
「光道君……早速だが君に尋ねたいことがある。どうして霧白君が『白き扉』の存在を知っていたか、ということについてなんだが……」
光道はしばしの間沈黙してから。
「…………霧白君は「前回『試練』を行った者から受け取った」と発言しました」
もし両手が自由な状態なら、間違いなく俺は頭を抱えていたことだろう。それが出来なく残念だ……。
「ありがとう光道君……」
これで、解放されるという望みは断たれてしまった。
「長。一つ質問してもいいでしょうか?」
「ああ、構わないよ光道君」
「彼……霧白君は、この後どうなるのですか?」
活路という活路を残さず削がれ、失意の底へと叩き落されていた俺だったが、ふと顔を上げる。
「霧白君は……立ち入りが禁じられた『白き扉』の先に向かってしまった。だが……もし彼の行いを『白き光』が受け入れるのであれば……我々もその意思に従おう……」
白き光……許す……。一体誰が、俺を許そうってんだ……。
「つまりだ……彼はこれから『試練』に直面する……というわけだよ、光道君」
‼
――きた。
きたきたきたきたきた。
『試練』
それは現時点で事実上、死の宣告と同義。
内容は不明だが、『試練』という名目の何かに挑戦した者は…………死ぬ。
〝死〟
死ぬ……? 死ぬ、のか……俺。こ……こんな……ところで?
「そしてだ…………光道君。奇遇なことに私も一つ聞かなくてはならないことがある」
話の雲行きが……わずかに怪しくなる。
「私は霧白君が『白き扉』に向かった……と君に伝えた。だが……けして中に入ってまで確認してくるように……とは、指示しなかったはずだが?」
「それは……………………」
止まった。光道は口を半開きにしたまま、黙り込んでしまう。
「どうやら……瞳に紅い色が差し込み始めているようだね、光道君。だが……不安を感じる必要はない。『白き光』を信じる強い意思があるならば……君の瞳は、再び白くなるだろう」
「……はい」
「では、廊下で待機していたまえ。光道君が『白き光』に包まれるように……」
わかりました――そう言い残した光道は、俺をちらりと一瞥してから大人しく部屋を後にしていった。
「――さて、霧白君。君には『試練』を受けてもらう」
長は自分の足元に手を伸ばすと……机の陰に隠れていた、握りこぶしが開け口を通過しそうなくらいに大きめな透明のビンを一つ取り出した。
…………なっ、何だよ…………あれ……。
透明な液体が満たされているビンの中に――何かが浸けてある。
全長は目測で二十~三十センチくらい。フタを開けた長は、その何かを液体から掴み上げた。
外気に触れた途端、今までピクリともしなかった〝何か〟が……まるで陸に打ち上げられたばかりの魚のように、激しく蠢き始めた!
これまでの人生で、けして一度たりと目撃したことない未知な生き物であり……なんとも奇妙な形をしている。それでも何かに例えるとするなら……ワニ……だろうか。
小型の……一応はビンにはいるサイズのワニ。
だが異なる点は多く……ワニの特徴であるはずの丈夫な鱗は一切存在せず、全身は薄い桃色をしていた。それはまるで、全ての生皮を剥がされてしまったみたいな……生々しい色、照り方、ぶにゃぶにゃした皮膚……をしており、正直あまり好ましい印象は抱けない。
また、手や足、眼、耳、鼻……にあたる部位が存在していない。刃物等で切断されたような形跡も窺えないので、元からあの姿の生物なのだと思われる。
そして……一番特徴的なのは歯だ。長は現在おそらく……尻尾……のような部位を握っているが、そこから下に伝っていった先には、大きく長い口があり、口内には細かなノコギリ状の白い歯がびっしりと並んでいて――これが『ワニ』と例えた最大の要因だ。
さ……さすがに……気味が悪いにも限度があるだろ……。
「霧白君……君は…………この生き物をどう見る? ……どう評価を下す?」
評価……だ……と。
な、なにを……どう評価すれば……いいってんだ?
