第二十話 決意
さてさて。
教室に流れる数学教師の声を右から左に聞き流しながら、俺は頬杖をついて何とはなしに黒板を見つめていた。
『白光神援教』
さすがに……雑な対応すぎませんかな『長』さん。
交通事故で家族を失い、その後誰かに監視される日々が続く……。そんでもってしばらくすると誰かに助けられ、さらにさらにその後宗教に……『白光神教』に入信する。
この一連のパターンが起こる確率はどうやって求めればいいのかな? 何人の統計が必要か、いっそのこと俺の眼前で黒板に板書している数学教師にでも質問してみるか?。
……と、冗談はさておき。
〝あの組織の信者の増やし方はヤバイ〟
物理的――交通事故で狙った人物の人間関係を消し、孤立化させる。
そんでもって追い打ちをかけるように不安な気持ちを高めるようなことをして、いよいよ精神的に参って通常な判断に支障がでる状態にまで持ってきたところで……助ける。
そして、一気にターゲットの信頼性を高めて心理的な壁を取り去り、入信に導く――――以上が事の真相といったところか。
また、光道が過去を思い出そうとする度、苦し気になるのは……恐らく〝過去を思い出すな〟と入信後、信仰心の妨げにならないよう徹底的に指導されているのだろう。少しばかり過激すぎる方法でを獲得する『白光神援教』なら、過去を思い出させないように何らかの教育をやってのけると考えるのは、そうおかしなことでもないはずだ。
横目でそっと光道の様子を窺う。綺麗な姿勢で椅子に座り、熱心にノートへ黒板の文字を記入している姿は極めてごく普通な一、女学生としか思えない。
…………やっぱり、あの作戦でいくかな。
光道の手紙で『白光神援教』の異常さを改めて……いや、さらに強く実感した俺は、昨日光道の家で密かに練っていた作戦の実行を決心するのであった。
作戦――なんて、仰々しい感じもあるが、実際その内容は単純…………いやもっとふさわしい表現を選ぶとしたら……〝ごり押し〟だ。
あの施設に潜入して『復活の薬』を入手。そして、それを光道の眼前に突き出す。
光道の心を揺り動かし、組織よりも俺の言動を信じてもらうためには……これを見せつけるぐらいしか、現状方法はないだろう。少なくとも物的証拠を示せば、あの男のメモにさらなる信用性が生まれるのは間違いない。
「はぁ……」
自然とため息がこぼれる。
そりゃそうだ。
いくら相手がどれだけ怪しげな団体だろうと……窃盗だぞこれ。
他に何かが代替案がないか、もちろん検討はした。
だが、どんなに思案していくつかの方法を検討してはみたものの、石のように固く柔軟性に欠ける俺の脳では、どうしてもある課題に突き当たってしまい……それを超えることが出来ない。
それは〝信者が誰かわからない〟――という問題だ。
例えば、今教壇に立って数学を生徒達に教えている三、四十代くらいの男の先生。
一見、おかしな点などかけらも存在しない、普通の先生のようだが……もし彼が『白光神援教』の信者だったとしたら?
つまり、誰が『白光神援教』信者かわからない……となるわけだ。
仮に「そんな信者、そうめったにいないだろう?」 ……と、高を括って警察なり先生なりに相談してみて、もしそれが信者だったなら……最悪の場合、誰にも事情が広まらないどころか、俺は交通事故に巻き込まれてこの世を去る結末を迎えるかもしれない。
それは――――とてもマズい。
なぜなら、俺が死んでしまうと〝誰が光道を助ける?〟という話に繋がってしまうから。……いや、そもそも普通に死にたくはないが……。
現在光道には両親がいなければ祖父祖母もいない。交友関係も……知る限りではなさそうだ。
昨日誰が電気代等の金を払っているのか光道に尋ねてみたところ「よくわからないけど、たぶん過去一度だけ会ったことのある親戚だと思う」……だそうだ。それ以上深く親族関係を聞くのはやめておいたので、詳しい事情はわからないけど……。
つまり、たった今光道に親身になってやることができ、かつ『白光神援教』についてその異常性をある程度認識している人物、加えて確実に『白光神援教』信者ではない者――この条件に当てはまる人間……残念ながら現時点で俺以外にはいないだろう。
と、自己正当化……自分のやることがいかに正しい行いなのかと自分に言い聞かせるのはこの辺りにしておいて……。
〝善は急げ〟ということわざもある。
決行は今日だ……。
俺は爪が皮膚に食い込むほど右こぶしを力強く握りしめ、覚悟の炎を瞳に灯す。




