愛のままに我儘に
俺こと、龍崎 誠が彼女こと御崎 華憐に初めて会ったのは、俺が7歳、華憐が5歳の時だった。
4月生まれの俺と、3月生まれの華憐とでは、まる2歳の年齢差があるのだが、学年として考えればその差は一つになる。
さらに、華憐には俺と同い年の兄澄人がいて、そいつと俺は中々良好な友人関係を築いている。俺の龍崎家と、彼女の御崎家は家格の釣り合いもちょうど良いことから、華憐は俺の許嫁候補として、早くから名前が挙がっていた。
初めて会った時、俺が彼女に抱いた感想は“見た目は可愛いが、我儘そうなガキ”ってなものだった。どうやら俺のお綺麗な顔に惚れたらしく、俺と澄人が遊んでいるところに無理やり割り込んできては、女王さまのように振舞っていた。
「兄様、誠様!私も一緒に遊んでくださいましぇっ!でないと、お父様に言いつけちゃいますよ?」
勝気そうな瞳で俺たちを見上げ、「何処の漫画のお嬢様だよ」ってな具合の縦ロールの髪を片手でパサリと払いながらの、上から発言。
世界は自分を中心に回っていると思っているような、甘やかされて育てられた我儘なガキ。
俺も、澄人もうんざりしながらも、毎回適当に相手をしてやっていた。だが、俺にとって華憐は、嫌いな女に部類されたのだ。
この頃から、俺は月に6~7度くらいの割合で龍崎家を訪れていた。しかし、毎回毎回、華憐の相手をするのは本当に苦行だった。
自分は愛されて当然と思っている様子の態度……。パーティーにでも出かけるのかというような、ゴテゴテとした髪型と服装。
華憐の存在そのものが鼻につくってな感じで、会うたびにウンザリする。
家同士の繋がりと、澄人の存在がなければ、こんなところには足を運んだりしないのに……。
いつもそんな事を考えながら、嫌々訪問していた。
この日も、勿論来たくなかったのだが、華憐の誕生日パーティーだというのなら仕方ない。
プレゼントで喜ばせてやろうなんて気持ちは全くない。だから、用意したプレゼントは12歳のガキにはお似合いな、大きなクマのぬいぐるみだった。
ませた糞ガキである華憐に、誕生日プレゼントに何が欲しいか聞いたところ、「女性にはアクセサリーを贈るものですわ!ぬいぐるみなんて子供あつかいされたくありません!!」などと宣いやがった!
だから俺は敢えて、でかいクマのぬいぐるみを選んで来たのだ。因みに、澄人が選んだのは、でかいウサギのぬいぐるみだ。
この2つのプレゼントを受け取った時の華憐の反応が見ものだぜ!
そう思って、若干ワクワクしながら赴いたパーティーに、しかし華憐は現れなかった。
どうやら、朝から突然の高熱が出てしまい、今も魘されているらしい。大勢の招待客を招いている為、パーティー自体を中止する事は出来なかったらしく、主役不在でパーティーが執り行われる事になったのだそうだ。
大人たちは、“御崎家の娘の誕生日パーティー”という名の社交場にやって来るのであって、華憐を本気で祝いに来ている訳ではない。だから、主役不在でも何の問題も無く、当たり前のようにパーティーが執り行われる訳だ。
しかし俺は、華憐が出席しない“華憐の誕生日パーティー”になど、全く興味は無い。
仕方がないので、プレゼントは澄人に預け、どんな反応だったのかを後日教えて貰うよう約束して、この日は帰ることにした。目の前で、あのお高くとまった表情が歪むところを見たかったが、寝込んでるガキを甚振る趣味はないので、澄人からの報告だけで我慢するとしよう。
しかし、俺が澄人からの報告を聞き出す事は無かった。なぜなら華憐は、この日から3日も熱に魘されたらしく、流石に気の毒になった俺は、熱が下がり始めた頃に見舞に行き、その時に澄人と一緒にプレゼントを直接華憐に渡したのだから。
そして、華憐からの反応は、俺の予想を大きく裏切るものだった……。
「クマさんも、ウサギさんも凄く可愛い……。今日からは華憐と一緒に寝てね?」
なんて、病床でトロンとした表情でポヤポヤと微笑んみ、二体の縫いぐるみをギュッと抱きしめながらそう言ったたのだ。「プレゼントに縫いぐるみなんて、子供扱いしないで!」と言っていた、糞ガキが、だ。
この時、俺は冷や汗が噴き出るってな現象を初体験させて貰った。華憐に何かが取り憑いたんじゃないかと、真剣に疑った。
十字架を華憐の額に押し当てたり、悪霊退散のお札を貰ってきて華憐に張りつけたり、思いつく限りの除霊を試したが、華憐には何の変化もなかった。俺が何か行動を起こす度、「華憐の事、いじめる?」と涙目で聞いてくる。
誰だよ、これ……。
