第十三話 訪問
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「それで、霧白君。光道さんにプリントは渡してくれたかな……実はまだ、光道さんから進路調査票を預かってなくて……」
放課後、俺は担任からの呼び出しをくらっていた。
「ええ、確かに渡しました」
「そ、そうですか。それはよかったです……その、ええと……」
若い大人しめな女性教員は、何かを言いづらそうに口をむずむずさせながら下を見たり、何かを期待するような目線でちろちろと俺の方を眺めてきたりする……が、残念ながら先生の意図を未だに察することの出来ない無能な俺に観念したのか、再び口を開いた。
「あ、あの、ですね……どう、でしたか、光道さんのお宅は……。光道さんは自宅でも元気そうでした?」
「……それは……どういうことです?」
「いえ、その……彼女……あまり人と接するのが好きじゃない子みたい。だから、元気かな……と」
イマイチ先生の言葉は、はっきりとしたものではないが……つまるところ俺は〝偵察に出された〟という解釈でいいのだろうか。
きっと光道が教室で一人なのは、つい最近になって始まったものではない。
で、いかにも新人らしいこの先生は、そのような孤立した生徒を心配した……というわけなのだろう。
だが、へたに生徒の私生活に踏み込むわけにもいかないし……というジレンマに苛まれていたちょうどそんな時、光道家のすぐ隣に住む俺が都合よく現れた。そこで『進路調査票』という名目のもと偵察に駆り出したのであった、と。
「いつも通りでしたよ」
先生。光道は元気とか、元気じゃなかったとか……もはやそのレベルを通り越してましたよ――などと、この何とも気の弱そうな先生に素直に伝えてしまったら……ショックで倒れそうな気がする。
というわけで……ひとまず「いつも通り」と無難な返答にとどめた俺である。やはり、都会というフィールドは俺に空気を読むという力をつけさせているようだ。
「そう。……これからも、光道さんと仲良くしてあげてね」
俺がこの家を――幼馴染、光道白紗季の自宅を訪問するのはいつぶりだろうか。
「なあ、普段は帰ってないのか、ここに」
「……記憶では……中学一年生以来だったと思う」
ということは……三年ぶり? くらいの帰宅になるのか、光道にとっては。
確かに、玄関にお邪魔するとそれなりの年月が経っているというのが分かる程度、靴箱に……廊下に……と各所ホコリが積もっていた。
「たまには掃除しないとな……」
「……私……掃除苦手だから……。施設でも最低限のものだけ揃えて、なるべく物が散らからないようにしている」
言われてみれば、絵本も本棚ではなく机の上に置いてあったな……学校で使用する各種道具類も床に散らばっていたような……。
光道が壁のスイッチを押すと、薄暗い廊下に光が灯る。
どうやら電気は通っているようだ……誰が電気代払っているのだろう。
「それと……」
〝はっきり言うか〟〝黙るか〟……俺と会話している時の反応がほぼこの二つきりだった光道が、珍しくも途中で言い淀み……ややしてから話を再開する。
「帰りたくない……帰ってはいけない……って気分になるの。家の近くを通るたびに……」
「…………そうか」
これ以上深く尋ねるようなことじゃあなさそうだな。俺の両親はまだ健在であり……今の光道の心情を深く推し量ることは、そう易々と出来るもんじゃないだろう。
光道は廊下に一歩進み出てから、こちらを振り返る。
「行かないの?」
「ああ……その、さ……」
俺は、ほこりのかぶったフローリングのこげ茶色廊下を指さす。
「掃除……しないか」
「掃除?」
「『白光流』は……というか、たぶんどんな武術でもそうなんだろうけど……道場は取りあえず綺麗にするものなんだ。特に、この家の廊下の色は道場の色に似てて。だから……こう、気になるんだよ」
「……でも、さっき言った通り……掃除は苦手で……」
別に俺は潔癖症ってわけじゃない。多少汚い場所だろうとも大して気にならないタイプの人間だと、自分を位置付けている。だけど今回は例外。理由はなんとなく。
「まあ、でもあんまり帰らないんだろ? なら、たまにはいいんじゃないか? 俺も手伝うし」
………………。
「わかった」
光道特有の――謎の間を生み出したかと思えば、彼女は意外にすんなりと了承した。




