第十一話 長
集会所より一つ上階である三階。廊下をしばらく進んだ先で俺の視界に飛び込んできたのは『長の部屋』――と記された何ともわかりやすーいプレートの取り付けられた、明らかに他の部屋の扉よりランクが高そうな……高級感のある扉。
光道が控えめにノックを三回すると、室内から「どうぞ」という男の声が返ってくる。
室内にいたのは三人。長は先ほどと変わらぬ服装。又、残りの二人も他の人とは違って、権威あるような――白がベースで赤、金、の細い装飾が施された服装に身を包んでいた。
その二人は、座り心地のよさそうな……校長とか社長とかが座っていそうないかにも値が張るだろう椅子に腰かける長の背後にボディーガードみたく無言で控えている。三人とも髪は短く、落ち着いた感じに整えていた。
そして何より……どうしても気になる点が存在する。
顔がみんな同じなのだ。兄弟だとしても普通ここまで似るものか? というくらいに。体型も皆細身で、もし服装が異なっていなければ判別するのが非常に困難。まるで長が鏡に映っているかのように感じていただろう。
しかも、顔に特徴と呼べるものが一切ない。口とか目とか……まるで必要最低限のパーツを取りあえず揃えた……みたいな顔。集会の時は長の顔まで注意が向かなかったが、あらためてこうまじまじ見つめても、本当にさっきと完全に同一人物であると断言できる自信が揺らぐ。
そんな中この三人の違いを見出せるとしたら……身長だろうか。
長が他の二人よりも若干高く。今のように三人並べば、たとえ全員同じ服装だったとしてもおそらく長だけならば判別が出来る……と、思う……。
「光道君も残るように」
用事は済んだとばかりに退出しようとした光道を長が引き止める。
「霧白龍太君。私たちは君を待っていたよ……」
……集会時とは違う口調。親しげ……いや、慎重……? とにかく、これまで俺が出会った施設の人間とは違い、長は淡々とした低い声色、無表情で語りかけてくる。
「霧白君…………君は先ほどの集会に参加してくれたね。どう感じた?」
眼の前にあるイス同様に高価そうな机に両手を置いた長に対し、俺は意を決して力強く片足を一歩前へと踏み出した。
「そっ、率直に聞きます! あ、あなた……いえ、あなた方の誰かが……あの人を殺したんですよね! ど……どうして、そんなことを……?」
すると、長はわずかに眼を細めつつ……鋭い眼光で俺を見据える。
「……どうやら君は一つ勘違いをしているようだ、霧白君。彼を殺すなんてこと我々はしない。なぜなら……彼は我々と共にある存在だからだ。彼を殺そうとすることは、我々自身を殺そうとすることに等しい」
そ、そんな哲学めいた話に俺はごまかされない……俺は心の中で固く誓う。
「彼は……『自殺』したんだよ。我々の目の前でね」
なんだと?
自殺、した……?
『長』と呼ばれるこの男……果たして真実と嘘……どちらを俺に語りかけているのだろうか……。少なくとも表情からは決して汲み取ることが出来ない。
長は俺から目を離すと、続いて光道へと視線をずらす。
「光道君……君が知り合いを誘ってくるのは、これが初めてだったね?」
「はい。その通りです」
「君の知り合いは、どうやら瞳に『白』…………以外の色を宿しているようだ。これは……『紅い』」
俺の瞳は白でも、ましてや赤でもなく『黒』のはずだが。今朝も鏡で自分の顔を見たときは黒かったので間違いない。変色していたらすぐわかる。そう思った瞬間、無意識に俺は一言口からこぼしていた。
「……充血してる?」
ばっ! と光道と長が示し合わせたように顔を俺に向けまじまじと凝視してから……もとに戻した。
「わかりました長。さらなる『光』を宿すため、より一層努力します」
「いいんだ……。光道君が『白き光』に包まれるように……」
えっ……な、何だ今の……。
「『白き光』に包まれるよう……失礼します」
長や周囲の男を油断なく観察していた俺の腕を光道にそっと掴まれる。
「行こう」
「いや、ちょっ……ま、待ってくれよ光道……」
光道の予想外の力強さに不覚にも動揺してしまった俺は、抵抗を忘れて素直に出口へと引っ張られてしまう。
まだ聞きたいことが……自殺の状況、この施設は何なのか……他にもいくつかある。
その時。この部屋に入室した時点では気づけなかったが、この部屋唯一の出入り口である扉の上の方に、墨で達筆な文字が記された紙が収められている横に細長い額縁が飾られているのに目が留まった。
こう書かれている。
『白光神援教』
宗教の施設だったのかここ‼
それにしても……『白光神援教』。俺の学んだ武術『白光流』と名前が微妙に似ている。
その事実は、本日何度となく味わった気味の悪さを俺へと味わせた。
『白光流』とは俺が転校前に教わっていた武術である。
始めたきっかけは、けして大それたものではない。ただ、退屈――ヒマだったから。
同年代の……というか、そもそも子供自体がいないという状況下、相当昔に張り付けたのか文字がカスれ、汚れも際立つ〝門下生募集〟の張り紙がどこかの壁にあったのを見つけたのが最初の出会いだった……と記憶している。
その張り紙に興味を持った当時の俺は、探検気分でそこらを歩いたり、聞き込みをしたりとしていく内に、ひっそりとした道場らしき建物を発見したのである。
そこには鼻梁が整っていて、頬には謎のキズ、眼つきは猛禽類のように鋭く、白いヒゲをアゴに蓄えた、まるで仙人みたいな外見をした老人が一人おり……とにかくビビりながら張り紙のことを伝えたところ――――なんと武術をタダで教えてくれるということだった。
俺以外に誰も門下生はいなかったのでけして友達が増えるということはなかったし、修練がつらく苦しいこともあった……が、今になってしみじみと思う。
……とても充実していた、と。
「霧白君。今日は来てくれてありがとう」
施設内にある光道の自室に戻った俺と光道。
「なあ……光道……お前」
だが、その先を……「こんな場所で暮らすのはやめた方がいい」と告げるのに躊躇いを感じてしまった俺は、思わず言葉を詰まらせる。
「両親が死んだから」……光道が家ではなくこの建物で生活する理由として、このように俺へ説明した。
それはつまり……施設で暮らすことは光道の生きる支えになっている、ということではないのだろうか。そんな光道に対し〝不気味で怪しいから〟……という理由だけで、この施設での生活をやめろと伝えるのはどうなのか……そう考えてしまったのである。
実際、つい五、六分前まで元気にしていた人が自殺してしまうこんな施設でも、光道はまるで気にしているそぶりはない。
「『試練』って何をやるんだ? その……美しき……なんちゃらって部屋で」
「『美しき光の部屋』。内容はわからない。部屋に入ったものにしか告げられない決まりになっているから」
「なんで……そんな決まりが?」
「試練は「練習するようなものじゃない」――そう聞いてる」
つまり〝前情報を得て事前に入念な対策をする〟ようなものではなく〝その場での即時的対応を見る〟……ということか。
玄関口まで案内されると、光道は首だけでこくり、と小動物的な動きを連想させるようなお辞儀をしてみせた。
「それじゃあ明日、学校で」
その表情から、普段の学校での光道と何か一つでも変わった点を見出すことはできなかった。