「どうやら答えあぐねているようだが……私ならはっきりこう言うだろう――「醜い」……と」
その時だ。突然、白中が手を挙げた。
「唐突だが……一つ、私から霧白君に尋ねたいことがあるんだが……いいかね?」
「……ああ構わんさ。時間は……たっぷり、あるのだから」
「なに、退屈するような話ではないと思うがね……。霧白君、私と集会所で争った時、君が使っていたのは……『はっこうりゅう』だ。違うかな?」
すると、白中以外の二人――長、ともう一人の付き人が、緩慢な動きで顔を向かい合わせる。それから、改めて拘束されている俺の方へ首を曲げたかと思うや。
「「ふっふっふっふっふっふっ…………」」
笑い出したのだ…………快活さとは程遠い淡々とした。
「反応からして間違いないようだ、霧白君」
動揺が顔へ滲んでしまっていたらしいが……まさか正確に『白光流』の名まで指摘されて驚くなと言われる方が無理ってものである。
「情報としてはあったが、あの独特の技や動きを目にすることができるとは……中々貴重な体験だったよ。いささか情報とは違って随分と力は感じられなかったがね。それに刀を使用していない………。ああ……私からはこれだけだ」
今の一連の流れはなんだ? なぜコイツらは『白光流』の名を知っている?
しかし、それ以上の思考はただちに中止せざるをえなくなる。
長が奇妙な生き物を片手に、俺のかたわらにまで歩み寄ってきたのだ。
体の全身という全身を隈なく一挙に冷ややかな緊張感が駆け抜ける。
「『試練』の内容は簡単だ。この生き物に噛まれるだけでいいのだから……」
く……来る……少しずつ俺の固定された右腕へと迫ってくる。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
生皮剥がされた子ワニのような生き物。自然と俺の眼光は見開かれ、恐怖で呼吸の規則も激しく乱れる。
何度も……何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……腕を暴れさせるが……ガシャンガシャンと虚しい音が鳴るだけで、固定は堅牢。けして外れない。俺のもがきは全て徒労……。絶望の色をただただ深めていく。
「個人差があり君が集会で目撃した男はすぐだったが……普通はまず数分で視界が……」
な……何の……話、だ……?
「さらに数分で鼻が……さらに数分で耳が……さらに数分で体が……さらに数分で……」
どうしてか……不自然に話を区切る長。
そして――。
手に握られた生き物の口が裂けんばかりに縦へ開口され――――噛みつかれた。
一瞬……〝キーン〟という超高音の耳鳴りが、閃光のように通り過ぎた。
……そう、認識した瞬間。
「あぁ……あっ……ああぁあああああぁぁあああああああああああぁぁ!!!!!」
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
突如、壮絶な激痛が俺の体を容赦なく蝕み出す。
まるで全身激しく引火したごとく……焼けるように痛むのだ。
「さて……霧白君。我々としては〝知ってもらって困る〟ことを君は知ってしまったわけだ。……ここで、君の今後のシナリオを説明しよう。君は自宅で『自殺』したことになる」
――もう用はなくなったとばかりに、俺の両腕に装着されていた拘束具が付き人二人によって解除される。
「この生物の利点はいくつかある……。噛まれてすぐではなく、しばらく経った後に死ぬこと。その間、相手は抵抗できないこと。他殺という証拠を残さないこと……。そして……」
俺は苦痛に顔を歪ませる。ただちに倒れこんでしまっても不思議ではない。
「本来、このまま死体は集会所で再利用されるのだが……君は信者でないから、ここで死なれても困る…………いや」
だめだ……意識が少し朦朧としてきた。話を集中して聞いていられない……。
「むしろ喜ばしいことだが……もうそのように計画してしまったからね。信者でない君は、一応公的な死亡を確認されてもらえた方が、我々としては都合がよくてね……」
俺は長の付き人達に両肩を掴まれるや、強制的に扉の外へと引きずられていく。
「さよなら霧白君」
バタンッ!
冷たい感情すら含まれぬ長の無感情な瞳を見たのを最後に、『長の部屋』の扉は音高々と閉ざされた。