そして、この日を境に華憐の性格は本当に変わってしまったのだ。あんなに高飛車で我儘だった性格が、天然で臆病な性格に変わった。少し突くと某漫画の小動物の様に、「いじめる?」と涙目で首を傾げて聞いてくる様な物体に変わってしまったのだ。
どうやら、高熱が出ている時にとても怖い夢を見たらしく、少し幼児退行しているらしい。さらに、その“怖い夢”の中で、俺と澄人が華憐を酷く甚振ったらしく、俺たちを見るだけで怯えるのだ。
だが、本当の幼児のように、たとえ怖い人からでもお菓子やオモチャは貰いたいらしい。俺たちが側に近付くと、怯えたように頭を抱えて蹲りプルプル震えるくせに、チョコやクッキーをチラつかせると、嬉しそうに寄ってくる。
性格が変わったおかげで、俺と澄人が遊んでいる所に無理矢理割り込んでくる事もなくなり、高飛車な発言も聞かれなくなった。今の華憐と関わろうと思えば、こちらから積極的に近寄って行かなければならない。
鬱陶しいガキが纏わりつかなくなったんだから、2人で自由に遊べば良いのだが、長年一緒に過ごしていたモノが居なくなると言うのは、なんだか調子が狂う。
今の華憐なら鬱陶しい事などないのだから、一緒に遊んでやれば良いのだ。そう思った俺達は、華憐を遊びに誘う事にした。
しかしだからといって、迂闊に華憐に近寄れば、脅えて逃げられてしまう。
だから、優しい言葉と餌を用意して、華憐に近付くのだ。
「華憐、美味しいお菓子を食べさせてあげるから、お兄ちゃんのお膝に乗ってごらん?」
「華憐、お前の大好きな絵本を読んでやるから、俺の膝の上に来い」
華憐、華憐、華憐。
俺たちは野生の小動物を餌付けする様な気分で、華憐を手なづける事に夢中になった。少しづつ距離を縮めて、日に日に懐いてくる華憐に、俺も澄人もメロメロになってしまったのは、ある意味当然の成り行きだったのだと思う。
「華憐、お兄ちゃんと誠、どっちが好き?」
「2人とも大好き!」
「華憐、お兄ちゃんとは結婚出来ないけど、俺となら結婚出来るんだぞ? 俺のお嫁さんになるか?」
「じゃあ華憐、誠くんのお嫁さんになる!」
「誠! お前みたいな女を取っ替え引っ替えしてるような奴に、ウチの華憐は渡さないよ? 華憐には、お兄ちゃんが良い男を見つけてあげるからね?」
「澄人! お前なぁ……。お前も俺の事とやかく言えないだろ?」
「解った! じゃあ、お兄ちゃんみたいな人と結婚する! 誠くん、お兄ちゃんみたいになったら、華憐をお嫁さんにしてね?」
「「華憐……」」(デレデレ)
最近は、幼児の様に素直で可愛い華憐を、俺と澄人で奪い合っているような状態だ。
華憐は元々早生まれな事に加えて、同い年の子供達より発育が遅く、身長も140cmもない程にチビっちゃい。まだ、本格的な成長期に入っていない俺たちの身長は160cmに届かないぐらいだが、そんな俺たちでも簡単に抱えられる程に華憐は小さいのだ。正に小動物そのもの。
可愛がりたくてしょうがない。
俺と澄人にとって、華憐が“シ◯リスくん”になってしまった事は、とても喜ばしい事だったが、今年から中学に進学するにあたって、少々問題が出てきた。
華憐は、俺たちと同じ上流階級の子息令嬢が通う名門私立学校、星陵学園の中等部に進学する予定であった。しかし、こんな性格では、高飛車なお嬢様だった頃に虐げていた他家の子供達から、虐められる可能性がある。華憐の初等部での行いは、俺たちの耳にも入ってくる程に凄いものだったからな……。
被害者達が今の華憐の様子を知れば、きっと仕返しを企むに違いない。
そして、華憐の小さな身体と、今の幼い精神では、上流社会の陰湿な嫌がらせに耐える事は出来ないだろう。
そこで華憐は、地元の公立中学校に入学する事になった。学力面に於いては、華憐はとても優秀だ。公立の中学では役不足な程に……。
なので、“病弱”という設定の元、殆ど学校へは通わず、自宅で家庭教師を付けて勉強を進め、社交のイロハを学ばせる事になった。
俺も澄人も、華憐と過ごす事を一番に考え、部活は辞め友人との付き合いもソコソコに、授業が終わると直ぐに御崎家へ戻る。俺なんか、何処の家の子供なんだという程に御崎家に入り浸るようになった。
変な教育をされて、華憐の可愛らしさが無くなったら、誰が責任を取ってくれるんだ!?
とばかりに俺と澄人は、華憐の教育に口を挟み、華憐を囲い込んだ。
そのおかげもあり、二年という時がたっても、華憐はとってもポヤポヤした小動物のままだった。俺も澄人もその事に大満足だった訳だが……。
ふと、気付いてしまったのだ。
こんな可愛い生き物、他のヤツの目に晒す事はできない!
