僕は君だけを傷つけない
僕の名前は、御崎 澄人。僕には、同い年の面白い幼馴染と、可愛い妹がいる。
幼馴染の名前は龍崎 誠、妹の名前は華憐。
誠は名家に生まれたとても優秀な男だ。見た目も良く、女性受けもすこぶる良い。4歳年上の兄と4歳年下の弟がいるのだが、兄弟の中でも一番優秀だと言われている。
龍崎家を継ぐのは、順当に行けば長男である猛だろうが、能力だけを考えるなら誠が一番相応しいと言われている位に優秀なのだが、僕にとって誠はポンコツな人間だ。
そして、誠自身が跡を継ぐ意思がない為、龍崎の後継ぎは猛兄さんで間違いないだろう。兄弟仲も良好だし、お家騒動が起こる事はないと思う。猛兄さんだって十分優秀だし、誠の様にポンコツじゃない分、彼が跡を継ぐ方が無難だと思うんだ。
今日は、僕の幼馴染がどうして今のように面白いポンコツ人間に変わってしまったのか、話したいと思う。
誠と華憐が初めて会ったのは、誠が7歳、華憐が5歳の時だった。
星陵学園の初等部に入学した僕は、そこで誠と友達になった。家格も近く、話も合う僕らは、あっという間に親友となり、お互いの家に遊びに行く様な仲になった。
そうして、僕の家に遊びに来た誠と華憐が出会ったのだ。お互いの家格の釣り合いも良く、年齢的にも会うからと、誠は直ぐに華憐の婚約者候補となった。龍崎家でも同じように考えていたようで、後はいつ本決めにするか時期を見ている様な状態だった。
妹の華憐は、母に似てとっても綺麗な貌をしている。勝気で釣り目がちな瞳、プックリした唇、強気に見える眉。どのパーツも、彼女の美少女としての価値が現れていると思う。
性格は、両親が甘やかし過ぎたせいで高飛車になってしまったが、そんな所も可愛いと思う僕は自分でも認めるシスコンだ。
ただあの頃の僕は、シスコンだと誠に知られたくなかったから、誠の前では華憐を邪険に扱ったりしていた。
今思えば、くだらないプライドだったと思う。
誠は、しょっちゅう我が家に遊びに来ていた。頻度で言えば、月に7回位。金曜日には必ずやって来て、月曜日の朝まで泊まっていく。誠に言わせると、滞在している間は“来た”事にはならないから、カウントは1回になるらしい。余りに我が家に入り浸るものだから、龍崎家から我が家に、誠の食費代わりとして、色々な珍しい食材が届いていた程だ。
僕と誠はいつも、TVゲームをしたりボードゲームをしたりして遊んでいた。
華憐はそんな僕達に「私とも一緒に遊びなさい!」と、いつも高飛車に命令してくる。つり目がちの瞳で、クルクル縦ロールの髪をパサリと払いながら、偉そうに命令してくる幼女。ある筋のマニアには、とんだご褒美だろうけど、生憎僕にはそんな趣味はないから、イラっとするだけだったけどね。
まあ、そんな態度までちょっと可愛らしく見えるのは、”流石、華憐!”ってな感じだったけど……。
僕としては華憐を仲間に入れる事に抵抗は無かったんだけど、誠の手前、いつも鬱陶しそうな態度を取っていた。そして誠も、嫌そうにはしてるんだけど、華憐を仲間外れにする事はなく、いつでも僕たちは3人で遊んでいたのだ。
今なら解るが、きっとこの頃から、誠は華憐の事が好きだったのだろう。華憐の方は誠に一目惚れで、丸解りな態度だったが、誠もきっと、一目惚れだったんだろうな……。
華憐の12歳の誕生日。僕と誠が用意したプレゼントは、大きなヌイグルミ。ホントはヌイグルミが大好きなくせに、「女性にはアクセサリーを贈るものですわ! ぬいぐるみなんて子供あつかいされたくありません!!」なんて強がりを言う華憐に、僕も誠も騙されはしなかった。
一緒にデパートへプレゼントを買いに行き、2人とも迷いなくヌイグルミを選んだ。
「当日、あいつの顔が見ものだな!」
なんて、悪戯っ子の様な表情で楽しそうに微笑う誠を見て、僕もその瞬間を想像してワクワクしていた。
なのに、華憐は当日の朝から、39℃を超える高熱を出し、パーティーには不参加となってしまう。華憐が主役の筈のパーティーは、主役が不在でも何の問題もなく開催され、大人たちは楽しそうに笑っていた。
おしゃれに着飾っていた僕と誠だったが、パーティーを楽しむ気分にはとてもなれない。
だって僕たちは、華憐の為に着飾ったのだ。きっと、お姫様のような派手なドレスを着るだろう華憐に、王子の様に傅いてプレゼントを渡す予定だった。
華憐がいないなら、こんな恰好をする意味も、鬱陶しいパーティーに出る意味もない。
僕たちは、早々にその場を抜け出した。
華憐の様子を見に行きたかったけど、「移るといけないから」という理由で会わせて貰えない。
しかたなく、誠は僕にプレゼントを託して、帰って行った。
「あとで、華憐の反応教えてくれよな!」
という言葉を憮然とした表情で残していったが、本当は自分で確かめたかったんだろうな……。
プレゼントを選ぶ時、誠は本当に楽しそうだったから、さ。
誠を気の毒には思ったが、僕には華憐の方が心配だった。だって、華憐の熱は三日も下がらなくて、その間ずっと魘されていたらしいのだ。
華憐は早生まれと言うのもあるが、同じ学年の子供と比べても小さくて華奢だ。そんな小さな体で、39℃を超える高熱と悪夢に魘されているなんて、可愛そう過ぎるっ……!
