第十四話 掃除
というわけで、俺の希望通り光道家の清掃が開始される運びになった。
「まずはカーテンと窓を開けるか。俺は一階、光道は二階な」
「それなら簡単」
「いや……窓とカーテン開けるのに簡単とか……って、まあいいか」
階段を上がっていく光道をしばしの間見送ってから、居間に入る。
…………うーむ。
記憶上では……たぶんそんなに俺の引っ越す前の家具配置と変わってない……と思う。自信はないけど。
早速カーテンと窓を開ける。
暗いと明るいとで、部屋の印象って結構変わるな……普段生活する上ではあまり意識しないが、他人の家だと強くそう感じる。
そうして室内に日光を取り入れていたところで、陽光の差し込む先――棚の上に倒れた写真スタンドがあるのを発見した。
起こすと、そこには光道家の自宅前で撮影された光道の小学校低学年の頃の姿、その横に一組の男女――光道の父親と母親の姿が写り込んでいた。皆、まばゆいばかりに煌めく笑顔を――例の施設の住人と比べると、それはそれは自然に浮かべた、人間らしい笑顔があった。
とても良い、家族の一場面であるこの写真。しかし、一点ばかり残念な部分が存在する。
若干ブレているのだ。
「げっ!」
そして思い出してしまう。この写真……俺が撮ったものであるということを。
はあ……。まさかこうして飾る用として使用される写真だったとは。もし、その情報を前もって耳にしてさえいたら、幼いながらもっとピントの合う写真を心掛けただろうに。
…………それにしてもだ。まさか……この二人が死んでしまうとはな。俺も小さかったが、よく気にかけてもらったことは結構くっきりと思い浮かべられる。
――そうだ、段々思い出してきたぞ。
案外、記憶なんてものは、ある一つのきっかけさえあればすんなり出てくるものだな……。
俺と光道は昔よく遊んでいた。
家が隣、子供も同年代――そんな環境だったこともあり、自然と光道家と霧白家の家族ぐるみの付き合いは頻繁に交わされていった。
例えば、どちらかの親が家を空けなくてはいけないときはもう一方の家でお泊りになったり、遠出するときもよく一緒になったり。
そういえば……もとから光道はあんまり表情豊かなやつではなかったな。
……でも、俺が引っ越すときには珍しく泣いてたっけ……。普段とのギャップのせいか、その表情は俺の中で割とはっきり印象に残っている。
それで光道は泣きながら……泣きながら……ええと……。
何かを言ってたような……。こう……喉元までは出かかってるんだが。
ガタンッ‼ ガタガタッ! ダッ、ダダン!
…………。
強制的に回想を打ち切られた俺は、つつー、と額から冷や汗垂らしながら、音源方向である天井を見上げる。
「おいっ、どうし……た……」
階段を急ぎ足に上っていくと……それはそれは器用に掃除機のホースへ右足首を絡ませた光道が、廊下でうつ伏せにすっ転んでいた。
しかも〝なんでそうなるんだよ!〟と俺のツッコミ待ちなのか思わず疑いたくなる恰好だ。具体的にいうと、足とセットでスカートも掃除機のホース部分に引っかかっており……思い切りスカートをズリ上がらせているという謎の状態。
こうして不可抗力ながらに、蛍光灯の白い光に照らされた光道の〝まるい〟お尻とその透明感ある白い肌を包み込む、シンプルなデザインの純白のパンツを目撃してしまった。というか、いつかどっかで目にしてしまったのとほぼ同じ構図じゃないか。
「こぉ! こここ! こうど……! な、なにやってるんんのじゃあにぃ!」
自分の頬が沸かした湯のように熱くなっているを実感しつつ、俺は慌てて光道の横側にしゃがみ込み、ヘビのように絡みつくホース部分を足から引き離してやる。
解放され、ゆっくりと状態を起こした光道は、そのまま無駄にいい姿勢で正座してから俺に首を向ける。
「ありがとう」
「はあ……心臓に悪いぞ……」
段々理解し始めたが、どうやら俺という人間は相当『女子』という生命体に対する免疫が低いらしい。アクシデント時の慌てぶりがとにかく半端ない……反省せねば。
きっと女子に慣れきっている都会の男は、もっとこんなに焦ることなく、紳士的な対応が行えるのだろうなぁ。俺も早くその領域に達して〝スマート〟な男になりたい……。
「掃除機……必要と思って……」
「……そりゃあ必要だな。……ま、まあ、次からは気をつけてくれよ」
すると――まるで「……嘘!」とでも言わんばかりに、普段よりもわずかに目を大きく開いた光道は掃除機に視線を配り……俺へと戻す。
「霧白君……『掃除機』は、知ってるの?」
「……バ、バカにすんなしぃ! たしかに『スマートフォン』も『USBメモリー』も知らなかったけど……で、でも、だからって何でもかんでも機械知識が乏しいと思ったら大間違いだからな! 本当だぞ! ほ、ほら、『パソコン』は知ってただろ?」
――というか、今のお前の言い方だと、もともと俺が『掃除機』を知らないという前提で「必要と思って……」などと発言したことになるのだが……。さてはちょっと俺をバカにしているな?
「…………掃除、しよ?」
「な、なんだそのジト~っとした眼は……むしろ俺がその眼をしてやりたい……って、もういいや。ほらやるぞ!」
その後、掃除機かけたり、雑巾がけしたり、光道が掃除をするため何らかのアクションを取ると、何故か二分の一の確率で逆に汚くなったり……と、なんやかんやとドタバタがあり、掃除は俺の予想よりだいぶ時間が削られる作業となった。
……その結果、もうすっかり空も暗闇に覆われてしまっており、ふと星が夜空にひっそり輝く姿を視界に収めた時は、軽いショックを受けた俺である。
「光道……門限とか……大丈夫なのか?」
「門限はないの。ただ『光』ある時に帰るのがルール。だから今日はもうここに泊まる」
「日が昇っている間……ってことか?」
こくん、と小さく頷きを返す光道。
まあ『白光神援教』『白き光』――と、ここら辺の単語を鑑みるに『光』とか『白』とかを大事にする宗教なんだろうとは…………何となく予想がつく。
「それじゃあ、パソコン立ち上げる」
居間のソファ―に座って、俺が家から持ってきた『白光ドリンク』の作成を本来の目的として購入していた牛乳を飲んで一息ついていた光道は、そう俺に告げるやコップに残されていたわずかな牛乳をいっきに全て飲み干す。
…………立ち上げる?
あれ? 『パソコン』って……何か調べものをしたり、計算したり、メールのやり取り…………が、出来る機械、と説明を受けた記憶が……。
パソコンって――〝足〟あったっけ……?
「もしかして…………足の部分は食べれるのか?」
………………。
「私の部屋にあるやつね」
「……えっ! あっ、ちょっと……光道?」
なぜ彼女は俺を無視してさっさと先に行ってしまった。謎だ……。