華憐は、来年には高等部に外部入学してくる予定なのだが、こんな可愛い生き物が表に出てきたら、速効で攫われてしまうだろう。
俺なら、間違いなく攫う。攫って、誰にも見つからない様に閉じ込める!
この俺がそんな風に思うんだから、誘拐犯や、変態・変質者が、こんなに可愛い華憐に目を付けない訳がないのだ!
これは予想外の出来事だ!
俺と澄人は悩んだ。悩んで悩んで、そして1つの解決案に辿りついた。
「華憐、今からお姫様ごっこしようか?」
「お姫様ごっこ?」
「そうだ。華憐は偉そうなお姫様の役だ。出来るか?」
「偉そうな、お姫様?」
「そうだよ。上手に出来たら、美味しいチョコをあげる」
「チョコっ!?」
「ああ。新しい縫いぐるみも買ってやるぞ?」
「ホントに!? ……華憐、頑張る!」
俺達が考え出した解決案。それは、華憐に高飛車なお嬢様の演技をさせる事だった。
その為に、ご褒美をチラつかせて“お姫様ごっこ”で演技力を鍛える事にしたのだ。最初の頃はぎこちなかった華憐の演技も、日を重ねる毎に板について来た。
「お兄様、わたくしを子供扱いしないで下さいませんか?」
「誠様、わたくしへのプレゼントなら、アクセサリーを準備して下さいません?」
ちょっと接した位では、演技と見抜く事は出来ない程の完成度だ。勝気に見える釣り眼な瞳と、肩甲骨辺りまで伸びた髪の毛先をクルクルと巻いた髪型。いかにも“勝気なお嬢様”ってな見た目に、高飛車な物言いがとってもマッチしている。
その様は、あの糞生意気なガキだった頃の華憐を思い出させた。
今思えば、あの生意気な態度も、なんか可愛かったような気が、するな……。
華憐には、俺と家族、家の使用人以外に接する時には、“お姫様”で接するように言い聞かせた。他の人間がいる時には、俺達に対してもお姫様で接するように言ったのだが、これは中々難しいらしい。
高飛車な発言の後、俺達の表情に少しでも“嫌悪”を見つけると、すぐに「いじめる?」と情けなく眉を下げて、へにょっとした表情で首を傾げるのだ。
その破壊力たるや……。ズキュンっと心臓を打ち抜かれ、部屋に閉じ込めて誰にも見せたくなくなる。
……これは……。まずく、ないか……? さらに危険度が上がった気がするのは、気のせい……なのか?
これが噂に聞く、「ギャップ萌え」ってやつか……。
俺達は、とんでも無いモンスターを作り上げてしまったようだ……。
俺達は、これ以上華憐を改造する事を諦めた。改造すればするほど、“最強のモンスター”に育ちそうな華憐。これ以上のモンスターになれば、俺は間違いなく華憐を軟禁してしまう!
華憐は来年には、星陵学園の高等部に外部入試で、入って来る予定だ。華憐の学力なら、間違いなく受かるだろう。
そして、例えどんな対策を講じても、華憐は俺達の想像を超えてくる。
なら俺達はその時に備えて、華憐をフォローしやすい環境を整えておく事にしよう。
まず、俺と澄人は生徒会に入る事にした。夏休み明けには、生徒会選挙に打って出る。モチロン勝算はある!
仲の良い奴らにも声を掛け、俺達の計画を話し、協力を仰いだ。あまり気は進まなかったが、華憐自体のお披露目もして、華憐の可愛さと危険性を熱く語って聞かせた。
最初は俺達の剣幕に引いていた仲間たちだったが、実際に華憐に会って高飛車な態度からの「いじめる?」を聞いて、全員ノックアウトされていた。
「こ、これは……っ!」
「この破壊力は、確かに危険だ!」
「友人を犯罪者にしない為にも、対策が必要……だな」
華憐を見た全員が、ブツブツと同じような事を呪文のように唱えている。奴らはもう、華憐の虜だ。華憐の為になら、幾らでも働いてくれるだろう……。
こうして俺達は、華憐を守る為の強力な仲間を手に入れたのだった。
後は、華憐に変な手を出されないよう、俺の婚約者にしてしまう事にしよう。もともと、華憐は俺の一番の婚約者候補だったのだ。何も問題はない。
俺が華憐と婚約したいと告げたら、俺の両親も大賛成してくれ、華憐の両親も喜んでくれた。
澄人も変なヤツに華憐を奪われるくらいなら、子供の頃から付き合いのある俺に任せるのが一番だと思ったようで、「いいんじゃない?」と笑っていた。
華憐の入試も無事に終わり、4月から華憐は俺達の後輩になる事が決まった。
そして、速やかに華憐の誕生日パーティーで、俺と華憐の婚約を発表した。これで、“華憐に手を出したら俺が相手になる”と社交界に広がっただろう。
これで下準備は万全だ!
さあ、華憐!何時でも入学してこい!