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或るラブレターの一生  作者: 林 秀明
3/3

懺悔

ラブレターを渡した後、隣の教室では大騒ぎになっていた。


僕は好きでもない奴にラブレターを渡した。その事実には変わりないが、興奮していた。それは初めて女性にラブレターを渡したという興奮とみんなからどうだったとせがまれ、注目を浴びているという興奮が入り混じっていた。

 僕は相手の事など気にもしていなかった。フンコロガシのように教室の床に這い、顔を見られたくないという想いで椅子の下へ隠れていた。僕の心は絶頂していた。あの矢田さんも見てくれている。クラスの注目と矢田さんの心を二つとも陣取ったと気取っていた。


 その日の塾帰りのバス、僕はみんなに急かされ、森川の横へと座った。森川が窓側、僕がドア側という配置図である。みんなは極力ラブレターの話題を避け、話し合ったが視線は僕たちに向いていた。


 僕はずっと見られている事に優越感に浸っていた。と同時にこれからどうなるんだという不安がここに来て舞い上がった。森川と付き合う、話す、手を繋ぐという光景が目に浮かばなかった。森川は丸眼鏡をかけ、ぽっちゃりとして大人しい。僕はその事実以外何も知らなかった。

 僕たちは何も話さなかった。何を話せばいいか分からなかった。それは窓の外の景色を見ている森川の顔を見ても分かった。森川は緊張していた。


「頑張ってね……」


矢田が僕に聞こえるくらいの囁き声でバスを出た。


バスの中には僕と森川と運転手。バスが動き出すエンジン音と時折窓に打ちつける雨が僕の心をさらに苦しめた。何か言おうと思いながら結局何も言えず、森川邸に着いた。

 森川は僕の前を通る時、小さな声で「ごめんね」と呟いた。手が少し触れた時、とても冷たかった。冬だから冷たいのではなかった。おそらく初めは緊張して汗が出ていたに違いない。自分の本当の気持ち、少なからずとも僕に対してどう思うかという気持ちを考えていたに違いない。だが僕の心情、態度を知って彼女はがっかりしたのだ。苛められたのだと……


 森川はそっと下を向き、傘を差しながら自宅へと歩いた。冬の雨の寒さ以上に森川の心は冷え切ったものになっていた。その足取りの重さと心情を考えると、僕の心は痛んだ。

 自分勝手な事をして痛んだというのは語弊だが、抱えきれない後悔をしたのは間違いなかった。森川のまっさらな純粋な顔に泥を塗ったのは他でもない僕だった。


 次の日から塾を休んだ。森川の事を考えると心が痛く、そしてラブレターを渡した場所で勉強など到底出来るものではなかった。森川は塾にずっと来ていたと後で知ったが、僕はただ傷つくのが嫌で行かなかった。傷ついているのは相手や周りの人間である事は気付かずに。


僕は思春期最大の汚点を犯してしまったのである。


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