4 共同作業は出来ない
生徒会室では、誠にキビキビと指示を出されながら、5月に予定されている全校親睦旅行の準備に追われていた。
因みに、生徒会の顧問は吉川だ。
彼は、当然の様に誠に顎で使われる運命なのだ……。
「吉川先生、ホテルの手配はどうなってますか?」
「三か所のホテルを押えてある。一年はA・Bクラス、C・Dクラス、Eクラスに分け、二年はA・B、Cクラス、D・Eに。三年は、A・B、C・D、E・Fと分けて、三つのホテルに別れて貰うことになった。」
「そうですか。おい、澄人。各クラスの出し物の予定は決まったのか?」
「ああ、全クラスから提出済みだよ」
「新、賞品の手配はどうなってる?」
「バッチリ終わってるよ。当日、各ホテルに直接配送して貰う様になってる。」
学園の高等部では、毎年『全校生徒の親睦を深める』という目的の元、生徒会が主体となって2泊3日の旅行が計画される。
毎年、幾つかのホテルに別れて、一日目はそれぞれのホテルの大広間で各クラスが余興を披露。そして二日目は、近くの自然公園などで全学年合同の10名程度のチーム分けをして、ウォークラリーを行う予定になっている。
まず余興は、各ホテル毎に配置される教師によって評価され、各ホテルでの上位1クラスにのみ賞品が出る予定だ。
そしてウォークラリーでは、全ての問題に正解して尚且つ、早くゴールにたどり着いた上位10チームに賞品が用意されていた。
その賞品は、『流石金持ち学校!!』というような豪華な物から、どのメニューでも頼める学食の食券30枚という物まで、バラエティーに富んでいた。
親睦旅行の予定は、ゴールデンウィーク明け。4月も中旬の今、その準備は大詰めであり、確認作業や雑務も多くある。
その為、生徒会一丸となって、このイベントを成功させる為に奔走していた。
本来なら、生徒会の主要メンバー以外にも、各学年から手伝い要員が数名指名されている筈なのだが、この場には手伝い要員は一年生の3名しかいない。その為、1人1人の仕事が増え、いつもの年よりも忙しいのだ。
まず、今年の生徒会には、3年生は1人もいない。本来なら主要メンバーは3年生で構成され、1・2年生から手伝いを数名指名する。その数名は、主に成績優秀者から指名されるのだが、今年の2年の上位5名は既に生徒会の主要メンバーである。
なので、誠たちと仲の良い仲間から2名を選出しているのだが、彼らは其々が所属する部活が忙しく、名ばかりのメンバーなのである。
誠達としては、1年の指名もしたくなかったのだが、華憐だけを指名する訳にはいかないので、今年の成績上位3名を仕方なく指名したのだった。
誠たちに『華憐を指名しない』という選択肢は、最初から無かった。彼らは生徒会の主要メンバーであるため、放課後を生徒会室で過ごす必要がある。
その間、華憐を1人にするという選択をするつもりがない。
華憐を手元に置いておくための手段。その為に一年生を3名指名したのだった。
「龍崎会長、各クラスに配布するプリントのコピーが出来ました」
指名した内の1人、五十嵐 公人がいつも通りの無表情で、旅行の注意点をまとめたプリントを抱えて生徒会室に帰って来た。
その後ろに、同じくプリントを抱えた西條 美咲が続いている。
全校生徒分のプリントは、A3サイズで1000枚近くあり、1人で持つには多すぎる量だった為、2人に任せたのだ。
「ああ、ありがとう。じゃあ、一年の3名でそのプリントを各クラスの人数分+5枚を数えて、分けてくれるか?」
「「解りました」」
公人と美咲は素直に頷いて、プリントを空いてる机に置き、早速作業を始めた。
「あら。わたくしにも、そんなくだらない作業をさせる気なんですの?」
訳:(えー。華憐、ちゃんと上手にできるかな?)
