第二十三話 エレベーター
「……………………」
絶句した。
四歩くらいで奥の扉にぶつかるくらい短い、一本道の廊下。奥の扉以外にドアはない。
奥に……俺のすぐ眼前に、唯一存在している白い扉――――。
扉には張り紙が一枚張ってある。
ノート……くらいのサイズの張り紙には、黒いマジックで殴り書きしたみたいな感じに一筆、こう書かれていた。
『白き扉』
「…………………………………………………………………………は?」
えっ? えっ……? えっ?
困惑。
ほ……本当にここなの?
入っちゃいけない部屋……でしょ? 黒いマジックで……白き扉……って。
〝雑〟――この不可解な状況を表すとしたら、とにかくこの一文字に尽きる。字はいささか丁寧さに欠けているし、加えて文字全体が微妙に右斜めへ歪んでいる。
罠…………か? 罠なのか……これ。
ごくり……戸惑いを隠せない中、俺は生唾を呑む。
そして、ゆっくりと扉のノブに手を置き……慎重に捻った。
確かに罠という可能性も十分に想定されるが……現状『白き扉』に関する手がかりは眼前の扉以外に皆無であり……やはり、確かめてみる他ない。
「あ……開いた……」
カギはかかっていなかった。また室内から人の気配も感じられない。
俺は勇気を出して扉をさらに開くや、室内へと恐る恐る忍び込んでいく。
暗いな……薄暗い……。
蛍光灯が天井で一本輝いている以外に光源はない。しかも、その頼みの綱とも呼べる蛍光灯は、しばらく取り替えていないのか照度がだいぶ弱まっており、時折点滅したりもする。
そんな弱々しい光に照らされる室内。内装がこれまでの施設内の法則とは異なっており……壁が白ではなく灰色。なんの意匠も施されていないコンクリート壁がむき出しだ。
そしてこの空間では異質な存在――白い『電話機』が一つ、俺の腰ほどの高さまである長方形をした木の台座の上に、ぽつんと置いてある。
とにかく部屋には一切の装飾がなく……その様はまるで未だ工事の途中であるかの印象を与える。学校の教室よりも一回り狭いくらいの空間で、コンパクトな広さ……とでも表現すべきか……。
電話以外の物は何一つ設置されておらず、ただ俺の眼前に白いエレベーターがまるで入室者を待ち構えるみたく、静かに鎮座していた。
――俺にメモリーを渡した男の記述と、概ね異なっている箇所は見受けられない……か。
エレベーターすぐ近くの壁に埋め込まれた逆三角形ボタンを押す。すると、すぐにエレベーターの扉が左右へゆっくり開かれていく。
「乗ろう……」
俺は誰に伝えるでもなく、そう独り言を呟いて中に乗り込む。
エレベーター内は、五人くらいの成人男性が乗り込めば満杯になるくらいの空間になっており、シンプルにもスイッチは『B1』『F1』と表示されたボタンと『開』『閉』のボタンの計四つしかない。
どうやらこのエレベーターは緊急時のことを想定してないらしいな……。
体感数秒とかからないくらいの速さで、あっという間に目的地の地下一階に到達する。
広さ、内装、上の無機質な部屋と基本的にはほぼ同じ。ただし、三点ほど異なる点が存在している。
一つめは、灯りが赤いこと。部屋を照らす光源は天井四隅にパトカーのランプを幾分か薄めたみたいな赤い光が灯っているだけである。
あんまり明るくない……。どうして普通の明かりをつけなかったんだ……。
二つめは、電話がないこと。
そして三つめ。それは壁一面に設置されている、俺の身長よりも背の高い棚。その全ての棚には……綺麗に整列させてある、目薬のような容器が所狭しと並べられていた。
壁際に設置されている棚――その内の一つに、一枚の張り紙が貼ってあることを俺は発見した。近づき文字を確かめてみると……既視感というか、ついさっきも目にしたような雑な字が黒いマジックで書かれていることが判明する。辺りが薄暗いのも相まって、やたらと読みづらい。
そこにはこう記されている。
『復活の薬』
………………。
どうしてしまったのだろう『白光神援教』さん。色々と忙しかったのか、ここで息切れしたとでも言うのか?
「……そ、そうだ……写真……」
先ほどから緊張の連続だったので、もはや俺の体の一部のようになって存在をすっかり失念していた学生カバンをようやく思い出す。
俺は肩からさげていた学生カバンを開けると、中からカメラを取り出した。
「フラッシュにすれば写るかな……」
まさか被写体のある場所がこんなに暗いとは想定外だった。しっかりと写真に収められればいいのだが……。
三枚ほど撮影してから鞄に戻す。続けて、棚の奥の方から二本の『復活の薬』を抜き取ると、一本は鞄に、もう一本は制服のポケットにしまい込んだ。
本当のところ、何十本かまとめてごっそり持ち去って行きたかったが……さすがにそれは見つかってしまう可能性が高いので自粛しておく。まあ、二本あれば問題ない……と、信じたい。
チーン。
‼
突然室内に鳴り響く高い音に、本日何度目となるか、俺の心臓が跳ね上がりそうになる。
「……」
エレベーター……稼働している……?
「はぁ……はぁ……」
やたらと自分の呼吸音がうるさい。必要以上に耳へと伝わってくる。
〝長〟だ。間違いない。
他の信者はこの部屋を訪れることはない。なぜなら、けして入ってはいけないと言いつけられている――。
「か、隠れ……」
しかし、俺のわずかな望みは一瞬で潰える。
こんな狭い部屋で、身を隠すところ場所などどこにあるというのか。
俺の足が自然と一歩……二歩……と後退していく……が、すぐに右足の踵が棚に触れる感触。〝もう後ろに下がれない〟――その事実が追い打ちをかけるように更なる絶望をもたらす。
怯えの色を瞳にたたえ……どうしようもないままにエレベーターの扉を見つめる。
そして……エレベーターがゆっくりと左右に開かれたかと思うと、中から人が現れ――。
「…………」
なっ……な……んで……?
俺は驚愕した。現れたのは長ではなく――全く予想外の人物だったからだ。
詰まりそうになる喉を無理にでも引き絞るように……俺は声を発する。
「こ……こう、……ど……う?」
そこには、一人たたずむ光道の姿があった――。




