第十二話 可能性
怪しげな宗教施設から自宅まで無事帰還を果たせた俺は、まず『白光ドリンク』を飲んでほっと一息つく。
施設で目撃したあれこれを警察へ伝えに行くべきか……と、ひとしきり悩んだ末、現状報告はしないという結論に達した。
もしタレこみが宗教団体にバレたとなれば、まず間違いなく俺は発信源候補として疑われるだろう。そうすると、俺を誘った光道にも責任が生まれてしまう可能性があり……一体どんな処遇が課せられるか、わかったもんじゃない。
そして何より――。
〝なんて言えばいいんじゃああぁい‼〟
……という話だ。
『確かに僕は横たわるその人が死体であると確認しました。でも突然蘇って……と、思ったら、しばらくしてまた死んだんです!』――とでも伝えようか。
そんなこと言ってみろ……きっと、苦笑いされながら、いくつかの精神病院を紹介されるだろうさ。
〝死んだ人間が生き返る〟
こんなこと、現実としてあり得るのか?
翌日、登校した俺は図書室でいくつかの書物を手に取り、そのようなことが本当に起こりえるのか調べてみた。
すると、死亡診断が下されたはずなのに、その後突如として息を吹き返した……という事実は世界のどこかで実際あったらしい。それも一回だけという話でなく。
また世界には〝人を復活〟させたり〝死体を動かし〟たり〝死体を甦らせ自分たちの意のままに操った〟――という民族や宗教の存在もあるらしい。こちらは少し信ぴょう性に欠ける内容でもあったが……。
だが、例えオカルトめいた情報であったとしても、それを完全にあり得ないと断定して無視することは、今の俺にとって容易に出来るものではない。
なぜなら…………眼前で死体復活が行われてしまったからに他ならない。
また、図書室にて俺は何らかの神秘の力が作用した……以外の、別の可能性があることも知る。
『マジック』――手品、だ。
どうやら宗教の信者を増やしたり信者の信仰心を厚くするために、いわゆる『奇跡』と一般で呼ばれるような技を見せつけるのが手っ取り早いらしい。
しかし、それだと謎が残る。
確かにあの人が死んでいた……ということだ。
ちなみに、あの男が〝仮死状態〟であり俺は騙されていた……という説は考えにくい。
そもそもどうやったんだという話であるし、仮に仮死状態だったとしても、わずかな量の、何らかの『液体』をごく少量口に含ませるだけで、なぜ数秒と経たず蘇る? しかも三分くらいで効果が切れたのか再び死んでしまった。
俺はけして医療技術に詳しいわけではないので、もしかしたら世界中を探し回ると、人間を短時間ながら仮死状態にする技術もあるのかもしれない……冷凍保存とか。だから百パーセントありえない……とは言いきれないが……いや、でもやっぱり少し考えにくい。
なら、こんなことはありえないだろうか……俺の勘違い、だ。
あの時の俺は激しく狼狽していた。首から脈を感じ取れないというのは単なる思い込み、ただのマヌケな勘違いだった……という線は? あり得なくもないことだ。
いや、本当にそうかもしれないぞ。
そう言えばあの時、俺は首に手を当てたが……もしかすると手首で試したら違う結果だったんじゃ……。
……あれは全て手品であった――そんな結末であって欲しい。そうであるなら、単なる俺の勘違いだったとしても全く構わない……いやむしろ、そう願いたい。
それなら、例え宗教団体に騙されていたのだとしても……大して気にしないのだが……。
教室に戻った俺は、一人自分の席で昼ご飯を食べている光道を横目で盗み見ながら、自分の席に着席した。
正直、光道の見た目はクラスの中でも結構可愛い方だと思う。少なくとも、一定の男子人気は得られそうな容姿じゃないだろうか。
にも関わらず、だ。こうして誰の輪にも混じらず、一人静かに昼食を頬張る様は……彼女から発せられる、こう……何か近づきにくい雰囲気があるから……だと思う。まあ、実際だいぶ危険そうな団体と関わりを持っていたわけだがな。
「昼ご飯……ないの?」
「へ?」
「こっち……じっと見てたから」
いつの間にか、俺は光道の食事風景をまじまじ観察していたらしい。
