5 いじめないよっ!
今回で、取り敢えず完結です。
美咲は衝撃を受けていた。
高飛車で我儘、高慢な悪役令嬢を体現していると言われている、御崎 華憐。
その可愛らしい見た目と、キャンキャンと良く吠える様子に、『小型犬みたいで可愛い』とずっと思っていた彼女が、実は小動物だと知ってしまったからだ。
美咲は生徒会室で、毎日毎日雑務を手伝っている。やる事が多く、中々大変だ。
だが、おなじ一年生の華憐は、中々素直に作業してくれない。そして、生徒会役員のメンバーもそんな華憐を注意するでもなく、好きにさせており、まるで華憐の我儘を容認しているように見えた。
それでも美咲は、「しょうがない、可愛い小型犬ちゃん☆」位の気持ちでいたのだが、公人の方はイライラしているらしい。
公人が発する空気がトゲトゲしいのだ。
華憐の纏う空気も、不機嫌? イライラ? 緊張? というような、マイナスのオーラを発している。
この二人の纏う空気のせいで、たかだか旅行の栞を、各クラスの人数分に分けるだけという簡単な仕事なのに、どうにもやりにくい。
「華憐、お前はこっちに来い。俺の仕事を手伝ってくれ」
そんな空気を読んだ様に、誠が華憐を自分の元へ呼んだ。
ムッとした表情で側に来た華憐を、誠は人目も憚らずに自分の膝の上に横抱きで抱え上げた。その手慣れた様子に、これが日常的に行われている事だと解る。
そして、誠の前に置かれているノートパソコンのせいで美咲や公人からは見えないと思ったのか、誠がドロ甘な表情で華憐に構い始めたのだ。
しかし生憎、美咲からは2人の表情まで丸見えだったりする。
華憐の頭を撫でたり、旋毛や額にキスしたり。そして、そんな事をされている華憐の表情も、いつもの高慢なものではなく、へんにゃりポヤポヤな小動物の様になっている。
更に、チョコレートを口に入れて貰った時の顔などは……!
「はぁ、可愛い……」
身悶えしそうなほど、可愛らしかった。
同じ女性が相手なのに、キュンキュンきた。
美咲が理性的な人物でなければ、フラフラと近寄って行き、そのまま攫っていたかもしれない。
そう、美咲は大の小動物好きなのだ!
三度のご飯より、少女マンガより、各種ゲームより……。なによりも、小動物が好き!
ペットショップに行くと、小動物のコーナーで2時間は過ごせる。例え小動物に噛まれても、「怖くない……、ね? 怯えていただけなんだよね」なんて、某谷のお姫様の様な事を平気で言葉にする。
母親が、動物の毛にアレルギーを持っている為、自宅で飼う事が出来ない分、彼女の小動物好きはどんどん拗れて行く様子だ。
さて、華憐の事であるが。
誠の膝の上で寛ぐ様子は、美咲の目には懐いて擦り寄る小動物にしか見えなかった。小さな口に、次々とチョコレートを頬張る様は、リスが頬袋一杯にドングリを詰めているように見える。
口いっぱいにチョコを頬張り、口の周囲を汚している。そして誠の顔を見上げて、へにゃぁっと無防備に笑うのだ。
眼 福 !
ああっ! 私も膝の上に乗せたい!!
私の手から、クッキーを食べて貰いたい。
撫でたい……。撫でたい! 撫でたい!!
会長ばっかり、ずるいと思う!!!
美咲の頭の中は今や、変態さんのそれ。
誠が華憐の汚れた口元を舐めとっているのを見て、血涙を流しそうになりながら、「ずるい……」と小さく呟いている。
プログラムを数える手が止まり、思わず華憐に手が伸びそうになるのを、もう片方の手で押さえている。
気持ち呼吸も早くなっている気がする……。
「おい、西條。どうした? 調子が悪いのか?」
突然目の前でトロンとした瞳をして、はぁはぁと呼吸を荒くし始めた美咲に気付いた公人が、心配そうに声をかけた。
いつも無表情な公人は、心配そうな声を出している時も、やっぱり無表情だ。
「ええ、……何も、問題ありません」
「そうか……」
恍惚とした表情で「大丈夫」と言われ、少し引いた様な雰囲気の公人。しかし、その顔はやっぱり無表情のまま。華憐の言動で簡単に動いていた表情が、全く動かない。
しかし、美咲はそんな事に気付いた様子もなく、熱っぽい眼差しを誠と華憐に向けていた。
一方公人も、衝撃を受けていた。
公人は、子供の頃から感情に乏しく、表情が動かない。その為、親からも「可愛くない子供」だと言われていた。
そんな彼が、華憐の言動には気持ちが動き、表情までもが動くのだ。
生れてはじめての衝撃だった。
公人は自分が表情が動かないーー表情から感情が読めないーーことから、人の表情と感情が必ずしも一致するものではないと知っていた。
だから、笑顔で自分に近付いてくる人間も信用しない。その笑顔の裏の感情を読み取ろうと、相手をじっくり観察する。観察している事がばれない様、相手を見ずに空気だけで観察するのだ。
子供の頃からそんな事をしていた公人は、気が付けば特殊能力バリに人の感情が解る男になっていた。
そんな公人だから、華憐の本質にも直ぐに気付いた。
高飛車で不遜な言葉に隠れた本当の気持ちを、正確に把握出来ていたと思う。だが彼は、対人コミュニケーション能力が、著しく低かった。
無表情に相応しい、感情の乗らない声で要点だけを短く告げる為、彼の言葉は聞く者によっては酷く冷たく感じる。毎回、華憐に上手く言葉を掛ける事が出来ず、怖がらせてしまう公人。
だから今日は、何も言わない事にしたのに……。
何も言ってないのに、どうしてこんなに怖がられるんだ!?
