第四話 電柱
「後ろから一人来てる。そこの曲がり角なんていいんじゃないかしら」
「ああ、わかった」
住宅街風景が両側で伸びる様に広がっている道を歩いてた俺と白紗季は、やがてT字路に行き当たった。そこを俺達は右折していく。
曲がった先に人影はなく…………それは、予想通りのことでもあった。
何せここは、大体いつもこの時間には登下校に使用する……いわば〝通いなれた道〟ってやつだ。大体どの時間に人通りがあるとかないとか、何となく把握している。
そして……今までこの時間帯には誰とも遭遇したことがない。
そのまま、俺と白紗季が右折してから六メートルくらい進んだ……その時だ。
「よっと」
俺は軽く膝を曲げ勢いよく空中へ跳び上がると……そのまま〝バク転〟した。
クルリと身体を宙で一回転させつつ…………六メートル後方、つまりさっき右折したばかりの〝曲がり角〟付近へ着地したのである。
本当はこんな『サーカス団』紛いの行為、人前でしたくないのだが……『ストーカー』相手なら、別に何と思われようと一向に構いやしないね。
俺はそんな事を考えながら、つい今しがた俺の後をつけていた男の肩に片手を乗せる。
そう。俺は曲がり角……正確には〝ストーカー男の背後へ〟着地したのだ。
「……えっ!」
少しの間が生じてから、男は信じられないとばかりに驚嘆の声を発した。……まあ、自然な反応だろう。
「ちょっといいですかね?」
ちなみに。〝俺を尾行している〟という深い事情もあり、人見知りな俺でも初対面相手に少し強気である。
「……いっ、今……」
〝怯え〟というより〝困惑〟という側面が強いだろうか。動揺した様子の男が、ゆっくり、ゆっくり俺へと振り返ってくる。
「わかってますよね? 俺があなたに話しかけた理由」
「…………」
途端――男が黙り込んだ。表情から先程の動揺は消え去っており……冷静さを取り戻したように思われる。
それから、わずかな沈黙の後……おずおずという具合に男は口を開く。
「えっ! ……その……あなたは……? というか、今……何をやったんですか? すごい距離をジャンプしてましたけど……」
「ごまかしてもダメよ。あなたが霧白龍太を監視していたことは気づいている」
そこで背後から、ちょうど白紗季が俺に合流してきた。
「………………か、監視? 私が?」
……うーん。
〝俺を監視している〟という前提で言葉を聞いているせいか、男の返答がとにかくうさん臭く感じられてならない。
だが……この人は本当に俺の事を監視していたのか、現段階において、確実な証拠をまだ得られた訳ではないのだ。
もしかすると……トボけているんじゃなく、純粋に〝知らない〟という可能性だって、まだ完全に排除されてはいないのである。
男はわずかに語気を荒げ。
「そっ、そんなことしません! 第一、きり……しろ、さん? なんて人知らない」
「証拠もある。これ」
だがすかさず、白紗季が自身のスマートフォンを男の鼻面に突き付けた。
画面には俺も公園で確認した写真が表示されおり、男は戸惑うようにしながら、画面へと慎重に視線を注いでいく。
「これは……確かに私です。けど……昨日も今日も、仕事で偶然通りがかっただけですが?」
‼
すかさず俺は口を挟んだ。
「この時間帯に私服で街をうろつくのは……一体、どんな仕事だって言うんですか?」
すると男は警戒するように一瞬、周囲へ視線を巡らすと……小声で、かつ、砕けた口調に変化させながら。
「私は雑誌の『記者』なんだよ。詳しくは教えられないが、この辺りにいる『有名人』のことを張ってるんだ」
…………雑誌の記者?
『雑誌』っていうと……あの、コンビニとかに売ってる本のことだよな。
記者……つまり男は、雑誌を製作するためのネタ集めで、この辺りをうろついていた……ということか。
それならまあ……理解できなくもない……のか。
……。
あ、あれ?
待てよ。
こ、これって……もしかすると……白紗季の〝勘違い〟なのでは?
「それより…………君たち、これ〝盗撮〟じゃないの?」
と、とう……さつ?
「まあ職業柄、私もあまり言えた義理じゃないんだけどねぇ……。なに、この後私に金でもたかろうとしたの? でも、ダメだよ。こんなことやるならまず私服じゃないと……。ほら、君たちは制服だから……もうどこの高校かわかっちゃった」
……。
な、なんか……マズイ展開じゃないか……これ?
今俺達、遠回しに脅しをかけられたってことだよな…………?
途端に俺の心中へ不安な気持ちが芽生え始める。むしろ、ヤバイことしたのはコチラ側ではないか……と。
う、うわぁ。
どっ、どうしたら……。
「龍太、私を信じて」
……。
……そうか。
ふと。
現在、自分には二つの選択肢が提示されていることを気づかされる。
一つは、男の言葉を信じるか。
そしてもう一つは、白紗季の言葉を信じるか……だ。
「龍太。たいていの人は……電柱の上だと、正直になるんじゃないかしら」
……よしっ。
一瞬で俺は判断を終了。
それと同時、心が徐々に落ち着きを取り戻し始める。
元々迷う必要なんてなかった。もちろんというか無論というか当たり前というか……白紗季の方が、断然信用出来るに決まっている。
そして俺は、片手で男の左手を掴むや……勢いよく真上へ跳躍した!
そのまま空いているもう片っぽの手で、電柱側面から突き出ている灰色の取っ手部分をキャッチ。だらりとぶら下がる。
さらにそこから、鉄棒で懸垂するみたく肘をくいんと曲げ……俺は電柱に密着すると同時、両足を取っ手に乗せ、より身体を安定させる。
……どうやら、ちょうど電柱の中腹辺りに飛びつけたらしい。
そこから、電線より少し下付近にまでさっさと登った俺は……男の体が一層宙に飛び出るよう、男を掴む腕を目いっぱい前へと突き出した。
「改めて尋ねますよ。あなたは俺の事を監視していましたか?」
「っっ‼ …………ああ……ま、待ってくれ……」
顔面を真っ青にした男は、震える口調で俺へ必死に訴えかけてくる。