僕と誠は毎日神社や寺、教会へ赴き、『困った時の神頼み』とばかりに、華憐の回復を祈った。
誠なんて、「悪霊の仕業かもしれない」とか言って、お札やお守り、教典、十字架なんかを買いあさっていた……。
そして、この高熱が原因で華憐の性格は大きく変わってしまい、そのせいで僕の友人はポンコツと化してしまったのだ。
まず華憐は、あの高飛車な性格が消え去り、素直な、天然で臆病な性格へと変化した。
悪夢の中で僕と誠に酷く苛められたそうで、僕たちが近付くと怯える。そして、情けなく眉を下げ、瞳をウルウルさせ首を傾げながら「華憐の事、いじめる?」と聞いてくるのだ。
なんだ、この○マリス君……。
「「いじめない(ねぇ)よっ!」」
誠と2人で思わず突っ込んでしまいながら、目の前の現象に思いっきりうろたえた。
誠なんて、「華憐が悪霊に取り憑かれた!」と大騒ぎで、『悪霊退散グッズ』を盛大に使って除霊しようとしていた。
勿論、華憐は悪霊に取り憑かれた訳ではないので、そんな事で性格が元に戻る事は無かったけど……。
どうやら華憐は、高熱とその時の悪夢のせいで“幼児退行”したらしい。だから、性格も変わってしまったのだとか……。
そもそも、“素”の華憐は、こんな感じだったのだろうと言われた。臆病な自分を守る為の鎧が、高飛車で我儘で攻撃的な性格だったのだろうと。
以前の華憐は、キャンキャン吠える小型犬の様だったが、今の華憐は、野生の小動物のようだ。
やばい。妹が可愛すぎる……。
元々シスコンだった僕は、妹のこの変化によって“重度のシスコン”にクラスチェンジした。そして誠は、“優秀でパーフェクトな男”から、“華憐が絡むとポンコツになる男”へと進化した。
退化ではない。繰り返して言うが、決して“退化”ではない!
人は皆、本気の恋をしたらポンコツになるのだ! そして、周りはそれを面白がる権利を手に入れる。
最初、僕たちは、華憐を手懐ける事に意欲を燃やした。2人で競う様に華憐を甘やかし、取り合った。
「誠、最近我が家に入り浸りだよね。少しは遠慮したら?」
「うるせぇ。澄人こそ、俺がいない間華憐を独占してるんだから、俺に譲れよ!」
「華憐は僕の妹なんだから、僕が可愛がるのは当然じゃないか。誠は他人なんだから、華憐を抱っこしようだなんて、変態な思考は辞めて欲しいな」
「なんだとっ! このシスコン!!」
「うるさいっ! このロリコン!!」
「華憐とは一学年しか違わないんだから、ロリコンにはならねぇよ! バーカ!!」
こんなバカなやり取りをしながら、どちらがより華憐に好かれるかを競い合っていたんだけど……。
「お兄ちゃんと誠君、ケンカしてるの? 華憐の事も、いじめるの?」
華憐が瞳をウルウルさせながら首を傾げて聞いてくれば、「「いじめない(ねぇ)よっ!」」と突っ込み、また華憐をドロドロに甘やかして、言い合いなんて直ぐに治まってしまう。
僕の場合は、このやり取りが楽しくて、その為に誠に突っ掛かっていたのだけど、誠は本気だ。誠の反応が面白すぎて、必要以上に華憐に構ってしまう。
結果として、僕達に溺愛された華憐は、とっても可愛い生き物になってしまった。
今は、殆ど家から出さずに囲っている状態だから良いとしても、来年には高等部に外部入学してくる予定なのだ。こんな可愛い生き物を外界に出すなど、ありえない。
この事に気付いた時、僕はうろたえた。しかし、誠はもっとうろたえていた。
「こんな可愛い生き物が表に出たら、速効で攫われてしまうぞ!? 俺なら、間違いなく攫う。攫って、誰にも見つからない様に閉じ込める! この俺がそんな風に思うんだから、誘拐犯や、変態・変質者が、こんなに可愛い華憐に目を付けない訳がない!」
などと、血走った眼で力説していた。
そんな誠の姿にちょっと引いた。そして、冷静になれた。
冷静になれば、誠のうろたえっぷりを楽しむ余裕が出てきて、誠の考え出す多種多彩な可笑しな対策に、意見する事もできるようになった。
誠の対策はぶっ飛んだ物ばかりだ。まず、僕達が留年するってのから始まり、海外へ連れて逃げるとか、催眠術で華憐の性格を変えるとか、軟禁するとか……。
そんな中でも一番まともだったのが、『お姫様ごっこで高飛車な性格を演じさせ練習させて、僕たち以外の人間にはその演技で対応させる』と言う物だった。
僕も、華憐には外部への対応を覚えさせた方が良いと思ったから、この計画に賛同して、お姫様ごっこを楽しむ日々が始まったんだ。
それにしても……。どうして、『自分と婚約させて、御崎家と龍崎家の力で守る』とかって案が出ないんだろうね? 『軟禁する』って案より先にコッチが出ない所が、誠だよな……。
そして、お姫様ごっこの結果がどうなったかと言うと……。
華憐を、更に危険な生き物へと進化させてしまった。
一応は、上手くいったのだ。
高飛車な発言と態度。ちょっと接した位では、それが演技だとは誰も気付かないだろう。それくらい、華憐の演技は素晴らしかった。
しかし、華憐は高飛車な発言をした後、僕達の表情に少しでも“嫌悪”を見つけると、すぐに「いじめる?」と情けなく眉を下げて、へにょっとした表情で首を傾げてくるのだ。
か わ い す ぎ る !!