痛いほど張り詰めた空気が、いたたまれない。
華憐が泣きそうになっているのが解る。
どうすれば良いんだ!!
公人が無表情でオロオロしていると、誠が華憐を呼んだ。
その途端、華憐を包む空気が変わり、生徒会室全体がポヤポヤと柔らかい空気に満たされた。
ノートパソコンに隠れて2人の様子は見えないが、公人には感じる事ができる。今、2人は婚約者同士というより、父と幼い娘のようにラブラブしているのだろう。
他の生徒会メンバーの空気も、とても穏やかだ。
なのに、目の前からは何故かドロドロとした空気が……。
その様子は、色で例えるなら紫交じりのピンク。なんだかいかがわしい。
おまけに、呼吸も早く、なんだか悶えている様に見える。
病気か? 体調が悪いのか?
公人にとって美咲は、華憐とは違う衝撃を与えた人物であった。
どんな人物の感情も読む事が出来る公人。なのに、美咲の感情だけは解らないのだ。いつも穏やかに微笑んでいる美咲。しかし、その裏で何を思っているのか……。解らないから、公人は美咲がちょっと苦手だ。
だから、目の前で挙動不審な様子を見ても、それがどのような感情でそれが起こっているのか解らない。解らない事は、本人に聞くしかない。
なので、そのまま本人に直接聞いたのだ。「おい、西條。どうした? 調子が悪いのか?」と。
それに対する美咲の返事は、「大丈夫」だった。
全くそうは見えなかったが、本人にそう言われれば引き下がるしかない。それに公人は、美咲よりも華憐の方が気になるのだ。
あの小動物のような少女が、どんな事を感じているのか知りたかった。
だから、ついつい全神経を華憐の方へ向けていた……。
2人から注目されている華憐だが、そんな事には気付きもせずに、誠の膝でご機嫌に過ごしていた。
大好きな誠の膝の上で、大好きなチョコレートを沢山食べさせて貰う。
華憐は、満足したリスの様に誠に身を預けて、ウトウトしていた。誠が支えてくれているので、落ちる心配もないしとても快適だ。
なのに、強烈な悪寒が背筋を走り、一瞬で覚醒した。
肉食獣の様な視線を感じた気がしたのだ。
視線を感じた先を見ると、美咲は此方をガン見していて、公人は視線こそ向けていないが、全神経がこちらに向いているのが解る。
華憐は、とても怖くなってしまった。
もしかして2人は、華憐を苛めようとしているのかもしれない。下手をすると、しまわれちゃうかもしれない……。
どうしたら良いか解らなくなった華憐は、伺う様に誠を見上げた。
すると誠は、ノートパソコンを横にずらし、華憐に小さな声で「気になるなら聞いてみろ」と言った。
だから華憐は、勇気を出して聞いてみる事にした。
いつもの様にウルウルの瞳で、プルプルと身体を震わせ、小さく首を傾げる。
華憐がチマチマと動き始めた事に気付いた公人と、熱のこもった瞳を向けてくる美咲に向かって、華憐は一生懸命声を出し、聞いた。
「いじめる?」
と。
勿論、2人の返事はお約束の
「「いじめない(ねぇ)よっ!」」
だったのだが……。
こうして華憐は、生徒会でも見事、友人をゲットしたのであった。
お約束のやり取りを出す前置きが長くて、嫌になっちゃう!
書き終えてからふと気付いたのですが……。
恋愛要素が何処にも見当たらない……。
これって、タグ詐欺? ジャンル詐欺?