その様子に見下すような視線を向け、華憐が高慢に発言する。
その言葉を聞いて、公人の無表情がピクリと動いた様に見えた。一方美咲は、おっとりと微笑ったまま何も言わずに作業を続けている。
「やりたくないなら、良いよ。この程度の作業なら、2人で十分だ」
公人が感情のない声で、華憐を見る事もなく言う。
その時、一瞬だけ華憐の瞳が潤んだが、公人がそれに気付く事はなかった。しかし、美咲はその一瞬に気付いたらしく、微笑みを浮かべた表情に、何か違う物が混ざった様な気がした。
「そう仰らずに、手伝って下さいませんか?」
そして、おっとりと優しく華憐に声を掛ける。
「そうだよ、華憐。ちゃんと手伝わないとダメだよ?」
「お兄様がそこまで言うなら……、しょうがないから手伝いますわ!」
澄人に優しく諭された華憐が、作業に加わる。
チマチマと動く華憐を、優しい眼差しで見つめる生徒会メンバー達。そんな彼らの様子に、公人の無表情がほんの少し歪んだ。
そして美咲は、作業に加わった華憐を見て、楽しそうな笑みを浮かべていた。
「西條様、あの方達と一緒に生徒会で過ごすのは、大変なんじゃありません?」
「君の様なか弱い女性には、耐えられない事も多いんじゃないのかい?」
「会長や、他のメンバーも誰ひとり、彼女が何をしても叱責しないんだろう?」
美咲は、毎日のようにクラスメイトから同じ事を聞かれる。他のクラスの生徒も、美咲に生徒会の様子を聞きにやって来るのだが、その全てに美咲は同じ返事を返していた。
「生徒会、とても楽しいですよ? 華憐様にも、特に何かをされたことなどありません」
と。
しかし、美咲のこの返事を聞いた生徒たちは、「可哀そうに……。きっと脅されているんだ」と思い、憐みの視線を向ける。
彼らの頭の中では、『意地悪をする華憐とそれに耐える健気な美咲』という、妄想が出来上がっていた。
もう一人の手伝い要員である公人が、華憐の名前を出すだけで無表情な顔を少し歪める為、その妄想が正しい事だと断定し、口々に「どうしようも無くなれば、何とか力になるから言って欲しい」と言ってくる。
しかし、美咲はそれに対して何も言わず、静かに微笑んでいるだけだった……。
その日も、彼女達は放課後を生徒会室で過ごしていた。
この日は、業者に外注していた旅行の栞ができあがり、それを一年生の3人がクラスの人数分ずつの冊数に分けている。
「どうしてわたくしが、こんな作業をしなければいけないのかしら」
訳:(五十嵐君、華憐の事嫌いみたいだから、怖いな……)
「…………」
「3人でやれば、その分早く終わりますし、協力して下さいませんか?」
「なら、さっさと終わらせて下さいませ!」
訳:(早く五十嵐君から離れたい!)
華憐の不遜な発言に、公人は無言、美咲は何時もの笑顔で穏やかに応対する。
華憐は不機嫌な表情で、チマチマと数を数えているが、良く見るとその瞳は潤んでいる。
「華憐、お前はこっちに来い。俺の仕事を手伝ってくれ」
そんな一年生たちの様子を見て、誠が華憐を自分の元へ呼び寄せた。
黙って自分の元へやって来た華憐を、人目も憚らずに自分の膝の上に横抱きで抱え上げる。そうすると、誠の前にはノートパソコンが置かれている為、公人達からは華憐の様子が見えなくなった。
誠の膝に抱かれた華憐の表情は、いつもの高慢なものではなく、へんにゃりポヤポヤな小動物のものになっている。先程まで、泣きだしそうに潤んでいた瞳も、今は落ち着いていた。
さらに、誠がこっそりチョコレートを口に入れてくれたので、ニコニコと可愛く微笑んでいる。
「はぁ、可愛い……」
美咲がウットリした顔で呟いたが、その声はあまりにも小さくて、誰も気付く事はなかった……。
美咲は一体何を考えているのか……。
まて、次号!