第三話 身を持って知る
「龍太、体をもっと近づけないとダメ」
「ええっ……! もう十分近くないか……」
「昨日と同じくらいじゃないと」
ま、また……あんなにくっつかなくてはならんのか……?
どうやら文明の進歩はまだまだ道半ばらしい。早く密着しなくても楽々ツーショットが撮れるようになる時代になってくれ。
………………。
「もっと近づいて。私の肩に腕を回せばいいのよ」
と、言葉では俺へ軽く促す感じなのに……白紗季は俺の手を半ば強引に動かし、自分の肩にまで回させた。
「じゃあいくよ」
カシャッ!
……。
はあ……どうにか終わったか……。何だか大きな仕事を一つやり終えた気分に――。
カシャッカシャッカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャッ‼
「うわっ!」
はいはいはいそうでしたそうでしたぁ!
〝一枚だけ撮るとは限らない〟――そのことは一度経験していたはずなのに……全く、油断していたぜ……。
どうやら白紗季は撮影に満足したらしい。今の撮影を終えると、これ以上写真を撮ろうと提案してはこなかった。
「龍太、そこのベンチに座りましょう」
休みたかったのか、彼女がそう言ってきたので……俺達は公園に設置してある木製のベンチへと腰を落ち着けた。
「これ見て。昨日の写真」
????
俺に差し出してきたのは……つい先ほどまで撮影に用いていたスマートフォンだ。
よくわからないが…………まあ、ひとまず目を通してみるか。
画面には、俺と白紗季のやたら密着した姿が映し出されて――――
「…………はっ?」
――――いなかった。
「あ……あれっ? 白紗季……写真……撮ったよな? 二人で」
確かに昨日、俺達は一緒に写真を撮ったはず……なのに。
画面には、ただただ見慣れた住宅街の風景が広がっているだけだった。
いつもの登下校で目にする……住宅街……だよな。撮影に失敗していた……のか?
俺は頭上に大量のはてなマークを浮かべながら、困惑気味に首を傾げた。
「スマホのカメラは、内カメラと外カメラで使い分けることが出来るのよ」
内……外……? 使い分ける?
ど、どういう事なんだ……一体? 何の暗号だそれは? 食べれるのか?
「……取りあえず、龍太と一緒に写真を撮っているフリをしたかった。本当に撮りたかったのは外カメラでの画像」
………………。
俺の脳が理解を拒んだ。
「あー…………まあ、カメラの機能はひとまず置いといて……。どうして、そんな回りくどいことをしたんだ? というか、何か目的があるなら早く教えてくれればよかったのに」
「龍太には知らせない方が都合良かった。おかげで私たちはより自然に、ツーショットの写真を撮っているよう思わせることが出来たの」
「……都合?」
こくん。白紗季は小さく頷く。
「龍太は演技下手だから……」
グサッ! 言葉の刃が俺の心へ鋭く突き刺さった。
残念ながら白紗季の発言は真実以外の何物でもなく……ぐうの音も出ないとはまさにこの事。
「うぅ……わかったよ……。それで……こんなことした目的は何だ?」
「目的は……写真に写る『男』」
……男?
言われてみれば、確かに写真には一人の男性の姿が映り込んでいた。
けれども………………。
果たしてこの男に何があるというのだろう?
男性は中肉中背で、年は……二十代後半か三十代くらいか。
上下とも大人しめな私服に身を包み、道を歩行している瞬間を収めた写真。
だが、どの要素を取り上げても……至って〝普通〟としか評することが出来ない。
それ程までに疑問を挟む余地のない、どこにでもいそうな『通行人』としか俺には思えなかった。
俺が確認し終えると、白紗季はスマートフォンを一回手元に戻し……数秒も待たずして、再び俺に差し出してくる。
「これはついさっき撮ったやつ」
……。
……。
…………んん?
こちらの写真にも俺と白紗季の姿はなく……代わりに、一人の男が歩いている様子が撮影されていた。
だが今回の通行人と思しき人物も、どこが白紗季の興味を引いたか見当もつかない。
それ程までに、これといって目立った特徴のない写真であった。
「龍太は気づかない? どっちも同じ人よ」
「……えっ⁉」
改めて白紗季に先ほどの画像を表示してもらい、本当に彼女の指摘が真実なのか注視してみたが……言われてみれば確かに、似ているように感じなくもない。
「これってつまり………………………………どういうことだ?」
「私の気づいた限りだと……〝三人〟に監視されている。それも、ただ後ろから追跡しているだけじゃない。時には前から通り過ぎたりして、いかにも単なる『通行人』のように演出している」
監視されている……だと?
「それって……いつからだ」
「たぶん最近。私は昨日気づいたけど、監視されている証拠を得るため写真を撮った」
な、なるほど……。
だから白紗季は、唐突に「写真を撮ろう」なんて提案してきたのか。
俺の胸中へ恐ろしいという思いが芽生えると共に、顔が徐々に青ざめていく。
「けれど……白紗季が今まで気づかなかったってことは、相手は〝隠れる技術が高い〟存在……ってことだよな? そ、それってもしかして……」
しかし。彼女は俺のセリフを先読みするよう首を横へ振ってみせた。
「相手は『白光神援教』の信者じゃないわ。あの人達はスマホで姿を写真に撮られたりしない」
白紗季がそう口にするなら……きっと、その通りなのだろう。
「気づくのに遅れたのは、私を見張っている訳じゃなかったから。彼らは…………龍太だけをターゲットにして監視している」
へっ?
…………。
…………。
…………。
なっ! なにいいいいいぃぃぃぃっ‼
お、俺が? 俺が尾行されている⁉
しかも相手は『白光神援教』じゃないときた。
だがそれだと……謎は深まるばかりだ。
俺を『誘拐』して、身代金を要求する気なのか? 今はその前段階で身辺調査をしている……とか。
……いや、その可能性は低い。
もし『金』欲しさの誘拐なら、俺のように貧しい男じゃなく、もっと富裕層を狙うんじゃなかろうか?
事前に身辺調査をするような慎重な人間なら、俺が金を持っているかどうか調べることは容易いだろう。
……。
……自分で思ったくせに、ちょっと切なくなったな……。
まっ、まあとにかく。
一つ確実なのは…………〝気味が悪い〟ということだ。
まさか見知らぬ誰かにストーキングされるのが、これほど恐ろしい事とは思わなかった。
「……あっ!」
そうか……。
もしかすると、かつての白紗季も今の俺と似たような気持ちを味わっていたのかもしれん。
変な話だが、彼女と比較してしまうと……〝変な宗教団体に付きまとわれてない〟点で、俺はまだ恵まれている方……と、捉えられなくもない。
「………………」
俺がうな垂れていると、白紗季は自分の鞄にスマートフォンをしまい込んだ。
「悩む必要なんてないわ。龍太がやることはすでに決まっている」
俯いていた面を上げ……俺は白紗季の無表情顔を見つめた。
「捕まえるのよ」




