第七話 心当たり
「それじゃあ、終わったらこの番号に電話してくれ。時間は気にしなくていい」
男はそう言い残すや、そそくさと車を操りこの場を去っていく。俺はそんな男の後ろ姿が見えなくなるまで、しばしの間立ち尽くしていた。
「ここか…………」
その外観からは〝現代的な建築〟……という印象を受ける。宇津白家のように古風な要素は微塵も感じられない。
そして……周囲の住宅に負けず劣らず、随分〝立派〟な家であった。この家の住人は間違いなく金持ちに違いない。
ひとしきり外観を眺めまわした俺は、ひとまず壁面に取り付けられている表札を確かめてみた。
『伊藤』
伊藤さん。
この家の人が俺の監視を男たちへ依頼したのか……。
伊藤さん…………伊藤さん……伊藤さん……。
…………。
…………。
………………。
って、誰だしっ⁉
誰だよ伊藤さんって! 全然知らないよっ!
『伊藤』という名前に思い当たる節がまるで無い。皆無だ。
……と、とにかく、今は行ってみるしかない……か。ちょっと怖いけど。
車内で男に聞かされた説明によれば、インターホンは鳴らさず、勝手に中へ入って構わないとのことだ。
なので俺は遠慮なく……とはいっても、やっぱり腰が引けるというか……若干おどおどしながら門を通過し、そのまま静かに家のドアを開けていく。
「よく来た。上がりなさい」
……っ!
まるで俺を待ち構えていたかのよう、玄関には一人の男性が立っていた。
それも、年齢は……七十代くらいか? 割と高齢だと思われるおじいちゃん。
……。
おっと…………こいつは予想外だ……。
……いや。
まだわからんぞ。出迎えたのが、たまたまこの男性であっただけかもしれん。
さて、そんなおじいちゃんに俺は居間へ通される。
そこは、いかにも値が張りそうな高級感漂う家具で揃えられていた。
また、掃除も隅々まで行き届いるようで、どこもかしこも綺麗な状態だ。もしかすると、定期的に清掃を業者に依頼しているのかもしれない。
「そこに座って」
「はあ……」
促されるままソファーへ腰かける俺の眼前へ、白い湯気がもくもく立ち込めるカップが差し出された。
カップもやはり高級感溢れるデザインだ。というか絶対高いに違いない。
「紅茶だ。飲んでいいんだよ」
……。
いや……あの。実は俺……ちょっと猫舌気味だったりして……。
……。
す、すごい……すごい目力で、俺をじ~っと見つめてくる……。
それはまるで「いいから早く飲めよ」と言わんばかりの強力な圧力を、嫌が応にも俺へひしひし感じさせた。
……。
……の……飲む……か……。
「ふっ、ふっ、ふっ」と細かに息を吹きかけ冷まし、ちびっと口内へ流し込んでみる。
「ぶっ! んぁ熱っっぅ‼」
熱い熱い熱いっ! めちゃくちゃ熱いっ! 何だよこれ見た目通り超熱いじゃん!
「もしかして……口に合わなかったかな」
「‼ いっ、いえいえ、そういうことでは……」
もはや〝味〟以前の問題である。これはもうしばらく冷まさないと……。
「そうか、なら遠慮せず……グイッと」
「はっ?」
ぐ、グイッとっ……?
「いや、あの、その……それは……」
言え!
言うんだ俺! ただ一言「無理ですっ‼」…………と。
ただ……ただそれだけのことじゃないかっ‼
「……ふーふー。ずずっ……」
ああ……ダメだ……断れなかったぁ……。
何とな~く〝相手に悪いかな?〟……と結局飲んでしまう、弱腰な俺であった。
どうやら人見知りな俺は、初対面の人に対し意味の分からない配慮をしてしまうらしい。
……いや、これは人見知りとは関係ないか?
多少なりと時間をかけながら、どうにか小口でカップの中身を飲み進めていく俺。もはや単なる我慢大会である。
「うぅ……」
の、飲み終わった……。
もっと……じっくり、時間をかけて味わいたかった……。絶対、茶葉も高級なものだったに違いないし。
尋常ならざる熱さのせいで、舌先をヒリつかせながら……俺はそっと、空になったカップをテーブルの上へと戻した。
「……えっ」
瞬間、空のカップへ熱々の紅茶が注がれてしまう。咄嗟の出来事に俺はその光景を唖然と見つめているだけだ。
何たる熱烈なもてなし具合だろうか……。思わず涙が零れそうになる。
「どんどん飲んでくれて構わないよ」
「あっ、あのぉぉっ‼ ……ど、どうして今日、俺を……」
人見知りの俺もさすがに限界を迎えた。
というか、このままじゃただの罰ゲームじゃないかっ‼
「……ああ。いや、そうだねぇ……」
パチリと一つ大きく瞬きした男性は、俺の対面にあるソファーへゆっくり腰を下ろす。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
――――って、黙ったままっ⁉ これじゃ埒があかないっ!
「どこから話したものか……」
あっ! よ……よかった……話しを切り出してくれた……。




