第三話 予想外の数字
「長……アンタが……どうして俺の家に?」
「それは君に話があるからだよ、霧白君。それも極めて重要な話が」
重要な……話?
だが、取りあえず一つ判明した情報として……長は〝殴り込み〟に来た訳じゃない、ということ。
この男とはとにかく……とにかくとにかくとにかく、悪い思い出しかない。それもとびっきりにだ。
だが……。
現状、来てしまったものはしょうがない……。
ひとまず。相手に争うつもりがないというなら……一旦、こちらも冷静になるべきだ。
で、結果穏便に帰ってもらえるなら、それに越したことはないだろう……。
そんな考えのもと、俺は長の全身を油断なくひとしきり見つめ……新たな来客のため、食器棚からもう一つグラスを取り出し麦茶を注いでいく。
「長。私も一緒に話を聞いていいのですか?」
「悪いが……光道君。しばらく霧白君と二人きりで話がしたいのだよ」
……えっ⁉
「じゃあ、外に出てましょう光道先輩」
流れる様に白井さんが白紗季を促し、連れ立って部屋から去ろうとし始めた。
「し、白紗季! 本当に行くのか……?」
すると。白紗季は逡巡するように足を止めた。
「長、龍太にケガをさせるのですか?」
「いや、私は話に来ただけだ」
コイツ……。ほ、本当だろうな……?
だが……思い返してみると、案外これまで長が嘘を付いたことは無いかもしれない。
無論、良い意味でも悪い意味でもだが……。
白紗季はしばらくの間、無感情な瞳で長と俺をまるで品定めでもするかのよう、それはそれはじっくりと見つ続け。
「頑張って龍太」
そう言い残すや、白紗季は長をあっさり白井さんと居間を立ち去ってしまった。
しかも去り際。白紗季が「龍太の部屋で休んでいよう」と白井さんに提案したのが背後から聞こえ……俺の懸念事項が増加してしまい、不安感が一層高まってしまった。
「……」
女子高生達が居間からいなくなり、長と俺の二人だけが室内に残される。
俺は何とも言い表せない居心地の悪さを感じながら、ひとまず長に座ってもらい麦茶を差し出した。
「さて霧白君。早速本題に移りたいのだが……君にある仕事を引き受けてもらいたい」
「仕事……?」
俺は不穏な気配に眉根を寄せつつ、白井さんに渡すつもりだった麦茶をすすった。
「これを見たまえ霧白君」
初めて目にする、黒いスーツ姿の長は、ポケットから一枚の写真を取り出すと俺へ手渡してきた。
「……」
俺は依然警戒心を緩めぬまま……慎重な手付きで長から写真を受け取る。
……誰だ?
写真には夏服姿の女子高生らしき人物が写し出されていた。
ひとまず、首元に付けているリボンやスカートのデザインから、俺が通う高校の生徒でないことだけはわかるが……。
「率直に言おう霧白君。君にはこの女生徒を……〝誘拐〟してもらいたい」
……。
「………………はっ?」
長の言葉を理解しようとたっぷり数十秒、時間を費やしてみたが……やはり理解不能。
俺はただでさえ冷ややかだった自身の眼つきを一層鋭くさせる。
「まさか……俺がその依頼を引き受けると思ってんですか? 俺は『白光神援教』の信者集めなんかに協力なんてしませんよ」
もちろん、そんな仕事はお断りであり……即座に俺は『拒絶』の意思を示す。
「それは誤解だ、霧白君。我々はその女生徒を信者にする計画を立てていない。なぜなら……信者にするという目的なら、我々だけで実行するからだ」
……それは……まあ、確かに。
実際、現在に至るまでコイツらは俺の力を借りるまでもなく、自分達で勝手に信者を増やしてきているしな。
「じゃ、じゃあ……だったら……どうして?」
「霧白君。君は我々がなぜ最近拠点を移したか、その理由を覚えているかね?」
理由……か。残念な事に一応覚えている。
「俺から姿を眩ますため……とか、何とか」
今、このように会話している訳だが……以前俺と長は、文字通り〝死闘〟を繰り広げた事がある。
そして辛くも勝利を収めた俺だったが……長は再び元気な姿で、俺の前へ平然と現れやがったのだ。
しかし……その時である。長は〝俺と争うのは面倒だ〟……みたいな理由から、「俺と会わないような場所へ引っ越しをする」と告げてきたのである。
「その通りだ霧白君。だがこう言ったのも覚えているかね? 〝引っ越す理由は二つある〟と。つまりだ……今回の依頼はその〝もう一つの理由〟が関係しているということだよ、霧白君」
んん……。
おぼろげだが……長がそのような発言をした記憶は俺の中に残されている。
「もう一つの理由……というのは?」
すると長は。何ら躊躇いなく……こう、返答を寄こしてきた。
「『命』だよ。我々はある組織から命を狙われている。その組織から逃げるためだ」
いの……ち?
コイツらの命を狙う?
まあ『白光神援教』は、誰かに恨みを持たれていても当然な組織とは思う。
けれども……誰だか知らないが、そいつらこそ〝命知らず〟だと俺は声を大に主張したい。
「アンタ達が危機感覚えるような存在がこの世に存在するとは……到底思えないんですが……」
「霧白君、すでに我々は百人以上殺されている。それも狙われるのは信者じゃない……私や私の付き人を務めるような特別な存在だけだ」
……。
…………はっ?
……ひ、〝百人〟⁉ 百人以上だとっ!