「少しわける? お弁当」
最近よく利用する非常に便利なお店こと、コンビニエンスストアで購入したパンをすでに図書室前にて数十秒程で平らげており、腹が減っているわけではない。
だが、分からないのは光道の思考だ。女子……というか、そもそもこの学校の人間で俺にこんなことを提案してきた人はいない。それを平然と、何の気兼ねもなしに行おうとする光道がよくわからないのだ。
「はい、あーん」
「えっ、ちょ、ちょちょちょ……」
まだ俺がうんともすんとも返事していないというのに、光道はおもむろに白い箸で弁当から白米を掴んだかと思うと、そのまま俺の口元に運んできたではないか。
慌てた俺は、思わず少し身を引いてしまう。そのせいで光道の目測がずれたのだろうか、それともただ驚いただけか……箸からこぼれたご飯が俺の腰元に落下。空になった箸だけが、そのまま口の方に近づいてきて……ぴたっ、と俺の左頬に接触して停止した。
…………………………。
謎の間が発生。
「ごめん」
「いや、いいけどさ……」
なんかやっぱり……よくわからないヤツである。
「なあ、その弁当って光道が作ったのか」
「そうだけど」
コイツ、『料理』するのか。
なんか勝手なイメージで、あの施設で暮らしている人の食事は「施設で配給されるものしか食べちゃダメ!」……みたいな決まりがあると思い込んでいたので、正直意外だ。よく見ると弁当の中身も美味しそうで、一定の料理の腕があるように見受けられる。
すると、光道は俺のズボン目がけ手を延ばしてきた。
「待て」
だが、それを俺は宙で制止する。それから自分の手で、俺はズボン上に落下した白米を取り上げ机の上に置いた。
光道の親切心は大いに嬉しいが……予想外のハプニングを招くことがこれまで多々あった。今回のように事前に気づけた時は、なるべく予防を意識しつつ自分で行動を起こすことに努めなければ。
「うん?」
ご飯を取り上げる時、俺の指先に何かが触れた感触があった。
おかしいな。俺はズボンのポケットに何かを入れた記憶はないのだが……。
確認すべくズボンのポケットに手を突っ込んでみると……何かが出てきた。
「何だこれ?」
縦三~四センチ、横一センチほどの長方形の白い物体。上部だと思う方にはフタがついており、手で引っ張るだけで簡単に外れた。中からは銀色をした四角い何かが姿を現す。
「あれ……こんな食べ物入れてたっけな……ポケットに」
「それはUSBメモリー」
俺の疑問に対し、すぐに光道が回答をくれる。
「USBメモリーって何?」
「データを保存できる。パソコンを使えば中を見れるよ」
へえ、そんなものがあ…………って、あ。ああ……。
あああああああああああぁぁ!
心の中の絶叫と共に、脳裏に昨日の一幕が瞬く間に駆け抜けていく。
自殺した男と生前、激突した俺は〝受け取ってください〟の一言と共にポケットに何かを入れられたのだ。
「でもパソコンなんて持ってないし……。光道、学校でパソコンが使える場所ってないのか?」
「パソコン室がある。けど、普段は鍵がかかっていて授業以外では入れない」
くっそ……入れないのかい……。
「それ以外には……どこかないか?」
「ない」
きっぱり光道に宣言されてしまい、がっくりと肩を落とす俺。
それは困ったな……。こうなったら誰かの家に行って使わせてもらうしか……。
だが……それは望み薄だ。
普段から全く話していない男からいきなり「ねえ、君の家にいってパソコンを使わしてくれない?」などというふざけた願いごと、付き合ってくれる人がいるとは想像しづらい。
「なら…………私の家に来る? パソコンあったけど」
ピクッ、とその言葉に背筋が思わず硬直する。しかし、すぐに元のよう椅子に腰かけなおす。
「い、いやあ、申し出はありがたいんだけど……あの施設にはちょっと行きづらい……」
というか、俺へ密かに渡したというのに、例の宗教団体内部でその内容を閲覧するというのは、相当リスクが高い行動……というか、ただのバカである。
「違う」
短く、そう否定した光道のやたらと艶めく漆黒の瞳を、俺はまじまじ覗き込む。
「私の家……実家」