正しく“ギャップ萌え”。ツンデレとは、こういうものなのか? いや、違う。デレてはいない。
華憐はただただ、シマ○ス君なだけ。
そして僕たちは、間違いなく病気だ。さらに誠は、この病の重病で末期な患者。
もう、どうしたら良いんだろう。何か対策を立てても、全てが裏目に出る気がする。
取り敢えず僕たちは、生徒会に入る事にした。学園内で、華憐をフォローしやすい環境を整えておこうと思って。
さらに、仲の良い友人たちにも華憐の事を話し、協力を要請する事にした。やっぱり、僕たち二人だけだと、手が回らない事もあるしさ。
協力者は多い方が良いと思ったんだ。
それに、誠の様子を見れば、華憐に手を出そうなんて考える事もないだろうから、その点でも安心できる。
「華憐、僕たちの友人が遊びに来たんだ。挨拶して?」
「あら。お兄様、誠さん以外にもお友達がいらしたのね」
「うん。家に連れてくるのは、初めてだよ」
「……はじめまして。華憐と申します。来年からは、皆さまの後輩になる予定ですわ」
華憐を友人に紹介し、挨拶をさせる。
見事な演技だ。友人たちも、華憐の高飛車な言葉や、何処か見下すような視線に驚き、少し嫌悪感を抱いた様だった。
「華憐、もう少し丁寧に挨拶出来ないのか?」
そこにすかさず誠が口をはさむ。その態度には嫌悪感が見てとれる。
まぁ、これも演技なんだけど。
でも誠のこの言葉で、みるみる華憐の眉が下がり始め、瞳がウルウルしてくる。そして、首を傾げて一言。
「いじめる?」
「「「「「いじめない(ねぇ)よっ!」」」」」
全員で突っ込んでいた。
「華憐、さっきのは演技だからな? ホントは、あんな風に思ってないからな? 華憐はちゃんと約束を守ったし、上手に挨拶出来てたぞ!」
「ホントに? 誠君、華憐の事嫌いじゃない?」
「俺が華憐を嫌いな筈ないだろ? 華憐は俺のお姫様なんだから、な?」
「じゃあ、いじめない?」
「当たり前だ! 華憐を苛める奴がいたら、俺が社会的に葬ってやる!!」
「華憐を苛める様な人間なんて、この世に必要ないよね」
「澄人が良い事言った! その通りだ!」
演技とは言え、華憐にキツイ物言いをした誠は、慌てたように華憐を縦抱きに抱きあげ、背中をポンポンと叩いてあやしている。その言動は、そこはかとない“痛さ”に溢れていて……。
誠は、惜しげも無く、友人たちに己の“ポンコツ”さを見せつけていた。
友人たちは、華憐を間近で見て接して、その可愛さに驚いていた。しかしそれよりも、学園では“クールで優秀なイケメン”と評判の誠の壊れぶりに、心底驚いたようだった。
……まぁ、僕のシスコンぶりにも引いてたみたいだけど……。
そして、僕たちの“華憐が係る事なら、平気で犯罪に手を染めそう”な入れ込み具合を心配して、快く協力してくれる事になったのだった。
さらに、とうとう誠と華憐が婚約する事になった。
2月も中旬のある日、誠がふと気付いた様に、「そっか……。婚約すれば、堂々と華憐の所有権を主張できるし、守ることもできるんじゃん」と呟いたのだが……。
その後が早かった。あっという間に両家に了承を取り付け、指輪を用意し、華憐に婚約を承諾させた。思いついてから、2週間で婚約を取り付け、華憐の誕生日に婚約を発表したのだった。
彼の優秀さを、遺憾なく発揮していたと思う。
僕としても、他の男に盗られるなら、信頼できる誠に華憐を託したい。
こうして、華憐の入学に向けての準備は着々と進められたのだった。